第8話 宿
「ヒナミ、これ着といて」
僕はストレージからボロいローブを取り出すと、ヒナミに渡した。
「え?何でこんなもの着なきゃならないんですか?あなたじゃないんですから」
「あのなぁ、今からどこ行くか分かってないの?」
「それは、宿屋では?」
「そう。僕のようなヤツが泊まる宿屋、ね」
「はぁ、それが………あっ、そうか」
僕みたいな犯罪者プレイヤーが泊まれる宿屋なんて限られてる。
当然そういう宿屋には犯罪者プレイヤーが多くいるし、経営してる方だって犯罪者だって知ってて匿ってるのだ。
そんな所に治安維持局、ましてやバーベナ騎士団の騎士団長なんて来ようものなら、間違いなく門前払いされる。
尤もリアルと違ってこの世界じゃネームタグ見えるから意味は無いんだけど、隠しておいて損はないだろう。なんか言われたら言いくるめるしかない。
「ん?ちょっと待ってください。という事は、今から行く宿屋にはそれなりの犯罪者プレイヤーがいるということでは?」
「………言っておくけど、摘発しようとか考えないでよ」
「いや、流石に騎士として見て見ぬフリは出来ないのですが」
頭堅いなぁ………それくらい見逃せよ。
「だったら帰って、迷惑」
「しかし………まぁ、分かりました。今回に限り騒ぎは起こしませんよ」
渋々引き下がってくれたヒナミと共に僕は裏路地へと入っていく。ローブのおかげか、道中でヒナミのことはバレずに済んだ。
しばらく進むと宿屋があった。
「すみません」
「ん?あぁ、アンタか」
扉を開けると、初老の主人(プレイヤー)がこちらを見た。
「あの、一人部屋って空いてますかね?彼女を泊めてほしいんですが?」
「ん?後ろのヤツか?」
主人は僕の後ろにいたヒナミのネームタグを見て顔を顰める。
「おいおい、その女………バーベナ騎士団の騎士団長じゃねぇか?」
やっぱり秒でバレたな。これだから有名人は………
僕は主人に詰め寄ると小声で話す。
「あぁ………僕の臨時パーティーメンバーなんですよ、ダンジョン攻略のための。決してここを摘発しに来たわけじゃないんです」
「だからって中央区の騎士団長連れてくんなよな。万一通報でもされたら………」
「本人はしないと言ってますし、僕が見張ってるので、何とかなりませんか?」
「………通常金額の倍は払ってもらうぞ」
そう言うと主人は一つの鍵を差し出した。部屋の鍵かな?
「二人部屋の鍵だ。先に渡した方は後で返しな」
「えっ?あ、いや、彼女一人分の部屋を用意してくれればいいので、別に二人部屋である必要は………」
「見張るんだろ?一緒にいないでどうやって見張るんだよ」
「それは………」
「嫌なら出てきな」
「あぁ………分かりました」
仕方ない。これも面倒事を避けるためだ。
僕は持っていた部屋の鍵を返した。荷物はストレージの中だ、部屋には何もない。
鍵を受け取ると、ヒナミを連れて部屋へと向かう。
「ここかな。ヒナミ、こっちだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!何であなたと同室にならなければならないのですか⁉︎」
部屋に着くなりヒナミは立ち止まって身を引いた。
「仕方ないでしょ。そうじゃなきゃ泊めないって言われちゃったんだから」
「だからと言って、深い仲でもない男女が同じ部屋に泊まるなど、ひ、非常識です!」
「元はと言えばヒナミが監視するとか言い出したからでしょ」
「それは、そうですね………はぁ、やむを得ません」
「あんまり外で騒ぐとマズい、入るよ」
部屋に入ると、中は僕のいた部屋よりも広いが、中身はそこまで変わっていない。違いといえばベッドが並んで二つあるくらいだ。
「とりあえず、今回のことを上に報告しなければ………」
メッセージで報告書を送ると、ヒナミは天井を見上げた。
「はぁ………今日は変に疲れたなぁ」
「それはこっちのセリフです」
僕達はベッドに腰掛けると大きく息を吐いた。ベッドに転がり伸びをする。
騎士団長らしからぬだらけた姿勢のままメニューを開いて操作しようとするが、ヒナミはその手をピタッと止める。
「あの、ベリアル君。少し寛ぎたいのですが………」
「ん?お好きにどうぞ」
そんなのわざわざ言わなくてもいいのに。
しかしヒナミは止まったまま、言いにくそうに口をムニムニと動かしている。顔が少しだけ赤い。
「い、いえ、そうではなくて………部屋着に着替えたいので、少しの間向こうを向いていてくれませんか?」
「あ、あぁ、そうね。悪い」
僕は慌ててヒナミに背中を向ける。
着替えるためには、一度全ての装備を解除しないといけないからな。一瞬とはいえ、下着姿になるわけだ。
僕が背を向けたのを確認すると、ヒナミは装備を操作した。背後から装備の解除音が聞こえてくる。
反射的に振り向いてしまいそうになるが、ここで振り向いてしまえば問答無用で牢獄送りにされるか、ホーリードラゴンに消し炭にされる。
解除音の後に装備された音が聞こえて、彼女が着替え終わったことを知らせるが、さらに後ろから音が聞こえる。
これは………髪型カスタマイズの音か。
「ベリアル君、いいですよ」
声がかけられて振り返ると、着替え終わったヒナミがベッドの上で足を伸ばしている。
装備は全てしまい、生地の薄いルームウェアを着ていた。いつもはポニーテールにしている髪も解かれて、肩から胸にかけて垂れている。
僕は武装した状態のヒナミしか見た事なかったので、緩んだ彼女の格好はとても新鮮だった。少しの間目を奪われる。
「な、何ですか、そんなに見て。私の格好変ですか?」
