第10話 支配

「何なんですかあの態度は!あんな隠し撮りみたいなことまでして、いくらなんでもあんまりです!」

「知らんし騒ぐな。街中だぞ」


 ダンジョンを出てからというもの、ヒナミはずっとこんな調子だ。よっぽどあの騎士達の態度が気に入らなかったらしい。

 街についてからも怒りっぱなしでブスッとしている。

 ただでさえ注目集めやすいんだから、大声出さないで欲しいな。


「大体、向こうが調査を頼んでおいて無理矢理追い出すなんて、どっちが勝手なんだか」

「そう言うなって。殺人鬼が領内彷徨いてるなんて、騎士からしたらいい迷惑だろうしさ」

 連れの騎士追い返して、勝手に殺人鬼を仲間にしてしまったんだ。その辺に関しては言われたって仕方ないだろう。

「だからベリアル君については説明して許諾も得ていたんです。それなのに何でいきなり………」

「たぶん、それヒナミのせいじゃないか?」

「私ですか?」

「昨日の報告書、ダンジョンの半分まで進んだこと書いちゃったんじゃないの?」

「それはもちろん。報告書ですか、ら………あぁ、そういうことですか」


 どうやらヒナミも納得してくれたようだ。

「得られるアイテムは有限ですからね。取られたくなかった、ということですか」

「だろうね」

 このゲームはダンジョンに限らず、湧いてくるモンスターの数には一定時間内での限りがある。つまりドロップするアイテムにも限りはあるわけで。

 話によれば手に入れたアイテムは中央区のものになるって話だったらしいし、向こうからすれば貴重なダンジョンアイテムを取り尽くされるのを黙って見てるなんて出来ない。


「僕がいるいないに関わらず、半分まで到達したら追い返すつもりだったんでしょ」

 本当ならダンジョン調査なんて数日かかって当たり前だし、頃合い見てやんわりと追い返すつもりだったけど、僕が手貸して一日で半分まで到達しちゃったからな。

 アイテム取られると思って、慌てて無理矢理騎士団送り込んだんだろう。

「別にアイテムくらいなら、言ってくれればタダで渡したんですがね。あの人達、大丈夫でしょうか?」

「さぁね、どうでもいいよ」

 向こうだってアイテムが欲しいなら、半端な強さの奴らを送り込むわけないし。適当に調べて帰らせるはずだ。


「ベリアル君は、これからどうするのですか?」

「出てけって言われちゃったし、中央区に戻る、かな。ヒナミは?」

「私も任務が終わったので戻ります。ギルドを留守にしてしまったので、仕事も溜まっているでしょうし」

 役職のある人間は大変だな。こうはなりたくないものだ。

「あっ、でもせっかく北方区に来たんですし、何かお土産でも買って帰るのが礼儀というものでしょう。市場に戻って何か買っていきますか」

「好きにしな、僕は帰る。ぐぇッ⁉︎」

「ダメです!中央区に帰るまであなたを放置するわけにはいかないんですし、付き合ってもらいます」

「わ、分かったから、襟を引っ張るな!」



 ヒナミに引っ張られながら、僕は市場に連れて行かれた。

「しかし、お土産といっても何を買えば良いのでしょうか。普通なら特産品なのでしょうが、北方区の特産品ってなんですかね?」

「知らんよ。大体、ゲームの世界に特産品だのお土産だのって概念あるの?」

 少なくともチュートリアルには書いてなかったはずだし。

 そもそもゲームに出張先からのお土産なんて、社会人じみた礼儀取り入れるか?

