第11話 トリック
数分前
「ベリアル君!ちょっと待ってくださいよ!」
グリモワールに乗って全速力で空を飛ぶ僕の後ろを、ホーリードラゴンに乗ったヒナミが追いかけてきた。
風が大きく騒ぐ中でも、ヒナミの声はしっかりと届く。
「いい加減説明してください!何故ダンジョンに戻るんですか?」
「このままだと攻略隊は全滅するから。このままあのダンジョンを放置はマズい」
「たしかに彼らはあなたよりは劣りますが、あのダンジョンのモンスターであれば充分に対処出来ます。何よりあの大隊なら、何かあっても大丈夫かと」
「あぁ、僕達の調査通りのダンジョンならな」
「どういうことですか?」
僕に追いついたヒナミは並走してダンジョンを目指す。
「あれはただの変なダンジョンじゃない。人殺しのための罠だったんだよ」
「人殺しって………プレイヤーの誰かがダンジョンを利用して、人を殺そうとしてる、ということですか?」
「そうだ。道を変えたり、モンスターの数や配置を変えたりして、プレイヤーを殺そうとしてるんだよ」
考えてみれば簡単な話だった。
ここはゲームの世界。どんな所でも製作者が作った法則に則って動いている。ダンジョンももちろんそうだ。
そこから逸脱しているのなら、誰かが手を加えた。そう考えるべきだろう。
「そんなこと出来るわけないじゃないですか!ダンジョンは破壊不能オブジェクトで、モンスターの数や配置はシステムによって管理されてるんですよ。運営側が操作したならともかく、どうやったって我々プレイヤーが介入するなんて不可能です」
「いや、出来る方法が一つある………かもしれない」
僕だって確信を持って言ってるわけではないし、正直こんな可能性あって欲しくない。
しかし仮に今回のダンジョンの不可思議な現象が人為的なものであるのならば、考えられることは一つだけだ。
「さっき自分で言ってたでしょ。『契約者はモンスターの全てを支配する』って」
「はぁ………それが何ですか?」
ここまで言ってもどうやらピンとこないようだ。僕はため息をついて続ける。
「だったら、ダンジョンの全てを司るボスモンスターと契約したら、ダンジョンを操れてもおかしくない、でしょ?」
僕の仮説にヒナミは目を見開いた。
「ッ⁉︎そ、そんな………」
「僕もあり得ないと思いたいが、否定できる要素がない。何せ前例が無いからな」
モンスターと契約するのは簡単なことじゃない。
契約するのための条件・コントラクトミッションは基本的に分からないし、分かっても達成出来るものばかりとは限らない。
それにダンジョンのボスモンスターなら、そもそも遭遇するためにはダンジョン攻略が必須となる。そうなれば難易度は通常とは桁違いだ。
「でも可能性としてはあり得る」
僕が最強の悪魔と契約して全ての呪いを操れるように、ボスモンスターと契約してダンジョンを操れるようになった。
「そうですか。これってシステムのバグ、とかじゃないんですよね?」
「だろうな。最初から操れるように設定されてた、としか思えない」
生憎と僕はゲームシステムの詳しい知識はないが、ゲームで契約したモンスターを操る仕組みだってそう簡単じゃないはずだ。
その上でダンジョンすらも操るなんて、バグで発生するとは思えない。
一つのPKのやり方として設定したのだろう。
どうやら、運営側は意地でも僕達に殺し合いをさせたいらしい。
「しかし、仮に誰かがダンジョンを操っていたとして、何故あんな弱いモンスターを配置したのですか?PKが目的なら、強いモンスターを配置した方が良いのでは?」
「たぶんレベルの低いプレイヤーを一度にたくさん呼ぶためだよ。あの野盗達も、そのためだ」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってください。まさか、あの野盗達もPKに関係しているんですか?」
「あぁ、間違いない」
契約者がいるような盗賊ギルドだ、その気になればもっとと大きなパーティーを襲うことだって可能だろう。
