第9話 添い寝

 翌朝

 いつもとは違う重みと温もりを感じて僕は目を覚ました。

 天井が自分の取った部屋とは少し違ったが、寝起きでそんなのことを気にする余裕はなかった。

 意識がはっきりして体を起こそうとすると、何かに体が引っかかって起こせなかった。

「ん?」

 なんか、重い………

 ようやく違和感に気がついた僕は、隣を見てギョッとした。

「うわぁッ⁉︎」

 自分だけで寝ていたと思っていた僕の真隣には、一人の少女が眠っていた。

「ひ、ヒナミ………⁉︎」

 僕の隣で寝ていたのは、LOF内屈指の人気を誇り『竜巫女』の異名を持つバーベナ騎士団騎士団長・ヒナミだった。

 すっかり見慣れた騎士団の制服に鎧姿ではなく、緩めの寝巻きに身を包んで気持ちよさそうに寝息を立てている。

「んん………ス──………ス───………」

 いつもなら顔を合わせば戦うような間柄な彼女だが、事もあろうにヒナミは僕に抱きついていた。

 そのせいで体が引っ張られて起きれなかったのだ。

 僕の寝ていた場所は変わってないし、おそらくヒナミの方から抱きついてきたのだろう。

 彼女の寝顔が間近に迫り、高性能グラフィックによって再現された端麗な顔立ちに思わず目を惹かれる。

 薄い寝巻きを着ているおかげで、人肌の温もりと柔らかさが伝わってくる。

 今更になってこのゲーム感覚機能システムの性能に驚かされた。

「んっ、んん………」

 眠っているヒナミのまつ毛がピクッと動いた。ゆっくりと瞼が開いていく。

「んん………ベリアル、君?」

「あぁ、おはよう………」

「おはようこざいまひゅ………」

 寝起きで呂律が回っておらず、まだウトウトしたまま目を擦っている。

 その寝ぼけた様子は、いつもの凛とした騎士団長からは想像できない様だ。

「ん?ここ、は…………」

 意識がはっきりとしてきたのか、目線をキョロキョロと動かしている。

「えっ、あれ………?」

 状況を飲み込み始めたヒナミは、ようやく自分がどうやってるかを理解したようだ。

 ボーッとしていたヒナミの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていく。

 あっ、これ一旦離れないと………

「キャアァァ─────────ッッッ‼︎」

 そう思った時にはもう遅かった。目の前がヒナミの拳で埋まり、僕の体は宙を舞った。

 プレイヤーの中でもトップレベルの実力を持ち、尚且つホーリードラゴンとの契約によって底上げされた筋力パロメーターを全開にしたパンチだ。

 スキルも何も発動していないというのに、僕は部屋の端から端まで吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

