迷い子の徒然草
こちらのTwitter企画
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で書いた140文字SS。
前作では登場しなかった猫又や蛇幼女がいたりします。
迷い子の徒然草
Day.1『傘』
びしょぬれの子ども達の顔を見比べ、どうしたのか、と問い掛ける。自分のせいでは無い、とでも言うように、それぞれがそれぞれを指差した。
「こらっ」
「傘ってなぁ、男にとっちゃ武器なんだよなぁ」
家主が部屋の奥で、子ども達を叱る声に被せるように言う。壊れた傘だけが、しとしとと泣いていた。
Day.2『透明』
今日のお客様は、少し透けていたように見えて。何処か不安そうに告げる少女の姿に、家主は薄らと笑う。
「この家に留まる事も、外に帰る事も、拒んだからなぁ。そのうち、消えるだろうさ」
「……せめて、冥土には」
「この世もあの世も、拒んだ奴の行先なんぞ、俺にはわからんさ」
鬼の咀嚼音が響く。
Day.3『文鳥』
マヨヒガに訪れる客は人ならざるものも多く、茶を出せば良いという訳でもない。
「……ですがわたくしも流石に、こんなお客様はどのようにもてなせば良いのかわかりません……!」
部屋に敷き詰められた羽毛に埋まりたい衝動を堪えるのが、精一杯。人よりも大きな図体をした小鳥が、ふくふくと鳴いた。
Day.4『触れる』
この屋敷には、光の存在しない部屋がある。
「旦那様、……旦那様」
主を追って暗闇に飛び込んだはいいが、瞬く間にその姿を見失い。不安から何度も虚空に呼びかける。白く細い指先を伸ばし、せめて着物の端でも掴めないかと望む。キシリと指先に絡んだのは、糸のような。いや、この感触は。
「髪?」
いったい、だれの。
Day.5『蛍』
無数の光の粒に導かれるように、庭を進む。辿り着いた先には、光り輝くちいさな山が。
「……貴方達、いったい誰を招いてしまったの?」
つんと鼻腔を刺激する匂いに、顔を顰める。それを嘲笑うかのように、蛍達は少女の周りを飛び回った。
「蛆が湧く前で良かったじゃねぇか」
追い付いた家主が言う。
Day.6『アバター』
どちらかと言えば春の陽気に近い、日向に当たるには調度良い天気。縁側にて、ほぅと一息を吐く少女ひとりと、猫いっぴき。
「人の姿をされる神様が多い理由なんて、考えた事ありませんでした」
「いやぁ簡単ですよぉ。姿形は合わせた方が、話しやすいってだけですから」
猫が、毛繕いをしながら言う。
Day.7『洒涙雨』
その日、とある客が通った道は、河童が通った後のように濡れていて。子ども達と雑巾がけをしながら、そっと聞き耳を立てる。
「私、ずっと彼を待っていたの。愛し合っていると知ってるから、こんな日でも来てくれるト、思っタか、カ、カら」
雷光の後、家主の声で我に返った。
「流されちまったなぁ」
Day.8『こもれび』
「ここがねぇ、アオバのおひるねのばしょなの!」
小さな手に招かれて、案内された場所。成程確かに、木々が影を作ってくれて、その根元には寝転ぶには調度良い隙間があって。
「ふふ、素敵な場所ですね」
「でしょー!」
得意げに笑う幼女の頭を優しく撫でると、穏やかな風がふたりの髪を揺らした。
Day.9『肯定』
食事を必要としないマヨヒガの主人の前に、膳が置かれている。載せられた器は既に空で、食後の一服、と言ったところか、彼はいつもの様に煙管の吸い口に軽く歯を立てた。
「何を、お食べに」
少女が震える声で言う。しかしその先の言葉は続かない。キツイ香草の匂いが、答えを示しているかのようで。
Day.10『ぽたぽた』
雨漏りの原因を探るべく、子ども達と共に桶を持ち出して、屋敷内の探索に入った。もう随分と長い間、一定の感覚で落ちる水滴の音に悩まされ続けている。ちいさな手に袖を引かれて、振り向けば、天井のとある場所を指差している。とうとう見付けたか、と思えば。そこにあるのは、赤黒いシミだけだった。
