第7話 夕陽
「よっ!」
「はぁっ!」
背中合わせになって僕とヒナミは同時に武器を振るった。目の前のモンスターを斬り捨てポリゴンに変える。
「ふぅ、とりあえずこの辺のモンスターは全て倒しましたかね?」
「みたいだな。それにしても随分と多かったな」
ダンジョンの中間地点を通り過ぎて数分間。さっきからモンスターが止まることなく沸き続けている。
強さはそこそこだが何せ数が多い。普段の二倍ちょっとはいたな。
「そうですね。私達は『契約者』だから何とかなりましたが、ここまで多ければ通常のパーティーでは対処しにくいでしょう。いくつかのパーティーが壊滅したと聞きましたが、それも納得です」
「まぁモンスターのレベルはそこまで強くないし、最後の方は少なくなったからな。人がたくさんいれば問題無いんだろうけど」
「えぇ。北方治安維持局にも大隊での攻略を勧めておきます」
でもおかげでアイテムはがっぽりだ。換金すれば結構いい額にはなる。
「さて、すっかり遅くなってしまいましたね。私は上に報告する必要があるので戻りますが、ベリアル君はどうしますか?」
「僕も戻るよ」
ここまでやれれば今日はもういいだろう。
「それでは戻りましょう」
『転移の羽』を使って、僕達はダンジョンを出た。
このまま街まで転移してもいいんだけど、そうすると守衛に目をつけられて面倒なことになる。
本来なら街中で攻撃したりはできないんだけど、この世界がデスゲームになってからはそれが可能になった。
つまり武装して街に転移、そこから暴れるってことも出来るわけで。そんなわけで武装したまま街に転移すると、どうしても周りから変な目で見られるのだ。
ということでダンジョンの外に転移して、僕達は真っ直ぐ街はと向かった。
街中でグリモワールを召喚したので、僕のことはきっと警戒されている。北方騎士団も捜索しているだろう。
でもヒナミが僕の身元保証人になってくれるとのことなので、堂々と入ることができる。
とはいえ目立つのも嫌なのでローブを被って入るつもりだが。
「ベリアル君は街で宿をとっているのですか?」
「あぁ、郊外のボロ宿だけど」
「それならば、私もそこに泊まりましょう」
「はぁ?何でだよ。騎士団長様ならもうちょっといい所泊まれるでしょ?」
「私はあなたの身元保証人ですので、保証するからにはある程度監督責任がありますから」
「えぇ………別にいいって」
「そういうわけにはいきません。これ以上問題行動を起こされてはたまらないので」
別に街にいる時に面倒事が避けられれば、後は一緒にいなくてもいいんだけどなぁ。いてもめんどくさいだけだし。
「まぁ、街に入ってからの予定は後々立てるとして………ベリアル君」
「あ、気がついてたのね」
僕とヒナミは立ち止まって後ろを向いた。
「そこにいる方々、私達に何か用でしょうか?」
ヒナミが声をかけると、茂みの中から二十人ほどの男達が現れた。全員武装していて、あまり友好的に見えない。
「へぇ、さすが『竜巫女』と『悪魔遣い』って所か」
「治安維持局の騎士団長とPKプレイヤーとは、珍しいパーティーだなぁ」
下品た笑みを浮かべて、男達は僕達に剣を向ける。
「おい、お前達ダンジョン潜ってきたんだろ?」
「………だったら?」
「手に入れたアイテムを恵んでくれや。ついでに腰に提げてる綺麗な武器もなぁ」
「そしたら、その武器を収めてくれますか?」
「そいつぁ、俺らの気分次第だ。そうだなぁ………『竜巫女』はすぐに殺さないでおいてやってもいいぜ。たっぷり可愛がってから嬲り殺してやるよ」
あまりにも品のない発言にヒナミが顔を顰めた。
この世界でこういう盗賊まがいのことをする連中は、脅して奪うことはまずしない。基本的に素直に渡しても殺されるだけだ。
何せネームタグが表示されるせいで、素性丸出しだからな。見逃したら騎士団に通報されて捕まえられるし。