「あ、いや、別に」
っと、いけない。あんまりジロジロ見たら失礼かな。
「ベリアル君は着替えないのですか?」
「持ってる服はこれとローブだけだから」
「服を買う余裕も無いんですか?」
「あるよ。全部レベルアップのために費やしてるだけ」
手に入れたお金は、ステータスを上げるためのアイテムや装備に使っている。
ステータスの向上にちっとも役に立たないルームウェアなんて買うだけ無駄だ。
「勿体ないですね。せっかく色んな格好が楽しめるというのに」
「僕は娯楽でやってるんじゃないの」
強くなるために、生きるために必要のないものは買わない。そう決めている。
「ふーん………そういえば、この宿屋お風呂無いんですか?」
「あるわけないでしょ」
ここはそういう寛ぐ場所じゃない。ただ犯罪者達がモンスターに襲われずに寝られる場所、それだけだ。
「そうですか。って、私達ご飯も食べてなかったでしたね。今の話を聞く限り、ご飯も出なさそうですが」
「そういうこと。何か持ってないの?」
「一応お弁当は持ってきていますよ。ベリアル君も食べます?」
そう言うなりヒナミはストレージを操作してお弁当の入っているであろうバスケットを二つオブジェクト化した。
「何で、二つ持ってるの?」
「まぁ、本来は人にあげるために持ってきたものですが、そのあげる人の武器をあなたが壊してしまったので。いります?」
あぁ、あの護衛の人達の分か。そういう事なら、ありがたくいただくとしよう。
「ありがとう」
バスケットを受け取って開けてみると、中には具沢山のサンドイッチが三種類くらい入っている。
おぉ、美味しそうだ。
「「いただきます」」
僕達は手を合わせると、サンドイッチに手を伸ばした。パクッと一口食べてみる。
「おっ、美味い」
基本的に硬い黒パンか干し肉しか食べない僕にとって、普通レベルの料理なら何でも美味いんだが、それを抜きにしてもこれは美味しい。
いい食材を使っているんだろうし、相当料理スキルを上げてないと出来ないな。
「そうですか?そう言っていただけると、作り甲斐がありますよ」
「ん?これヒナミが作ったの?治安維持局にいる料理人とかじゃなくて?」
「えぇ。大体、支給されたものなら、私だけがまとめて持ってるわけないじゃないですか」
それもそうか。でも、このレベルの料理作れるって事は………
「ヒナミ、料理スキルどれくらい?」
「えっ?あまり気にした事はないですが………そろそろカンストするんじゃないですか」
嘘だろ。あんな上げにくいうえに、戦士においてそこまで求められないスキルをよく上げられたな。
「そりゃ大したもので」
「呆れたような表情で言われても嬉しくないですよ」
そんな事を話しながらご飯を食べ終えると、外はすっかり暗くなり、建物の明かりも消えていっている。
「さてと、そろそろ寝ますか」
僕達はベッドに横になった。ヒナミは寝返りを打って僕をジッと睨む。
「言っておきますが、私が寝ている間に何か良からぬことをしたら………」
「しないから。とっとと寝な」
「………はい」
僕はヒナミに背を向けて横になる。窓側のベッドで寝たので、外の夜景が見える。
眠くならないのでしばらく夜景を眺めていると、背後から声がした。
「ベリアル君、まだ起きていますか?」
「………何?」
僕と同様寝つけなかったのか、ヒナミが話しかけてきた。
「その………今日は、ありがとうございました。色々と助かりました」
「………別に、こっちも助けられたし」
辺りは静かで、お互いの声だけが部屋の中に響いている。
いつもだったら顔を合わせば問答無用で殺し合っている人と同じ部屋で寝ている、そう思うと何だか不思議な気分だ。
そういえば、こんな風にヒナミと話すのは初めてだ。何度も何度も会ってるのに、まともに話したことなんてなかったな。
「明日も、よろしくお願いします」
「明日も付き合わされるの?」
「いいではないですか。時間はたっぷりあるんです」
「僕は無いの。そんな事するくらいなら、この世界の脱出に時間を割きたい」
「それは………また、人を殺すということですか?」
「そうだね」
この世界から出るためにはそれしか無い。あの日から変わらない、この世界のルールだ。
「あなたは………何故、そこまでして人を殺そうとするのですか?」
「何度も言わせないでよ。生きるためだ」
「ただ生きたいなら、積極的に殺す必要は無いでしょう。何故そこまで、人殺しであることにこだわるのですか?」
「………答えは変わらないよ。生きるため、それだけ」
「しかし………いかなる理由があろうとも、人の命を奪うのは………」
「間違ってる。そう思うか?」
その答えがヒナミから返ってくることはなかった。ただ黙って、口籠もっている。
「たしかに、普通に考えたら僕はおかしいのかもしれない。でもそれは、リアルでの話だ。この世界じゃない」
「リアルとか、ゲームとか、関係ないです。人の命なんですよ?」
「そうか。僕からしたら、人を殺す覚悟が、生きる覚悟が無いから、それを正当化しようとしてるようにしか見えないけどね」
「それは………」
「まぁ、これは僕の考えだから。君は君の考えで動けばいい。僕の知ったことじゃない」
「ベリアル君………」
「さぁ、もう寝ようか。明日に響く」
「………はい。おやすみなさい」
話を中断すると、しばらくしてヒナミの寝息が聞こえてきた。どうやら結構疲れていたようだ。
でも僕は寝ることができなかった。
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