第65話 恩返しによる舞台整理

 王妃は、背中から倒れていった。地面とぶつかる時の音は、雨音が掻き消していく。


 死んだ……んだ……。


 そう思った時、向こうからジャキンという音が聞こえた。振り向くと、盗賊が僕の方に銃口を向けていた。男はゆっくりと息を吐く。


「ふぅぅぅぅぅ……」


「!! 王妃の次は僕か?! ッ! か、かかって来……」


 ズダパァァァァァァァンン!!!


 攻撃に備えるために立ち上がって構えようとした時、僕の横を再び突風が駆け抜けた。

 突き抜けた瞬間、真っ先に自分の体を見た。でも、特に穴が開いただとかそういうことは一切なかった。もしかしてと思った僕は、地面に転がっている王妃を見た。

 王妃の右胸に、脳とは別の穴が1つ開いていた。


 あ、あいつ、死体撃ちをしやがった。よっぽど確実な死が欲しかったのだろうか……。


 王妃の体に開けられた2つの穴をまじまじと見ていると、盗賊が話しかけてきた。


「なぁお前。お前はぁ、盗賊の暗黙のルールを知っているか?」


「え? し、知らないけど……」


「そうか。なら、教えといてやろう。盗賊っていうのはなぁ。一度負けたら普通殺されるもんだ。だってそうだろう? 生きるためだとは言え、強奪や強姦、果ては人殺しまでやっている。俗に言うクズだ。3年前、俺がお前に負けた時、あぁ……俺死ぬんだなぁ……って思ったよ。これまでやってきたことのツケが来たんだなって。そう思ったよ。でもなぁ。そんなクズやってた俺を……お前は殺さなかった。逃がしてくれた。おかげで今こうして復讐を遂げることができた。すべてお前のおかげだ。本当に感謝している」


「ッ……きゅ、急にそんなことを言われても困るんだけど……」


「あぁ。そんなこたぁわかってる。だから……勝手に恩返しをさせてくれ」


 そう言うと彼は、ガタガタと震えている王達のところへ歩き出した。打ちつけてくる雨なんてものともせずに、威厳のある姿で進んでいく。


 王の元に着いた盗賊は、おぞましい視線でやつを睨みつけた。殺気の塊が発せられるごとに国王の震えがより細かくなっていく。


「な、なんなんだおん前はぁ……わ、我の前から一刻も早く立ち去r……」


 彼が口を震わせながらそう言った瞬間、盗賊は王の顔面を蹴り上げた。そして、光速の蹴りを受け、海老反りになりながら倒れていく彼の両手から泣きわめく子供2人を取り上げた。

 子供達がより一層泣きわめいていくのを尻目に、僕に向かって言葉を発してきた。


「これで勝手ながら恩は返させてもらった。こいつらは俺が処理しておく。国王を殺すのはあんた達の役目だ。任せたぜ」


「え、ちょ!!」


 彼は、僕がお礼を言う前に足早に去っていってしまった。

 貸した覚えのない恩を勝手に返されて、頭の中が疑問符で埋め尽くされていると、後ろにいた団長が脇腹を押さえ、這いずりながら近づいてきた。


「はぁ……はぁ……カルターナ……すまないが俺達は……ここで退かせて……もらう……はぁ……はぁ……革命軍の団長なのにこんなこと……をぉ……言うのは情けなくて、死にたくなるほど……恥ずかしいと思っている……はぁ……はぁ……でも……このまま居ても君の邪魔になるだけだ……と……俺は判断……した……はぁ……はぁ……国の命運を君1人……に背負わせて……本当に……本当に申し訳ない……!!」


 団長は、ボロボロの体を無理やり折り曲げようとしてきた。僕はそれを慌てて止める。


「落ち着いてください、団長。僕なら大丈夫です。国の命運を背負うぐらい苦じゃんないですよ。任せてください!」


「カ、カルターナ……」


 僕は団長にそう言った後、仰向けになっている王の元へと歩き始めた。王は、声を震わせながらブツブツと呟いていた。


「あぁ……妻が殺されてしまった……子供達は名も知らぬ下民に連れて行かれてしまった……腹が……立って……仕方がない……だがしかし……最も腹が立つのは……自分だ……家族が目の前で消えていっている中で……何もできずただ震えていた自分が……情けなくて……悔しくて……」


 王は突然泣き出し始めた。涙を流し、鼻水を垂らしながら泣いていた。その光景は、あまりにも、あぁまぁりぃにぃも汚く、見ていて鳥肌と吐き気が同時にこみあげてきた。


 王の元に着いた僕は、短剣を右手に持ち替えて構える。


「特に言うことはない。死ね」


 僕はそう言いながら首目掛けて短剣を振り下ろした。

 これですべてが終わる。胸が希望に満ちそうになったその時、王が腰に身に着けていた剣を鞘から抜いた。


「スゥゥ!!!」


 瞬間的に危機を察知した僕は、咄嗟に後ろに下がった。直後、目の前にほんの一瞬だけ眩い虹が現れた。

 虹が消えると同時に、王はおもむろに立ち上がった。


「我はこの国の王様である。自分のものは自分で守らなくてはならない。今更気付いたよ。皮肉にも反逆者貴様らのおかげでな」


 王は剣を構えた。その姿には、並外れた覇気と怒りが籠っており、思わず足を半歩下げてしまうほどであった。


 でも、逃げ出すわけにはいかない。僕は、未来への道を開拓しなければならないんだ!!!

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