しかもこの世界にはもうPKどころか、あらゆる犯罪やハラスメントに関する制限が無いから、むしろ殺さない理由が無い。
「なぁ、さっきダンジョン攻略してたパーティーがいくつか壊滅したって言ってたけど、それって………」
「えぇ、おそらく彼らのような輩にやられたパーティーもあったのでしょう。これは捜索隊の要請も必要ですね」
もっとも、こういう盗賊がダンジョン付近に潜伏して、探索したプレイヤーから強奪するのは別に珍しいことじゃない。予想はしてたことだ。
「おい!何くっちゃべってんだ!とっととアイテム寄越せや!」
「お断りします。そんなにアイテムが欲しいのならば、ご自分で探索されてください」
「断るだぁ?テメェらに拒否権なんざねぇんだよ!来い、ブラートケルピー!」
「デッドリータイガー!」
盗賊達の内二人が手にしている武器を掲げた。その武器には契約者の証であるモンスターの紋章が描かれている。
眩く輝くと同時に、二体のモンスターが現れた。
一体は足が異常に肥大化し、銀色の鱗を持つ馬。もう一体は黒と紫の縞模様を持ち、長く鋭い牙を持つ虎だ。
「へぇ、契約者が二人いるのか。まぁまぁ強そうだな」
「このダンジョンを攻略しようとするパーティーを襲うんです。妥当と言えば妥当でしょう」
それもそうか。
「死ねぇッ!」
ブラートケルピーの契約者が手にしていた剣を振るった。凄まじい勢いで水が噴き出し、川の如く流れてくる。
その波に乗ってブラートケルピーが迫ってきた。まるでサーファーだ。
その後ろから、今度はデッドリータイガーが飛びかかってくる。
「ブルルルッ!」
「ガアァァァッ!」
「はっ!」
「よっと」
すぐさま僕達は左右に飛び退いて二体のモンスターの攻撃を避けた。後数秒遅れていたら波に飲まれていただろう。
しかし避けた隙に盗賊達は僕達を取り囲んだ。もう逃げられないな。
「どうやら、話し合って退かせるのは無理っぽいな」
「そのようですね、残念です。それならば………」
細剣を引き抜いたヒナミが、剣先を盗賊達に向けた。
「バーベナ騎士団団長として、あなた達を捕縛します!」
「へっ、笑わせんな!やっちまえ!」
『おぉ!』
ヒナミの毅然とした宣言を笑い飛ばして、盗賊達が襲いかかってくる。
まったく、ただでさえ疲れてるってのに。余計な面倒事増やしてくれたもんだ。
昼間のヒナミの護衛もそうだが、ここまで人の話を聞かずに攻撃されるといい加減イライラしてくる。
殺すか。
「ベリアル君、私が前に出ますので後方支援を………」
「退いて」
細剣を構えたヒナミを強引に後ろに下がらせると、デモンズエッジを引き抜いた。
「まさか、ベリアル君………」
「安心しな、すぐ終わらせてやる」
「ま、待ってください!彼らを殺すことは許しません!」
「知るか」
止めようとするヒナミを振り切るように僕は駆け出した。跳び上がって、彼らのど真ん中に着地する。
一番近くにいた男が剣を振るが、身をかがめて難なく避けれた。そのまま前進し懐に潜り込むと喉を掻き斬る。
「があっ⁉︎」
一瞬の攻撃に目を見開いた男のHPバーが一気に減少した。レッドゾーンも越えてゼロになり、体がポリゴンとなり砕け散る。
「なぁッ⁉︎」
「コイツ、よくも………!」
「うるさい」
何か言おうとした男達の口を塞ぐように、僕はスキルを発動させた。
『バーサスクロー』で二、三人の喉笛を一気に斬り裂く。
「「ぎゃあッ⁉︎」」
斬られたヤツらは残らず体が砕け散った。まぁ契約者でも無ければこんなものだろう。
それから一人、また一人と斬り捨てて、大体半分くらい殺した時、僕の真上からデッドリータイガーが襲いかかってきた。
「ガアァァァッ‼︎」
「おっと」
すぐに飛び退くと、ナイフを逆手に持って構える。
「『デモンクルーズ』」
「グルッ⁉︎」
デモンズエッジが禍々しく輝いた瞬間、デッドリータイガーは硬直し倒れた。痙攣して掠れた鳴き声で鳴く。
「よっと」
「グゥッ⁉︎」