あの時は妥当だと思ったが、よく考えたら新しくできたダンジョンは他の地区にもあるのに、わざわざ弱いモンスターしか湧かないダンジョンにいるなんて変だ。
「一体何故?」
「簡単な話。数は多いけど弱いモンスターしかいないダンジョンと、人数は不明で契約者がいるかもしれない盗賊ギルド。騎士団で同時に対処するとしたら、ヒナミならどうやって人員を分ける?」
騎士団長としてこれまで何度も人に指揮を出してきたヒナミは、すぐに答えを出した。
「それは………レベルの高い方々で盗賊ギルドの捜索をして、他の方々でダンジョン攻略を………って、そういうことですか!」
「そうだ。野盗を放つことで、レベルの低いプレイヤーを自然とダンジョンに集められるようになる」
「なるほど………ってことはもしかして、犯人の狙いは、ライラック騎士団の攻略隊!」
「だろうな。レベルが高くないとはいえ、大量の人間を一度に殺すのが目的だろう」
僕達も大隊での攻略を勧めちゃったし、完全にハメられたな。
今頃調査の時にはいなかった高レベルモンスターに囲まれてるかもしれない。
逃げられればいいが、何せダンジョンの作りを変える可能性があるからな。壁で隔離されたら逃げようがない。
「しかし、一体誰がこのようなことを………?」
「その答え合わせは、もうちょっと後だ。ダンジョンが見えてきた」
「早く攻略隊に追いつかないと!」
「強行突破で突っ切る」
僕はグリモワールに乗ったままダンジョンに突入した。ワラワラとモンスターが立ちはだかる。
「薙ぎ払え、グリモワール」
「ア゛ァァァ────ッッッ‼︎」
命令と同時にグリモワールが赤黒いブレスを吐いた。前にいたモンスターは全滅、残ったヤツは僕の担当だ。
「『バーサスクロー』」
ブレスで目の前が見えにくくなってる内にデモンズエッジを振るった。残りのモンスターも斬り刻まれて砕け散る。
立ちはだかるモンスターは吹き飛ばして止まることなく、僕達はダンジョンの中を突っ切っていった。
すぐにダンジョンの半分を過ぎて、さらに先に進む。
「ベリアル君、止まってください!」
後ろで追いかけてきたモンスターを倒していたヒナミが叫んだ。グリモワールを止まらせて降りる。
「どうした?」
「ここ、ついさっきまで通路があったのに無くなってます」
ヒナミもホーリードラゴンから降りて、壁に耳を当てる。
「声が、人の声が聞こえます!」
僕も壁に耳を当てた。契約によりブーストされた聴覚で先の音を聞く。
『隊長助けて、ぎゃあッ‼︎』
『逃げろ逃げろ!』
『退路の確保はまだか!』
本当だ。小さくはあるが、壁の向こうで確かに声が聞こえる。攻略隊だ。
「助けないと!ベリアル君、回り道をして攻略隊と合流を!」
「無理だ。向こうの様子からして通路を全て塞がれてる。入ることも逃げることも出来ない」
「そんな………そうだ、壁を壊せば!『ブレスプリフィケーション』!」
ヒナミはシルバリースケールで壁を壊そうとするが、壁はビクともせず『Indestructible Object』の文字が浮かんでいる。
「やっぱりか。ダンジョンは破壊不能オブジェクト、作りを変えてもそれは変わらないみたいだな」
これじゃあ中のモンスターを倒せたとしても出ることは不可能。ましてや向こうはモンスターを自在に湧かせられるのだ。消耗戦になったら勝ち目はない。
「何とかして入らないと………このままでは………!」
ヒナミは壁の前で拳を握って唇を噛む。
入り口は無いし、壁も壊せない。この状況で先に進む方法は………
「一つあるな」
「ベリアル君?」
本当はこの手はヒナミの前で使いたくないんだけどなぁ。手の内晒すことになるし。
でも………仕方ないか。
「ヒナミ、ランタンあるか?あるならそれで僕を照らしてくれ」
「え?わ、分かりました!」
ヒナミがランタンを出して照らしてくれる中、僕は再び壁に耳を当てる。
頼む。攻略隊でもモンスターでもいい、誰かこっちに来い。
心の中で祈りながら、僕は耳を澄ました。
しかし一向に誰かが近づく音は聞こえない。
やっぱりダメか………
そう思った瞬間だった。
ドンッ!