「手に入れたダンジョンアイテムでもくれてやれば?」

「いえ、手に入れたアイテムは一度全て治安維持局に預けるので、こちらには残らないのですよ」

「真面目だねぇ………」

 ちょっとくらいちょろまかせばいいだろうに。

 まぁ、こんな無法地帯な世界じゃ、これくらい真面目じゃないと組織のトップなんて務まらないんだろうな。



「あの………すみません」

 するといきなり後ろから声をかけられた。振り返り思わず顔が引き攣る。

 そこにいたのはさっきダンジョンで出くわしたヤツらと同じ格好をした男性。ライラック騎士団の人間だった。

 彼が用があるのはヒナミのようだ。

「あなた、バーベナ騎士団の騎士団長様では?」

「え?まぁ、そうですが」

「そうでしたか。任務でこちらに伺うと聞いておりました」

「はい。尤も任務は終わりましたから、今から帰る予定ですが」

「あぁ………ウチの攻略隊から言われたんですよね。この前までもう少しそちらに調査を任せる予定だったのに、急に方針を変えてしまって。さぞ迷惑だったかと」

 どうやら方針を変えた真意までは分かっていないようだ。まぁ僕達の進捗を知らなければ分からないか。

 あっ、そうだ。ちょうどいいから聞いておくか。

「あの、ちょっといいですか?」

「はい、何ですか?」

 どうやら僕もバーベナ騎士団の一員と思ってるようで、特に不審がってる様子はない。。

 僕がヒナミに協力してることを全員が知ってるわけではないのだろう。

「さっきの攻略隊、事前に調べてたって言ってましたけど、どうやって調べたんですか?」

 そもそも自分達の騎士団を送り込むのが怖いから、ヒナミ達に支援を要請したはずだ。それなら、ダンジョンに直接潜ったとは考えにくい。

「あぁ、それは私達がやったんですよ。街で聞き込みとかして情報集めたんです。アイテムショップとかだと、結構ダンジョン潜った人がいるので情報も手に入りやすくて」

 そういえば、昨日言ったアイテムショップでもすごい人いたな。たしかに情報収集にはうってつけか。

「マッピングデータは?よろしければ見せて欲しいのですが」

「一応ありますし、構いませんよ。半分もいかないくらいですけど」

 協力してくれていると思っているため、割とすんなりデータを見せてくれた。

「ヒナミ、君のマッピングデータを」

「はい」

 見せてくれたデータを、ヒナミの取ってくれたマッピングデータと照らし合わせる。

 所々、ヒナミのデータと食い違う点があった。


「やっぱり………ルートが変わってる」

「そういうトラップ、なのでしょうか?」

 ヒナミが小声で囁いてくる。たしかに道が変わるトラップと考えれば不思議なことはない。

「その可能性もあるけどな………すみません、このデータは誰から入手したものですか?」

「あぁ、それショップで公開されてたものなので、誰のかは分からないんですよ」

 誰かがデータ取って売ったものか。そうなると特定は難しいな。

「そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ。そういえば調査は三人で来るとの話でしたが………二人だけですか?」

「あぁ………色々ありまして。そう言うあなたは巡回中ですか?」

「はい。新しくダンジョンができて、街も活気づいてきましたから。それに便乗して悪さする者もいますし、中には高レベルのプレイヤーもいますので」


 なるほど。治安維持局でも警備を強化してるのか。どうやら騎士団は、ダンジョンよりもこっちをメインで警備してるらしい。

 ただ、やるならちゃんと森の中まで警備してくれよ。昨日襲われたぞ。

「この近辺に盗賊まがいのPKプレイヤー達が潜んでるって噂もありますから、私たちも不安なんですよ」

 それはおそらく昨日会ったヤツらのことも含んでいるのだろう。まだまだいそうだが。

「やはり………私達も昨日遭遇しましたが、彼らの中には契約者もいました。彼らは私が捕縛しましたが、おそらくまだ数組残ってるプレイヤーもいることでしょう」

「そうですか。貴重な情報ありがとうございます」


 そう言って礼をすると、彼らは人通りの中へと向かっていった。

「いい人でしたね」

「あぁ。さっきの人達とはエラい違い」

「同じ組織の中でも色んな人がいるものです。だから一緒に戦おうと思うのですよ」

「そんなものかねぇ」

 正直これまで一人で戦ってきたし、仲間がいることの良さはイマイチ分からない。

「ベリアル君には分からないでしょう。モンスターであれば全てを支配できますが、人間は違いますからね。どんな人でも心は支配出来ない、そこがいいところです」

「まぁ………そうだな」


 僕が一緒に戦うのはグリモワールだけだ。最強の悪魔の全てを支配して人を殺す、それが僕のやり方だ。

 全てを支配して…………んん?