「ぐふッ⁉︎」

 朝っぱらから強烈な一撃を喰らい、顔を上げるとベッドの上で仁王立ちになり、細剣『シルバリースケール』を抜いて構えるヒナミがいた。

「ベリアル君の破廉恥‼︎変態‼︎人は殺しても淫らなマネはしないと信じてたのに!バーベナ騎士団騎士団長の名において牢獄送りに………!」

「待て待て待て‼︎誤解だから!僕何もしてない‼︎そっちから近づいてきたんだよ!自分のいた場所見て!」

 今にも斬りかかりそうになっているヒナミを必死で説得した。

 殺人で牢獄送りはゴメンだが、あらぬ性犯罪で送られるのはもっとゴメンだ。

 ヒナミは自分の寝ていた場所を見て、自分から近寄っていたことに気がつく。

「た、たしかに………失礼しました」

 勘違いに気がつき顔を赤らめると、ヒナミは剣を鞘にしまいストレージに戻した。何とか牢獄送りは免れたな。

「それで、早速今日もダンジョン行くの?」

「いえ。その前に少し街に行ってもいいですか?」

「何か欲しいものあるの?」

 一応長丁場な任務になることは分かってただろうし、必要なものなら買ってあると思ったんだが。

「それもあるんですが、少し街の住民に聞き込みしたいんです」

「聞き込み?」

「昨日ダンジョンから出て野盗に襲われたじゃないですか。あのような輩が街中に潜んでる可能性もありますし、何か不審なことがないかどうか聞いておきたいんです」

「それは北方治安維持局のやることでしょ?君がやる必要あるか?」

「そういう問題ではありません。住民の暮らしが脅かされるなら、我々が守らないとでしょう」

「あっそう」

 真面目というか、優等生というか………大したものだ。

 僕がこの街で自由に行動するためには、ヒナミと共にいないといけない。必然的に僕も付き合うことになる。

「先に外で待ってるから、早く来てよ」

「あ、あの………」

 部屋を出て行こうとすると後ろから呼び止められた。振り返れば、ヒナミがキツい目つきで僕を睨んでいる。

「どうしたの?」

「その………昨日のこと、忘れてませんから。私といる限り、人は殺させません」

「………好きにしな」

 それだけ言って僕は部屋を出た。

 あぁ………めんどくさい。




「さぁさぁ、いらっしゃいいらっしゃい!」

「ねぇ、早く行こうよ!」

「待ってってばー!」

 北方区にある街、バラクはまだ朝早いというのに街の大通りは既に活気付いていた。

 北方区は他の地区に比べて気温が低く設定されている。中央区なら程よく温かいはずの今も、ここは少し涼しい。

 それでも市場では客寄せがされて、周りでは子供達が楽しそうに走り回っている。

「明るくていい街ですね」

「どうでもいいから、さっさと用済ませてよ」

 身を隠すためのローブを着て、僕はヒナミと共に街を歩く。これなら身バレはしないだろう。

「まったく、あなたという人は………分かりましたよ。えっと、まずダンジョンで使うものを買わなければなりませんね………あぁ、あそこでいいでしょう」

 ヒナミの視線の先には大きめのアイテムショップがある。

「いらっしゃいませ!」

 お店に入ると、若い青年が大きな声で出迎えてくれた。

 名前は『Trampa』、トランパね。プレイヤーか。

 ってことはここプレイヤーの店なのか、大きいからゲームに元々設定されてるNPCの店かと思った。

 僕は特に用は無いので店の端に引っ込んでおく。

「こんにちは。何かお探しですか?」

「あぁ、ポーションをいくつかいただきたいんですが………」

「はい、それでしたら………って、もしかしてあなた、バーベナ騎士団の騎士団長様ですか?」

 白と青の制服だけでも十分に目立つが、それ以上に顔が知られているため、店員はすぐにヒナミに気がついた。

「はい、そうですが………」

「やはり!しかしあなたは中央区の騎士ですよね?何故北方区に?」

 有名人に会えて嬉しかったのか、男は興奮気味に尋ねた。男性プレイヤーにとってはアイドル的な存在とも言えるからなぁ。

「この近辺にできたダンジョンの調査に来たんです」

「あぁ、なるほど。あのダンジョンを攻略するためにウチに来るプレイヤー結構いるんですよね。おかげでウチも繁盛してますよ」

 僕達以外にも店にはたくさんのプレイヤーがいる。多くがダンジョン目当てなのだろう。

「そうなんですか。あっ、それでしたら、そのダンジョンについて噂話などは聞きませんか?多くのパーティーが全滅しているんです」

「いや、特に目新しい噂は聞きませんね。何せまだ半分まで到達したプレイヤーはいませんから」

 本当は僕達はもう半分以上まで行ってるんだが、まぁ多くのプレイヤーは未到達なのだろう。

「そうですか。それなら、ダンジョンの周りに野盗がいるのはご存じですか?何か知っていれば教えて欲しいのですが」

「あぁ、知ってますよ。契約者もいるという話ですし、怖いですよね。でも、私も深くは知らないんです」

「分かりました。ご協力ありがとうございます」

「いえいえ。そうだ!よろしければウチでイチオシのアイテム買っていきますか?」

 その後は普通に買い物をして、僕達はまたダンジョンに向かった。

「えっと、ここを進んで、それで………あっちですね」

「ヒナミ、昨日マッピングしてたのか?」

 ヒナミは辺りを警戒しながら、メニュー画面を見て進んでいる。

「えぇ、マッピングのデータを得るのも任務の一つですから。ベリアル君とグリモワールのおかげで、マッピングに集中できましたよ。ボス部屋の前まで終わらせて、データを送るつもりです」

