第60話 覚醒

 四肢それぞれを覆うように黄金のもやが発生し、目の前には蒼い世界が広がる。


 私はこの蒼い世界の中で、1人、時読のことについて考えていた。


 時読。それは、数十秒先までの未来を視ることができる力。これまでの戦いでも、この力を使って数多の難所を乗り越えてきた。

 でも、今回の時読は何かが違う。決定的に異なっている点は、未来視の中を自由に動けているところだ。


 実際に手足をブンブン振り回すこともできるし、頬をつねることもできる。つねるのは痛いからやらないけど。


 そして、場にあるもの全てが、元の体から蒼い体が分裂し、その蒼い体が私の前でゆっくりと動いている。


 これは、能力の発動条件を変えたことによる副作用なのか、そうではないのか。今の私にとってはどっちでもよかった。


 ……ていうか動け。私。


 考え込んでいたせいで何もしていないことに気が付いた私は、残り少ない未来の中で急いで行動を開始する。


 状況確認のため、まず最初に私は敵を見る。今やつは、外にある池をバックにして立っている。それを確認した後、すぐに目線をニゥイルに移す。


 彼女は胴体を貫かれ、燃えながら床に倒れていた。


「ッ……」


 思わず手で口を覆ってしまった。泣きそうになった。すべての感情が爆発しそうになった。でも我慢した。

 その姿と、貫かれる前に彼女が行った行動を思い出した時、彼女がなにを成そうとしていたのか。それを本能で理解したからだ。

 私には、彼女の思いを引き継ぐ義務がある。


「よし……」


 口元にあった両手を降ろした私は、地震で崩れ、瓦礫の山と化した場所へと向かう。その中から両手ほどの長さと重さを持つ鋭利な石を探し出すと、胸元で抱えながらやつの方へと走っていく。


 やつの元に着いた私は、短剣でこいつの左の肺袋に切れ込みをいれると、持ってきた石を体を貫通するまで押し込んでいく。貫通したら、仕上げに両足に強烈な蹴りをいれて完成。


 蹴りをいれた直後、体が能力発動前の状態に戻り始めた。他も同様、私が動かしたモノや、大量に出てきていた蒼い霊体のようなものも、すべてが最初の状態へと戻っていく。


 私の体が時読発動前の場所に戻った時、世界の色が元に戻っていった。




「ッ……!!! フェルン!!!!! ……???」


 フェ、フェルン? 一体どうしたってんだ。なぜいきなり止まるんだ。なぜ棒立ちをしているんだ。いきなりどうしたとゆうんだ!


 そのフェルンの姿を見たあいつは、高らかに笑い始める。


「ブベガギジャヴァヴァァァァァァァ!!!!! ようやく首を差し出す気になったかぁぁ!! ありがたくもらっていくぜぇぇ!!」


 やつが右の拳をフェルンにブチ込もうとした時、この空間に異様な光景が広がった。突然、部屋の隅にあった大きな石がひとりでに宙に浮いたのだ。

 石は進行方向をやつに定めると、超特急で空中を走り出した。


「!! な、なんだこの石は! ぶっ壊してやる!!」


 そう言って右の拳を石めがけて再利用していく。拳と石が衝突した瞬間、僕はまた、超絶異様な光景を目にした。なんと、石が攻撃をすり抜けていったのだ。


 石は溶けもせず走り続け、敵の体を貫通した直後にその動きを止めた。左の肺袋部分には巨大な穴が空き、やつは口から大量の血を吐いた。


「ガファァァ!! い、石がすり抜けた……だと……ゲフォォ!! ……こ、これは一体……どうゆう……」


 あいつが左手で口元を押さえた時、フェルンは右手の親指と人差し指と中指を額に当て、左手を右肘に当てながらこう言った。


「巨大な石が、お前の左肺袋を突き抜ける。これは、決定された未来だ。数多の生物がどんなに抗おうとも、この結果を変えることはできない。

 未来を固定する力。それが、時読の真骨頂!!」


「ゼェ……ゼェ……おん前は何を言ってぇぇぇ!!」


 次の瞬間、やつの足が後方に吹っ飛び、前傾姿勢になった。その時、フェルンが叫んだ。


「今よ!!!」


「おう!!!」


 フェルンの叫びと同時に立ち上がった僕は、全速力であいつの元に走っていく。

 フェルンの叫びを聞いた時、ニゥイルさんがやろうとしていたことが何なのか。それを本能で理解した。


 やつの元に着き、左足で蹴ろうとした瞬間、こいつの体に光が一瞬駆け巡った。


「こんのゴキブリどもがぁぁ!! 下等生物のくせにいきがってんじゃんないぞぉぉ!!」


 おそらく、無意識による魔法言語発動だろう。このままの勢いで蹴ると、僕の足は粉々になる。でも、そのパターンは3年前に経験済みだ。無意識による魔法言語の効果時間は、1秒と持たないことも。


 こいつの体が光った直後、蹴りかけていた左足を僕の体の前に着地させ、軸足を右足から左足に変更させる。蹴りの反動を利用して今度は右足を浮かせ、倒れかけていたやつの顔面に回し蹴りを叩き込む。


「フベェェェェェ!!!!!」


「終わりのない地獄へ沈んでいけ」


 回し蹴りをまともにくらったやつは、空中で後転しながら池の中央まで吹っ飛んでいく。


 ボシャァァァァァァ!!!!!


 大量の水しぶきと共に池に着水したやつは、手足をジタバタさせながら何か叫んでいた。


「ベフォ!! ジャフェ!! 殺してやる!! 今すぐに殺してやる!!」


「あんまり叫ばない方がいいぞぉ~。なんせ肺袋が両方とも破れてるからなぁ~」


「う、うるさファボロバボコォォォ……」


 こうしてあいつは、断末魔の叫びと共に地獄へと沈んでいった。肺に空気が一切残ってないから、2度と浮き上がってくることはないだろう。


 こうして僕達は、やつとの死闘を勝利で終えた。だがしかし、失ったものは言葉では言い表せないほどに大きかった。


 やつが浮き上がってこないことを確認し、後ろを振り返る。そこには、泣き崩れているフェルンの姿があった。フェルンから少し離れた場所には、燃えて溶け始めているニゥイルさんの姿もあった。


「ニゥイル……起きてよ……お願いだから起きてよぉ……」


 ニゥイルさんは燃えている。それ故に、亡骸に触れることさえ叶わない。溶けているせいで、彼女の表情を見ることさえも叶わない。なんと理不尽な世の中よ……。


 僕は、顔を上にしながら言葉を発した。


「フェルン……ニゥイルさんは任せた……恥知らずだと罵ってくれても構わない。それでも僕は……行かなきゃならないんだ……」


 その言葉を発した後、僕は宮殿に向けて走り出した。しばらくの間視界は歪み続け、空から降ってくる雨はいつまでも止むことはなかった。そして……


「嗚呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼!!!!!!!!!!!!」


 慟哭するフェルンの叫び声が、そこら一帯を覆い被さっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る