第51話 決別

「ふぅぅぅ……あと1人……!!」


 僕は長い長い廊下を、右に左に走っていた。目の前には、同じく廊下を右に左に走る1人のクズがいた。

 彼女の名はアルカファルス・パカディーラ。国王に次ぐ地位を持つ聖職者で、3年前、僕を生ゴミの溜まり場に放置した張本人だ。


 今の僕に、虚空は存在しない。すべてが事実であり、すべてが現実だ。あいつを殺す。この一言で僕の体は動いている。

 そして、目の前からはやつの怒鳴る声が聞こえてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、この糞豚がぁぁ!! いい加減死ねやぁぁぁ!!!」


 やつは廊下を右に曲がる。後を追うと、そこには1つの茶色い扉があった。僕は体当たりで扉を開け、中へと入っていく。


 中に入ると一気に天井が高くなり、数多の長椅子と白い柱がある。奥には主祭壇があり、そこにはアルカファルスもいた。


「こ、ここは……祈りの間!!!」


「ギャラリラララァァァ!!! その通り!! ここは祈りの間。つまり、教会と同じ神域ですわぁぁ!! いくらあなたが血も涙もない虐殺人だったとしても、ネゾント様の前では無力!! さぁ、大人しく跪きなさい!!!」


「…………」


 神域。それは主に、教会や聖堂、祈りの間などに対して適用される、ネゾント教徒にとって、絶対に犯してはならない神聖なる空間。やつはそのことを利用して、この場から逃げようと画策しているのだろう。

 人口の93%以上の人たちがネゾント教徒のこの国において、この作戦は非常に有効な手だろう。なんせ、会う相手のほとんどが教徒だからだ。


 だがしかし、あいつは非常に運が悪い。いや、因果応報か。


 俺が一歩も動かないでいると、やつは大笑いしだした。


「ギャラリララララララ!!!!! 今この時を持って、お前の死は確定しましたわぁぁぁ!!! さっさと地に這いつくばって、神々しくも麗しいこの私が去っていくのを傍観していなさい!!!」


 そうゆうとあいつは、扉に向かって歩き出した。足を交互に前に出しながら進んでいく。

 どうやら、まだ自分は上流階級である聖職者であり、神域の絶対のルールをもって僕を跪かせたいと思っているのだろう。


 じぃぃつぅぅにぃぃクズだ。


 クズが僕の隣を通り過ぎる時、僕はやつの襟元を掴む。そのままグイっと引っ張り、思いっきし尻もちをつかせる。

 あいつの顔を見ると、とてつもなく赤かった。


「お前ぇぇぇ!! 一体どうゆうつもりですの?!! 神域で罪を犯すなんて、罰当たりもいいところですわ!! 即刻ネゾント様に裁かれなさい!!」


「残念だが、僕の存在はネゾントをもってしても裁くことができない。唯我独尊の信念を持っているからだ」


「ッ……!!! 何をわけのわからないことをぉぉぉぉぉ!!!」


「お前の時間はここで止まる……一閃!!」


 次の瞬間、アルカファルス・パカディーラの首は飛んだ。真っ赤な血が、ネゾントを模した像に降りかかる。


 …………。


 これで僕が担当した扉は片付いた。敵兵がここに来る前に祈りの間を出て、2人と合流しよう。




 数分前。ニゥイルは、元父親を殺すため、鬼面の表情で追いかけていた。


「く、来るなぁぁ!! 私のところ来るんじゃない!! この亡霊がぁぁぁ!!!」


「うるさい!! このヘドロがぁぁぁ!!!」


 くそ!! 逃げ足だけは早いやつだ!! さっきから一向に速度が落ちない!! でも、もうそろそろ限界がくるはずだ。


 3秒後、だんだんとやつの速度が落ち始めた。着実に両者との間隔が縮まっていくのを感じる。

 私は、やつとの距離が6メートルを切ったところで鞘から剣を抜く。


「!!! この亡霊、本当に私を殺そうとしてきている!! 私は嫌だ、死ぬのは嫌だ!!」


 やつは、開けっぱの部屋に入っていくと、何らかの方法を使って鉄の扉を閉めた。私は、走りながら剣で扉をぶった切ると、そのまま中へと入っていく。


 中は全体的に銀色に輝いており、各食材や調理道具、机に大樽に入った水などがあった。やつは包丁を持ち、洗い場の机に寄りかかりながらこちらを見ている。


「ギャラグジバラララ!!! 亡霊よぉぉ……まだ逝けないっつぅならよぉぉ……この私が直々に逝かせてやるよぉぉぉ!!! ギャラグジバラララァァァ!!!」


 うるさい。ひんじょうにうるさい。よし殺そう。今すぐ殺そう。

 現在、あいつとの距離は5メートル弱。間には、3卓ほどの机が障害物として存在している。机の上は、食材や料理器具が置かれているため、卓上を歩いてショートカットをすることができない。


 だけど、歩けないなら飛び越える!!


 やつが持つ包丁に、より一層力が入っていくのが見える。


「さぁ、来るならきてみろ!! この包丁で殺してくれるわぁぁ!!!」


「さい、ですか……否訃斬ひふみいち!!」


 私は左手で机をバンッ!! とたたきながら、放物線を描きながら机の上を飛び越えていく。次々と机を越えていくその光景に、やつは包丁を向けながら叫んでくる。


「こ、こっちに来るなぁぁぁ!!! 止まれぇぇぇぇぇ!!!!!」


「小物が、わーぎゃーわーぎゃーうるさいんだよ!! !!!」


 私は構わず2卓目の机を飛び越える。


「だから近寄るなぁぁぁ!!!」


 次の瞬間、やつは見境なしに隣にあったかまど内の薪をぶん投げてきた。投げてきたものの中には、包丁やボウルといった料理器具も含まれていた。


 それを私は、うまいこと小回りを利かせて空中で避けながら前へと進んでいく。


 とうとう、最後の机の上空を越えてゆく。


「ザバァァァ!!! ぎゅるなぁぁぁぁぁ!!!!!」


「これで本当に……終わる……さん!!!!!」


「バラバァァァ……」


 やつは、頭から足までを両断され、左右に分かれて倒れていった。足元に血だまりが形成されていく。

 私は、静かにやつを見下ろした。真っ二つに別れてもなおわかるほどの、怒りと恐怖で歪んだ顔があった。


 終わったんだ。とうとう終わったんだ。もう、この世でやるべきことはすべてなくなったんだ……。


 私は、みんなと合流するべく、厨房と元父親の遺体のもとを後にした。

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