Day.11『飴色』
色鮮やかな飴玉が並び、まるで宝石を目にしたかのようにはしゃぐ子ども達。それぞれ好きな色を選んでいく。
「あれぇ、選ばないんですか?」
離れた所で悩んでいる様子の子どもに声を掛ける。きらきら輝いている他とは別に、その子どもは褐色のものを手に取った。商人は笑う。
「飴色、良いですね!」
Day.12『門番』
異変の正体が妖と知れば、それを退治しようとする者が現れるのは必然であり。
「あのひとを返せ、さもなくば屋敷ごと燃やしてやる!」
その言葉にマヨヒガの主人は笑う。戯れに屋敷の外で姿を見せてやっただけでこれだ。
「まあお前の相手も飽きねぇけどな」
「待て!煙々羅!!」
門が閉じられる。
Day.13『流しそうめん』
割った竹の中でするすると流れていく細い麺に夢中になる子ども達。此方はせっせと上方から水と麺を流す作業をしているだけだが、その姿を見ているだけで満たされるというもの。
「風流ですにゃあ」
そこに割り込んできた猫又。
「そうですね、っあ」
「ふにゃー!?」
うっかり、猫が流されていった。
Day.14『お下がり』
「困ったもんだぜ、あのお客様は」
口ではそう言うが、実際はそこまでの悩みでもなさそうである。とはいえ、そんな家主の隣に並ぶ少女は、丸い目をぱちくりと瞬かせるしかなく。目の前の六畳はある部屋に敷き詰められた、そう、これは、
「龍、ですか?」
「お下がりにくれてやるとよ」
どうしろ、と。
Day.15『解く』
「うぇぇえんっ、ねぇちゃぁ」
べそをかいて屋敷に飛び込んできた半身蛇の幼女を受け止め、何事かと思えば。彼女の長い髪に木の葉や、ひっつき虫が沢山ついている。その中に、見間違いでなければ、枝らしきものまで。
「今、櫛と鋏を用意しますからね」
それらの道具で、太刀打ち出来れば良いのだが。
Day.16『レプリカ』
かつてはそれなりの富豪育ちだった白花には、偽造品を見破る目がある。それでいて、本物に似せる技術もまた、才能のひとつである、と。そんな思いも抱いている。
「作者自身の心は、別物ですから」
「その偽物が、気に入ったか?」
「偽物でも、良いのです」
そのものが、愛おしく感じたならばそれで。
Day.17『砂浜』
マヨヒガの子ども達は、屋敷から出る事が出来ない。故に、時折外のモノを運んでくる猫又が、こうして遊び場を作ってくれる事がある。
「流石に海は作れませんけどね!あ、貝殻は怪我しそうなんで、避けときましょ」
庭に、ちいさな砂浜が出来ていく。波の音は、小豆とザルでも使おうか。そんな、夏日。
Day.18『占い』
門の傍で蹲っている影を見つけ、どうしたのか、と聞く。返事は無く、木春菊を震えた手で握っている事を確認した。そして、まるで毟るように、花弁をいちまい、にまい、引き抜いて。最後のひとつで、言葉にならない悲鳴を上げて、花を投げ捨て、影は泥のような姿になった。
「信じて、いたのですか?」
Day.19『爆発』
不意に轟いた爆発音に、一瞬時が止まる。何事かと思うよりも速く、主人の元へと駆けていく。
「旦那様っ、」
「ああ」
主人は平然とした態度。それを見て一先ず安堵する。す、と視線を誘導されて、主人が指した方角を見た。
「ただのくしゃみだ」
山の向こうに、申し訳なさそうにする巨大な顔がいた。
Day.20『甘くない』
緊張しながらも、商人に言われた通りの手順で珈琲を淹れる。ハイカラなものに憧れる年頃ゆえに、買ってみたはいいものの。見たことの無い色をした飲料、そして独特な香り。鼓動も速くなる。
「うぅ」
恐る恐る、少量、口に含んで。その苦さにびっくりした。貴重なお砂糖を、使わねばならぬようだ。
Day.21『朝顔』
屋敷の住人である影の子ども達に、名前は無い。だがそれぞれ個性はある。手先が器用で、折り紙を趣味とするその子は、今日も綺麗な朝顔を折ってみせた。
「まあ、素敵。これをお客様に?」