 というわけでヒナミに道案内は任せて、ダンジョンの真ん中辺りまではすぐに到達できた。

「それでこの先を………って、あれ?」

「おいおい、行き止まりになってるけど?」

 案内通りに進んだものの、目の前は壁になっていて行き止まりだ。

「お、おかしいですね。この先に道があったはずなのですが………」

 自分の作った地図と辺りを見比べて眉を顰める。たしかに僕もそれは何となく覚えている。

「ダンジョンの道が変わった、のかな?」

「そんなこと今までありませんでしたよ。マッピングを間違えてしまったのでしょうか………」

 戸惑っていると、後ろからガサッと音がした。

 咄嗟に振り返れば、そこにはモンスターが湧き出ている。

「おっと………ん?何かモンスター多くない?」

「というか、昨日ここにこんなモンスターは湧いていません。一体何故?」

 出てきたのは『ブラックゴブリン』と『ワーキャット』、『アーマーライノス』だ。昨日はここにいなかった。

「昨日の時点で違和感は感じていましたが、やはりこのダンジョンは変です。どうなっているんでしょう?」

「それを考えるのはコイツら殺してからだ」

「はい!ホーリードラゴン!」

 ヒナミがシルバリースケールを引き抜き掲げると、眩い光が周囲を包んだ。

 その光の中から白銀の鱗を持ったドラゴンが現れる。

「グルアァァァ──────ッッッ‼︎」

「薙ぎ払いなさい!」

 ホーリードラゴンは身を翻すと、主人の命令通り目の前にいるモンスター達を尻尾で薙ぎ払った。

 コイツらも決して弱くはないのだが、相手とのレベルの差は歴然。一撃で前にいたヤツは砕け散った。

「おい、人の取り分取らないでよ。グリモワール」

 僕もデモンズエッジを構えた。ドス黒いモヤが広がり、グリモワールが姿を表す。

「ア゛ァァァ────────ッッッ‼︎」

「さぁ、好きなだけ食べな。あぁ、ドラゴンは今日は食べちゃダメだよ」

「『今日は』ではなく、いつも食べて欲しくないんですがねぇ」

 グリモワールが凶悪な爪を振るい、残ったモンスターは全て食われた。

「ふぅ、これで全部かな?」

「そうですね。しかし、一体ここはどうなっているのでしょうか?」

「さぁな。でも一旦戻った方がいいんじゃないか?どの道行き止まりなんだし」

「えぇ、そうしましょう」

 僕達は来た道を警戒しながら進んでいく。

 歩き出して少しした頃、僕は足を止めた。

「ヒナミ、止まって」

「ッ⁉︎何か、来てますね」

「それも数が多い」

 武器を構えて備えるが、近づく足音が遅いことに気がついた。

「人か」

 モンスターならもっと速い。対人戦がメインの僕からしたら違和感だらけだ。

 やがて姿が見えてきた。それを見てヒナミが目を見開き、僕は頭を抱える。

「あれは………!」

「おいおい、嘘でしょ」

 白と緑の制服と鎧。隊列を乱すことのない進軍から指揮力の高さが窺える。

「ライラック騎士団………北方治安維持局か」

「何故ダンジョンに彼らが………」

「隠れる?」

「いえ、彼らの意図が知りたいのでこのままで」

「了解」

 僕はローブを着てロングコートを隠した。身バレすると面倒だし。

 周りを見渡していた彼らだったが、ヒナミを見つけると真っ直ぐこちらに向かってきた。

 先頭に立つ屈強な男が軽く頭を下げた。

「私はライラック騎士団、ダンジョン攻略隊隊長のベルラーだ。あなたがバーベナ騎士団騎士団長か?」

「はい。バーベナ騎士団騎士団長のヒナミです」

 挨拶も無しに聞かれてヒナミは少しだけムッとするが、剣をしまい丁寧な仕草で礼を返した。

「この度は当局の要請を受けてくれたこと心から感謝する」

「いえ。それで、ライラック騎士団の皆様が何のご用でしょうか?そちらが動くのは私共の調査が終わってからのはずでしたが」

「当局はダンジョン攻略の方針を変更した。よってあなた達の調査は以上とし、ダンジョンからの退去を願いたい」

「なぁッ⁉︎」

 あまりにも横暴な要望に、思わずヒナミは声をあげた。

「ちょ、ちょっと待ってください!今回の調査は我々バーベナ騎士団に一任するという約束だったはずです!まだ調査は終わってません」

「北方区は我々の領土である。ここで我々が何をしようが勝手であろう。いくら中央区の騎士団長といえど、我々のやり方に口を出すなど烏滸がましい」

 随分とまぁ高圧的な物言いだな。この前のヒナミの護衛といい、男騎士ってのはこんなのばっかか。

「それはそうですが………このダンジョンは不審な点が多いんです。攻略に乗り出すにはまだ早いかと」

「我々は独自で調査をしているため、心配は無用だ。それに心配で言うなら、あなた達をこのまま放置しておく方が危険だ」

「どういうことですか?」

 ベルラーと名乗った男はメニュー画面を開くと、写真フォルダの中から一枚の写真を表示した。

 それは昨日僕とヒナミが会った街の写真だった。そこには僕と共に街角に逃げるヒナミの姿が写っている。

「こ、これは………!」

「当局の密偵が撮ったものだ。彼はあの『悪魔遣い』だろう?話によれば街中でその悪魔を召喚したとか。騎士団長ともあろう者が、凶悪殺人犯を匿うとは………」

「こ、これは………彼には、今回の調査に協力してもらうつもりだったんです!上にも報告してあります!」

「となると、その後ろにいるのが………」

 攻略隊の面々が僕へと視線を向けた。

 どうやらこれ以上姿を隠していても意味はなさそうだな。

 ローブをストレージにしまい黒のロングコートを晒した。

「やはり貴様が………!」

 ベルラーが剣を引き抜き、後ろにいた仲間も身構える。咄嗟にヒナミが間に割って入った。

「待ってください!彼は純粋に協力してもらってるだけですし、私が責任を持って監督しています!こうして私が無事なのがその証拠です」

 一歩も引かないヒナミにこれ以上言っても無駄だと思ったのか、彼らは剣を納める。

「いいだろう。しかしそちらの勝手な都合で、我らの領地で凶悪犯を野放しにするのは看過出来ない。すぐにこの街から立ち去っていただこう。それが我らの局長の意思だ」

「………分かりました。ベリアル君、行きましょう」

「いいのか?」

「仕方ありません。しかしこのダンジョンは他とは明らかに違います。くれぐれも気をつけてください」

「それは我々が判断する、早く出ていってもらおう」

 このままここで言い合いしても仕方ない。僕達は言われるがままにダンジョンを出ていった。

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