確実にこの壁に誰かがぶつかる音がした。つまり、壁一枚向こうに人が来た。
今だ!
「『シャドウスニーク』!」
ランタンに照らされたことによりできた僕の影に、デモンズエッジを突き立てた。
僕の影がグニャンと歪み、その先から声が聞こえるようになる。
「ヒナミ、この影に入って。壁の向こうに繋がってる」
「な、何ですかこれ⁉︎」
「早くして!長く保たないから」
「は、はい!」
ランタンを置くとヒナミは僕の影に飛び込んだ。僕もその後に続く。
「『ブレスプリフィケーション』!」
飛び込むと同時にヒナミはスキルを発動。目の前にいたモンスターを斬り裂いた。
「うわぁっ、とぉ!」
「よっ」
不慣れなヒナミはよろめきながら、僕は普通に着地した。
「すごいです!グリモワールってこんなことも出来るんですね!」
目の前の光景を見てヒナミは目を丸くする。
「はぁ………寅の子の『シャドウスニーク』、ヒナミには見せたくなかったんだけどなぁ」
『シャドウスニーク』
影から影へと転移するグリモワールのコントラクトスキル。移動したい影との間に障害物があっても難なく移動できる。
これだけ聞けば便利なスキルだが、万能というわけではない。
というのも有効範囲がえらく狭いのだ。転移できる影の範囲が10mもない。だからその影が僕に近づいてくれないとこのスキルは使えない。
だから誰かが来るのを待ってたのだが、何とかなってよかった。
転移した先はまさに阿鼻叫喚という言葉がふさわしい絵図だった。
このダンジョンでは見たことのなかった高レベルのモンスターが大量に湧き上がっており、攻略隊は隊長を入れても十人もいない。
「お前達は………」
どうやら壁に激突したのは隊長のバルラーだったらしい。僕達を呆然と見つめている。
とにかく、まずはコイツら何とかしないと。
「さぁ、いきますよ。ベリアル君!」
「はいはい、分かったから騒ぐな。ヒナミ、攻略隊の人達は任せた」
「分かりました!『クリアヒール』」
ヒナミがみんなを癒してくれたのを確認して、僕もスキルを発動させる。
「『デモンクルーズ』」
麻痺と生命力低減の呪いでモンスター達を動けなくすると、デモンズエッジを構える。
「『インサニティーギロチン』!」
その場でターンして、赤黒いオーラを纏ったデモンズエッジを振るう。オーラは光の輪となった。
刃の光は波紋のように広がって、モンスターを斬り裂く。
『ギギッ⁉︎』
広範囲のコントラクトスキル、一体のモンスターに与えるダメージは『デモンクルーズ』に劣るものの、生命力低減の呪いと組み合わせれば充分有効だ。
代償はだいぶ必要になるが、これだけ高レベルのモンスターを倒せば問題ない。
「ヒナミ、そっちの残り頼んだ」
「はい!やぁっ!」
回復を終えたヒナミが残りを倒した。
全てのモンスターを倒し終えると、その場はさっきまでの喧騒が嘘のように静かになる。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「あぁ。だが、ほとんどの隊員が………」
「………遅れてしまい、申し訳ありません」
ベルラーは残った隊員と目を合わせて悔しそうに俯いた。
「これは一体どういうことなんだ?事前情報やあなたの報告書にはあんなモンスターがいるという情報はなかった。マップデータはアテにならないし、このダンジョンはどうなっている⁉︎」
「落ち着いてください。これはPKプレイヤーによるダンジョンを利用した殺人なんです」
「殺人だと?誰がそんなことを?」
「それは………本人の口から直接聞きましょう」
僕はデモンズエッジをクルッと回して、部屋の柱に向けた。
「話してくれますよね、トランパさん?」
「………へぇ、そこまでバレてたんですかぁ」
柱の向こうで声がした。
現れたのは動きやすそうな格好に革鎧を身につけた青年。その顔は今朝見たばかりで鮮明に覚えていた。
現れた人を見て、ヒナミは呆然と立ち尽くす。
「あ、あなたは………」
ここにいるはずのないアイテムショップの店長・トランパがニヤッと嫌らしい笑みを浮かべた。
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