 その瞬間、頭に一つの仮説が過ぎった。



「さてと、他のお店も見てみましょう。って、ベリアル君?どうかしましたか?」

 進もうとしたヒナミは、突然立ち止まった僕に首を傾げる。

 そんな彼女に返すこともなく、僕は一人俯いていた。

 道の変わったダンジョン、やたら数の多いモンスター、モンスターの全てを支配する………



「………戻ろう」

「え?どこにですか?」

「ダンジョンだ。ダンジョンに戻ろう」

「えぇ?いや、無理ですよ。私達出ていくように言われて………」

「グリモワール!」


 僕はヒナミを無視してデモンズエッジを掲げて、グリモワールを召喚した。

 辺りを黒いモヤが包み込み、グリモワールがその巨体を現し咆哮をあげた。


「ア゛ァァァ──────ッッッ‼︎」


 突然街中に悪魔が現れたことで、辺りは一気にパニックとなった。

「きゃあぁぁッ⁉︎何あれ‼︎」

「悪魔だ‼︎また悪魔が出たぞ‼︎」

「逃げろ逃げろ‼︎」

 住民には悪いが、今は治安がどうのと言ってる場合じゃない。


「急いでさっきのダンジョンまで戻ってくれ!」

 短く命令を出すと、僕はグリモワールの肩に飛び乗った。それと同時に翼をはためかせて飛び上がる。


「ちょっとベリアル君⁉︎何やってるんですか‼︎」

「説明は後でするから」

「ちょ、あぁ、もう!皆さん、すみません!ホーリードラゴン‼︎」

 ヒナミは周りで腰を抜かす人達に予め謝ると、シルバリースケールを引き抜いた。

「グルアァァァ───────ッッッ‼︎」

 光に包まれて現れた竜が吠えた。周りにいる何人か失神しそうになっている。

「ひぃぃッ⁉︎今度は何だよ⁉︎」

「おい!あれ『竜巫女』様のドラゴンじゃねぇか‼︎」

「一体どうなってるんだ⁉︎」

 周りを騒がせてしまったことで申し訳なさそうに身を縮めつつ、ヒナミもホーリードラゴンに乗り空へと飛び立った。

「グリモワールを追って!」

 大空に悪魔とドラゴンが舞い上がり、ダンジョンに向かって一直線に進んでいった。




「うわあぁぁッ⁉︎隊長、新たにモンスターが湧いてきました!」

「お、落ち着け!陣形を乱すな!」

「隊長助けてください!囲まれて、ぐあぁッ⁉︎」

 自分の右隣を守っていた仲間がモンスターに斬り刻まれて、ベルラーは恐怖に身を引いた。

 斬られた仲間はHPバーが底をつき、身体が砕け散る。

 ベリアル達を追い出したライラック騎士団のダンジョン攻略隊。

 彼らを取り囲むのは、調べた情報には無かった高レベルモンスターの群れだった。

 五十人以上で編成した部隊もほとんどの者が殺され、残された者も次々と襲われている。


「こんな、あり得ない。事前情報には、こんな高レベルのモンスターの存在は確認されていないはず。一体どうなっている⁉︎」

「た、隊長!」

「退路の確保はまだか‼︎この際強行突破で先に進んでも構わん!切り抜けろ!」

「ダメです!さっき通った道も先の道も無くなって、逃げられません!」

「ここは通路だぞ、そんな馬鹿なことがあるか‼︎『転移の羽』を使え!」

「つ、使えなくなっています!さっきまでは使えたはずなのに!」


 何もかもが情報と違い、部隊はパニックに陥っていた。

 全ての道は閉ざされている上に、ダンジョンは破壊不能オブジェクト。壊して逃げることはできない。

「グアァァッ‼︎」

「ぎゃあぁぁッ⁉︎」

 一人、また一人と仲間が殺されていく。

 どれだけ攻撃してもHPが減るだけで、倒せるほどの威力はない。

 事前情報ではモンスター一体一体は強くないとされていたため、高レベルのプレイヤーは、ダンジョン外に潜む野盗の捕縛に当たらされていたのだ。

 故にここにいるのは中堅のプレイヤーで、高レベルモンスターを一撃で倒せるほどのプレイヤーはいない。

 逃げる手段もなく、全滅も時間の問題だ。

「ガアァッ!」

「ぐはっ⁉︎」

 モンスターに突き飛ばされて、ベルラーは壁に叩きつけられた。一気にHPがレッドゾーンまで減少する。

 持っていたランタンが落ちて、身体が痺れ思うように動かない。

 目を開けると、目の前にはモンスターの群れが自分を囲んでいた。禍々しい牙が迫ってくる。

「グルッ………!」

「ひいぃぃッ⁉︎」



「『ブレスプリフィケーション』!」



 それは突然のことだった。ランタンに照らされた自分の影から、青白い炎を纏った刃が突き出された。

「ギギッ⁉︎」

 刃はモンスターに突き刺さり、身体はポリゴンとなり砕ける。

「うわぁっ、とぉ!」

「よっ」

 さらに影から人が二人、まるで壁をすり抜けるようにして出てきた。あまりの衝撃に言葉が出ない。


「すごいです!グリモワールってこんなことも出来るんですね!」

「はぁ………寅の子の『シャドウスニーク』、ヒナミには見せたくなかったんだけどなぁ」

 ベルラーの影から現れた二人は、それぞれ武器を引き抜き身構えた。


「さぁ、いきますよ。ベリアル君!」

「はいはい、分かったから騒ぐな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る