第68話 紅色と黄金色

「はぁ……はぁ……」


 王は、着実にこちらの方に近づいてきている。一方で僕は、すぐには体を動かせない状況にある。


 マズい。非常にマズい!


「はぁ……はぁ……あと少し……あと少しで射程圏内だ……はぁ……はぁ……」


 やつは、また何かブツブツと独り言を呟いている。見ていて気味が悪い。

 それよりも、さっきは興奮のあまりか深く考えるのを怠ってしまった……そのせいで今このような状況になっている。もっと気を張らないと……。


 と、思っていた時、ようやく体が思うように動き始めた。右腕と右足を使ってなんとか体全体を起き上がらせると、数メートル先に王がいるのを確認した。


「王様さんよぉ……もう出血多量でふらふらなんじゃんないのかい? ええ?! 倒れてくれてもいいんだぜ?」


「何を腑抜けたことを言っている……はぁ……はぁ……そんなバカげたことをこの我がすると思っているのか? 我は今、信念で立っているのだ……はぁ……はぁ……信念は人間の原動力。人間を内側から支えてくれている究極のエネルギーなのだ……はぁ……はぁ……我が倒れるとするのなら、それが尽きた時だろう……そして今……射程圏内に入った!! ……はぁ……はぁ……」


 すると王は、剣をフェンシングのように構えた。


「ゆえに我が倒れる瞬間は永久に訪れることはない!! 未来永劫不滅の存在なのだぁ!!! 翔虎蒼蝋突しょうこそうろうふ!!!!!」


 次の瞬間、光とほぼ同等の速さの突きが飛んできた。その姿は、まるで獲物を狩る目をした虎のようであった。


 マズい! 今これを受けるのは不可能だ! 受けるためのすべての要素が足りない!! 受け流すにしても無傷ではすまないだろう。一体どうすれば……。


 右手にある短剣を握る力が、より一層強くなっていく。


 いや、受け流すのではない。攻撃しにいくのだ。もうこれしかない。攻撃こそ最大の防御だ!!


「しゃらくさぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は、激痛が走るのを覚悟で左手で体を前方に浮かせると、短剣を胸より高い位置に持ってくる。その間に、王は僕の眼前にまで迫ってきた。


「苦しみと共に死ねぇぇぇ!!」


「そうなるのはてめぇの方だぁぁぁぁぁ!!」


 直後、僕は一歩左に移動するのと同時に短剣を左手に持ち替える。


「グッ……!!」


 瞬間、僕の右肩に剣が突き刺さった。


「ザリバザリバザリバァァァ!! このまま首を跳ねてやるぞぉぉぉ!!!」


「グッ……ぬぅぅぅおぉぉぉぉぉ!!!!!」


 剣が体に刺さってしまったが、僕は構わず王の眼前へと歩を進めていった。やつとの距離がさらに近づいていく。それと比例するように、剣が僕の右肩をズブズブと貫通していく。


「しょ、正気か貴様ぁぁぁ!!」


「正気も正気ぃぃ!! 大真面目よぉぉぉぉぉ!!!!!」


 僕は左手に握った短剣を、地に向かって全力で振り抜いていく。


 ズバシャァァァァァンンン!!!!!


 直後、王の右腕と右足が宙を舞った。血しぶきが足元を赤くしていく。


「グゥ……アァ……こなくそぉ……」


「終いだぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は右足を軸にして向きを変えると、やつの後頭部目掛けて頭突きをしていく。


 ゴガァァァァァァァァァァンンン!!!


 頭突きは見事に王の後頭部を強襲した。剣が王の手から離れていくのと同時に、やつはそのまま地面へと倒れていった。彼の体中から血が止めなく流れていく。

 僕は右足を上げてなんとか体を起こし、右膝の上に右手を置きながら王を見た。


「はぁ……はぁ……これ……以上は……はぁ……はぁ……無理だ……もう右足以外どこも動かねぇ……はぁ……はぁ……全部出した……僕は……はぁ……はぁ……勝ったんだ……ついに……王政を…………ッ!!!」


 ビカァァァァァァァァンンン!!!!!


 次の瞬間、僕は目を疑った。絶対にそんなことはありえない! ……そう思った。だって……


 王の体が黄金色に輝いているのだから。


 こいつから飛び散った血が黄金に輝き、彼の体に集まってくる。同時に、飛んでいった四肢も集まってくる。

 血は接着剤として部位と部位を繋いだり、傷を塞いでいったりしていき、黄金の輝きを放っていた。


 やつはみるみるうちに回復していき、ついには両手を組み、僕の前で仁王立ちをするまでに至った。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……こ、これは……」


「驚くのも無理はない。これは、我が王家に代々と受け継がれてきた門外不出の証。黄金の血なのだから」


「黄……金……!」


「そうだ。黄金の血を持っているからこその王家なのだ。遥か昔。ネゾント様から黄金の血を賜った時から、王家我らは現界に勝利しているのだ!」


「はぁ……はぁ……何……言ってんだ……てめぇ……! 勝利だと?! ふざけたこと抜かしてんじゃんねぇぞ!! はぁ……はぁ……」


「たかる言葉ハエほど鬱陶しいものはない。少し黙ってろ!!」


「ガファッ!!」


 僕は顎を思いっきり蹴られ、その場に仰向けになって倒れた。


「いいか? この血は所有者によって特性が異なってくる。我がの場合は本に触れると未来が視えるというものであったが、遥か昔に失われてしまった。一方で、共通しているものもある。それは、黄金の血を所有している者は、寿命または同じく黄金の血を持っている者に殺られること以外では死なぬということ。つまり、生きている間は不死身なのだ!!」


「な……」


 そんな……バカな……つまりは、僕が今からどれだけ攻撃しようとやつは死ぬことはないし、瀕死になったらさっきみたいに蘇るということなのか……。

 倒せるのか……? 人間かすらも怪しいこいつを……果たして倒すことはできるのか……? おそらく、ほとんど可能性は残っていないだろう。

 でも、だからと言って何もしないのは違う。するべきことはまだある筈だ!!


 僕は、痛みを堪えて立ち上がろうとした。がその時、眼前に鈍い光を放つ刃があった。


「貴様は嬲り殺す予定だったのだがな。さっきの攻防でそうはいかなくなった。我はお前を心のどこかで侮っていたようだ。すぐに終わるなら、じっくりと虐げて殺す。そう思っていた。だが、それは無理なようであったな……。さようならだ。革命の火よ」


 刃が今、振り下ろされた。刃は顔面に向かってまっすぐ突き進んでくる。


 もう……ダメなのか……。


 僕は……目を瞑った……。


 ガギリィィィィィィィィ!!!!!


 直後、鈍い轟音が耳を貫いていった。閉じていた目をゆっくりと開けると、そこにはフェルンの姿があった。

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