こくん、と頷く。影の子に名前は無く、明日も、無い。それでも明日の幸せを願う。朝日を浴びて咲く花のように。
Day.22『賑わい』
庭に提灯を飾り、土の上に茣蓙を敷く。商品の真似事として玩具や折り紙を並べて、影の子が店番をする。太鼓を叩く子も現れ、その音に合わせて盆踊り。
「氷でも削るかい?」
「ふふっ。とうもろこしも焼きましょうか」
マヨヒガの中で開かれる囁かなお祭り。外の世界にも負けない、賑わいを見せる。
Day.23『静かな毒』
「貴女はまだ人に戻れる」と、呼び掛けてくれた少年がいた。それは善意からか、使命感からの言葉なのか、判断は難しい。ただ、幼いながらも誰かの身を案じる事が出来るというのは、少しばかり、羨ましく思う。
「お帰りください」
門の前で、少年を突き放す。ふつふつと湧き上がる、黒い毒を背負って。
Day.24『ビニールプール』
表面はつやつやとしていて、水を弾く。なのに、軽いし、指でつつくと、薄い生地の感触が伝わる。袋状になった生地の中に、空気が入っている、のだとか。そんな不思議な桶を、猫又が自慢げに提供したものだから、おそろしくなって。
「は、破裂したりしないのですか!?」
「にゃふふ」
……笑われた。
Day.25『報酬』
「はい、此方確かに!」
マヨヒガに眠る貴重品を受け渡せば、ご満悦な表情を見せる、商人ならぬ商猫又。外の世界に触れる事を制限されているこの屋敷では、猫又とのやり取りは有難い。それに加え。
「どうぞですにゃ」
そう言って、ごろんと猫の姿で横たわる。撫で回しても良いだなんて、そんな!
Day.26『すやすや』
少女の柔らかな膝に、主人の頭が乗せられている。初めこそ少女は戸惑ったが、今や日常の光景。子ども達もつられるように二人の傍に寄り、好き好きにその場に転がる。たまにそこに見た事のあるハチワレの猫が紛れていたりするが、まあ、昼寝の時間なのだから猫ぐらいいるだろう。優しい空気に、微睡む。
Day.27『渡し守』
人ならざる屋敷の住人達も、いつかは葬頭河を渡る日が来る。
「案内はここまでだ。お代はもう渡してある。達者でな」
嫌々と、幼子が首を振る。別れを惜しんでいるかのように。
マヨヒガの主人は笑う。
「なぁに、俺は船に乗れねぇが。いつか泳いで行ってやるさ」
主人もまた、何れはここに辿り着く。
Day.28『方眼』
綺麗に並ぶ升目をじっと見つめる。何をそんなに熱心になる事があるのかと、子どもを見つつ、声を掛けようかと迷う。そのうち、目を回したらしく。ぽてっと倒れてしまった。
「餓鬼ってなぁ、あれだろ。蟻の行列とか見るの好きだろ?」
「はぁ」
動きがあるものなら兎も角。ただの紙なのだが。
Day.29『名残』
ふ、と目を覚ます。家事の合間に、うたた寝をしてしまったようだ。添い寝のつもりなのか、子ども達も傍で横になっている。微笑ましい気持ちになり、その頭をやんわりと撫でる。そういえば、先程眠っていた時。誰かが同じように、自分の頭を撫でていた、ような。痩せていて、皺のある手。ああ、彼女か。
Day.30『握手』
子どもが多いこの屋敷では、些細な喧嘩が絶えない。
「仲直りの握手をしなさい!」
「そりゃあ駄目だな」
唐突な駄目出しに一瞬時が止まる。
「手のひらってなぁ、思ったよりも感情が出るもんさ。そんな事に使っちゃあならねぇよ。とはいえ、そろそろ止めねぇとな」
主人のデコピンが炸裂した。
Day.31『遠くまで』
マヨヒガに迷い込んだ少女は、屋敷に囚われ、そこの住人となった。愚かだと言われても、お前が慕うその男は鬼だと言われても。白い彼岸花のように、うつくしく微笑んだ。
「私の居場所は、此処ですから」
歩いて歩いて、屋敷の奥。その先は死者の国。遠い存在になろうとも、彼等に寄り添い続ける。
迷い家の主人 @Tsurugi_kn
★で称える
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