第56話 希望の火

 目の前に広がる時の流れがゆっくりになっていく。


「なぁよぉ。お仲間が蘇っていい気分なところ悪いが、俺のことを忘れてもらっちゃん困るでよ」


「なぁに忘れてなんかいねぇよ。さぁ、おっぱじめようかぁ!!」


 僕達は一斉に走り出す。僕は中央から、フェルンは右から、ニゥイルさんは左からやつへと向かっていく。

 前方からは、バチンと両手を叩く男の姿があった。


「いいぞぉぉ!! どんとこい!! おん前の命果てるまでに!! 俺を壊してみせろ!!!」


「ゆったなこんちきしょうがぁぁぁ!!!」


 今の僕に残された最後の策。それは、金属と金属がぶつかり合う時に発生する火種で、部屋を燃やすことだ。その炎でやつを燃やし、とどめを刺す!!

 がしかし。もちろん課題は2つある。


 1つ目は、そもそもの話、火起こしだ。火種を起こすには剣の芯と芯が同量のエネルギーと速度で激しくぶつかり合わなければならない。

 それに、あいつの武器が剣に対して僕は短剣だ。剣の長さが違う。ゆえに僕は、やつの懐まで潜り込まなくてはならない。潜り込むということはつまり、死への確率が格段に上昇するということ。


 でも、そんなことを気にしていたら、できるものもできなくなる。やるしかない!!


「2人とも!! 援護を頼む!!」


「「了解!!」」


 そう言って僕達は、やつへと切りかかっていく。刃があいつの体を切り裂こうとした時、フェルンとニゥイルさんの攻撃はいともたやすく弾かれてしまった。


「ブベガギジャヴァヴァァァァァァァ!!!!! ぬるい。ぬるすぎる!! 紅茶でさえマズくなるぐらいのぬるさだぁ!!」


「「キャァァァァァ!!!!!」」


 2人は、ものすごい勢いで吹き飛ばされてしまった。でも、2人は隙間を作ってくれた。僕はそこに全力を注ぐだけ!!!


燈赫一閃とうかくいっせん!!!」


 やつの胴部めがけて短剣を走らせていく。


「ぬるいとゆっとろうが!! さっきからぁぁ!!」


 こいつは、右手にある剣を、僕の心臓めがけて振り下ろしてきた。だが、この行動は予想の範囲内だ。やつは僕との背丈の関係上、頭か心臓を狙ってくる確率が最も高い。さらに、さっきニゥイルさんを吹き飛ばした時の右手の位置は胴体部分だった。


 まばたき1つする間に刃はぶつかり合うだろう。がしかし、僕には乗り越えなくてはならない2つ目の課題がある。


 それは、室内の湿度だ。屋外から聞こえてくる雨音から推測すると、今外は豪雨だ。時を自由にさせていたら火が付かない湿度まで上昇していってしまう。

 それに加えてここは1階だ。窓を開けていないから風通しもよくないし、雨が降り始めてからそれなりの時間も経過してしまっている。


 つまり、チャンスは一度だけだ。僕は、この一撃にすべてを賭ける!!


「ぬぅぅおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 寸分の狂いも許されない。ブレのその先は暗黒! ズレのその先は常闇! 絶対にやり遂げてみせる!!!


「叫んでも無駄だぜぇぇぇ!! この青二才がぁぁぁ!!!」


 カキィィィィィィィィィィィンン……!!!!!


 ついに鉄と鉄がぶつかり合った。耳を貫く高音が、辺りに響き渡っていく。ぶつかり合う瞬間、僕は確かに見た。目撃した。赤き希望が、四方に散っていくのを。


 僕は、賭けに勝ったんだ!!!


「よ、よし……」


「カルターナさん!! 危ない!!!」


 僕はこの一瞬。たった一瞬だったが油断した。戦いにおいて、1秒の油断がすべてを打ち壊していく。これは、変えることのできない世界の理なのだ。動物や植物も例外ではない。


 気が付いたら、目の前には左腕を無くしたニゥイルさんが倒れていた。


「はぁ……はぁ……」


「ニュ、ニゥイルさん!!!!!」


「戦いの最中に油断するとは、随分とご立派になったものだ。ぅんでもって俺はちゃんと見ていたぞ。俺の足元に火種が落ちて燃え始めていくところをなぁぁ!!!」


 次の瞬間、やつは足元で燃えていたかすかな炎を、靴の裏で掻き消していった。


「ブベガギジャヴァヴァァァァァァァ!!!!! 仲間の腕は切り落とした!! おん前らの最後の希望も搔き消した!! 貴様らの負けは確定だぁぁぁ!!! ブベガギジャヴァヴァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


 確かに、足元の火は消され、ニゥイルさんは片腕を斬られ、フェルンは壁で伸びている。傍から見ればこいつの勝ちだろう。文句なしの完全勝利だ。だがなぁ……。


「一体……誰が決めつけた……が1つだと……」


 僕は、フラフラと立ち上がっていく。


「ハッ!! この俺に決まってんだろ!! おん前が何を言おうが決定事項なんだよ!!」


 パチッパチッ!


「じゃぁ聞くが、おん前は鍛冶師が鉄を打つとき、火種が1つしか飛ばない。なんて光景を見たことがあるのか?」


「何を言っているんだ貴様!! そんな光景、見たことなど……ハッ!!」


 僕は、やつに向かって左人差し指を突き付ける。


「そうさ。どんなに弱い力で鎚を打ったとしても、火種が1つしか起こらないなんてことはありえない!!」


 その直後、やつの腹部付近の衣類から、勇ましく燃え上がる炎が天井に向かって伸びていった。炎は次第にやつの体を覆い被さっていく。


「アチィィィィィィィィ!!!!!!!」


「お前たちは舐めすぎていたようだな。希望かくめいを!!!!!」

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