第52話 総大将
「……」
私は、10秒後に現れる敵兵に備えて短剣を握りしめ、常時戦闘態勢でいた。
貴族と聖職者との距離は7メートル強。このままいけば殺れる。残りの距離が60センチになった時、殺ろう。
私は、走る速度を上げる。すると2人は、また騒ぎ始めた。
「このゴミ豚がぁぁぁ!! はぁ……はぁ……絶対に処刑にしてやる……絶対にだ!!」
「あぁ同意見だ。絶対に処刑にしてやる!!」
相変わらずうるさい。最後の言葉としてはあまりにもお粗末だ。一体、どういった教育を受けて育てばこんな人間が出来上がるのだろうか。不思議でならない。
6秒が経過し、攻撃範囲まであと60センチと迫ってきた。叫びながら走っていたやつらは、徐々に速度を落としていく。
「い、いい加減にしろよてめぇぇ!! さっさと逝きやがれぇぇぇ!!!」
「このアホ!! ブス!! ゴミクズ!!!」
……幼児かな? これは驚いた。見た目は大人、頭脳は子供だなこりゃぁ。戯言が低次元すぎる。
私は心底あきれた。ほんのちぃとばかしあった貴族と聖職者への良心は、今ここに消え去った。
ブスという言葉に、私の頭は煮えくり返った。
「……そうですか。あなた方の意見はよぉくわかりました。消えてください」
8秒が経過した時、私の目の前には宙に浮く生首2つと、可憐に舞う血しぶきがあった。
「ふぅ……」
短剣を振って血を払い、深呼吸で荒れた呼吸と感情を整えていく。
荒れた心が整い、短剣についた血を拭き取った辺りで10秒が経過した。
見える範囲全てから敵兵が走ってきた。敵は全員完全装備で、何人かは赤い甲冑を着ている。
「見つけたぞぉぉぉ!! 殺せぇぇぇ!!!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」
全方位から怒号とともに、数えきれないほどの敵が押し寄せてくる。
さっきの爆弾で出払っていた兵達が、全員集合したのかな? たぶん。
昔の私なら、この数を前に怖気付いていただろう。でも、今は違う。今の私には、こいつらは有象無象だ。負ける気がしない。
覚悟を決めた私は、短剣片手に敵に突撃していく。
「はぁぁぁぁぁ!!!!!!! (時読!!)」
目の前に蒼い世界が広がる。13秒後、すべての敵をなぎ倒し、屍の上に立つ自分が見えた。
世界の色がもとに戻る。
「覚悟しろぉぉ!! このアホンダレがぁぁぁ!!」
敵兵が、土石流のごとく切りかかってくる。
「すぅぅぅぅぅ……」
私は精神統一のため、再び深呼吸をした。
「俺達の勝ちだ!! これで革命軍は終了だぁぁぁ!!!」
「誰が終了だって?」
「お前のことだバドガザナァァァ!!!」
私はすぐさまそいつの喉笛をかっ切る。間髪入れず、隣のやつの頭部を斜め右上に斬っていく。
「あ、悪魔だ……こいつは金髪の悪魔だぁぁ!!」
「ひぃぃぃ!! こ、こっちに来るんじゃんない!!!」
「馬鹿者ぉぉぉぉぉ!!! 何を怖気付いている!! 敵はたったの1人だぞぉぉ!!! さっさと陣形を立て直せぇぇぇぇぇ!!!!!」
「「「は、はいぃぃぃ!!!!!」」」
その光景にやつらはたじろみ、隊列を乱す。だがしかし、直後に後方から、何者かの号令によってすぐさま立ち直っていく。
その声は非常に野太く、精神に直接干渉してくるような、ド低い声だった。
誰だろうと、関係ない。徹底的にぶちのめすだけだ。
3秒経過。私は、次々と敵を斬り刻んでいく。首を、脳を、心臓を、腰部を。一刀両断で斬り伏せていく。
「こ、こいつ!! 無表情で斬り刻んでくるぞ!!」
「れ、冷酷だぁ……冷酷すぎる!! 極寒の日にマイナス50度の水に浸かっている気分だ!!!」
「ごちゃごちゃうるさい。アホナス共が」
「ギャァァァァァ!!!!!」
9秒経過。もう3分の2以上は確実に殺した実感がある。
体は返り血で真っ赤に染まり、短剣は少しずつ刃こぼれしてきた。
やつらの悲鳴は聞こえてこず、涙を流して命乞いをする敵兵の光景だけが視界に入ってくる。
複数人いた赤い甲冑の者達は、剣を片手に挑んできた。が、全員1秒以内に地獄へ案内してやった。
13秒後。私の視界から敵兵の姿は消えた。代わりに、血と内蔵が溢れ出ている死体の山が築かれていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
私は今、確実に興奮していた。瞳孔は開き、口からはヨダレが垂れ流れ、短剣を持つ手は震えていた。
この高揚感は、前にも味わったことがある。あれは確か、2年前の監獄襲撃作戦の時だ。
あの時はなぜ興奮したのかわからなかったが、今ならわかる。
おそらく今の私は、人間が元来から持っている本性がむき出しになっている状態なのだろう。黄金の血も、過去最高レベルで調子がいい。
人生の絶頂に最も近い状態だ。
「ハハヘフラバガダバファサジジベヘヘ!!!」
なぜか勝手に不気味な笑い声が、口から出てきた時だった。
「この屍の山。お前1人で築いたのか?」
「!!!」
すぐさま後ろを向いた。そこには灰髪で茶色の瞳をした、身長180センチぐらいの中年男性が立っていた。
こいつはやばい。絶対にやばい。
そう本能で感じた私は、反射的に中年との距離をとる。
一体いつ私の背後に移動したんだ……足音や空気が動いた気配さえも感じなかった。
なによりもこいつは、甲冑を着ていなかった。ただ腰に剣をさしているだけで、特にこれといって装備品は装着していなかった。
「あなたは……誰?」
「うぅん? 俺か? 俺はテバラサヌル・ヒスエブネ。一応ここの総大将を務めてるもんだ」
「ということはあなた……」
「あぁ、衛兵さ。仲間内では史上最強の衛兵だなんて言われている」
「!!!」
テバラサヌルと言えば、国王にも認められた世界最強とうたわれる衛兵じゃんないか。
それはマズい。非常にマズい。本当にテバラサヌルというのなら、どうあがいても私1人では勝てない!!! ここは一旦退くべきだ!!!
気持ちが退きに移り、1ミリ。ほんの1ミリだけ後ろに下がった時だった。
「俺としては、そんな称号はいらないと思っている。でも……こんな見事な屍山を築かれちゃ黙ってることはできねぇなぁ……ケリはつけさせてもらうぜ」
この威圧感……く、来る。攻撃してくる!! 避けなければ……今すぐ防御態勢をとらなくては、私の命はない!!!
「そんじゃ、行きまっせぇぇ!!」
「ッ……!!! 時読!!!!!」
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