動かなくなったデッドリータイガーの喉笛にナイフを突き立てると、いとも簡単に体が四散した。
それに伴い、契約者であった男の武器も砕ける。
「何ッ⁉︎お、俺のモンスターが………」
「死ね」
たじろいでいる瞬間に、男に近づき首を掻き斬った。ついでに近くにいた二人も殺す。
「がぁッ‼︎」「ぐっ!」「ぎゃっ!」
残りは五、六人程になった。これで逃げてくれればいいんだが。
「さて、どうしますか?」
「お、おい、どうするんだ?逃げるか?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!せっかく悪魔とドラゴンの力が手に入るんだ!今更退けるかよ‼︎」
「だ、だよな。まだブラッドケルピーがいるんだ!ビビることはねぇ‼︎」
どうやら退いてはくれなさそうだ。それなら、さっさと殺すか。
「いくぞ!」
『おぉ‼︎』
グダグダやってても面倒だ。まとめて殺しちゃおう。
僕は武器を振り上げた男達を斬ろうとナイフを構えて………
「やぁっ!」
その時、ヒナミが僕達の間に割り込んできた。
舞うように細剣を振るい、男達の武器のみを弾き飛ばす。
「ぐはっ⁉︎」
攻撃の威力に男達が後退すると、間合いを開けて剣を構える。
「ベリアル君、それ以上彼らを殺すというのなら、あなたも捕らえます」
キッと睨むヒナミに睨み返すが、彼女は退く様子がない。
「ヒナミ………お前」
「彼らとて人間です。殺してはなりません」
「………分かったよ。別に、無理に殺したいわけじゃない」
僕はデモンズエッジを腰のホルダーにしまった。それを見て一息つくと、ヒナミは残った野盗達に近づく。
「これ以上の抵抗は無意味です。投降してください」
「ふ、ふざけんじゃねぇ‼︎舐めやがって‼︎やっちまえ、ブラッドケルピー‼︎」
「ブルルルッ‼︎」
契約者の男の声に従い、ブラッドケルピーが背後からヒナミへと襲いかかった。
しかしヒナミは動じることなく、その場でターンして踏み込む。
「はっ!」
剣に宿った青白い光が弧を描き、ブラッドケルピーの体をすり抜けた。
それから数秒の間が空き、ブラッドケルピーの首が地面へと転がり落ち、体が砕けた。契約の証である武器も消滅する。
「お願いですから、もうやめてください。誰も殺したくないんです」
「そ、そんな………一撃で………」
男達はもはや抵抗する気力も無さそうだ。全員脱力して俯いている。
ヒナミは彼らを牢獄へと送ると、細剣をしまった。
僕もそれを確認して背を向ける。
「さてと、面倒事も片付いた。さっさと帰るか」
「ベリアル君」
歩き出そうとした僕にヒナミは声をかけた。足を止めて目だけを後ろに向ける。
「何?」
「あなたは………何とも思わないんですか?人を殺して、何も思わないんですか?」
どこか泣きそうな声を漏らしてヒナミは訴える。強く拳を握り、僕を睨みつけた。
「思ってるさ。今日も生き残れた、いつもそう思ってるよ」
「そんな………」
「ヒナミはヒナミの思うように生きればいいよ。僕は僕のやり方で生きる」
僕だって自分のやり方が絶対だなんて言うつもりはない。僕は僕の生きたいように生きる、それだけだ。
僕と視線が交わり、ヒナミは納得したように息を漏らした。
「そうですか………それなら、私は私のやり方で」
するとヒナミは僕の隣まで跳ねるように駆け、並んで歩き出す。
「さぁ、宿に案内してください」
「何のつもり?」
「私は、今回の戦いを通して、少しでもベリアル君のことを知ろうと思います。そのために一緒にいたいんです」
朗らかに笑うヒナミに、僕はため息を吐くしかなかった。
あまりにも緩く、ふざけてるとしか思えない。でも………
「………好きにしな」
「はい」
微笑を浮かべてヒナミは頷いた。
夕陽に照らされて、僕達は並び街へと向かう。
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