第31話 超集中状態

「ぜぇ……ぜぇ……」


 くそ!! さっきの大きな揺れで態勢が崩れたところを刻まれてしまった。左腕がジンジンする。


 あのヨーヨー。確か刃珠はだまとか言ったか? 短剣や剣に比べて殺傷能力は低いが、その分機動力が半端ない。あれを受け続けるといつか肉がえぐれてしまう。


「ほれほれどうしたぁ。来ないのかぁ?」


 刃珠をブンブン振り回しながら嘲笑ってくる。青天井並みに僕のことを見下してきやがる。癪に触りまくりだあのやろう。


「どんどん次行くよぉぉぉ!!!」


 ヨーヨーが、縦横無尽に宙を舞ってくる。右に来たと思ったら左下に。足元に来たと思ったら右上に。予測不可能な攻撃が次々と僕を襲ってくる。僕の持つ短剣の機動力と防御力では防ぎきれない!!


「はぁ……はぁ……!!! あぁぁちっくしょぉぉぉ……」


 とうとう部屋の端っこの壁に到達しちまったよぉ。どうするよ。この状況をどうするよ。どう打開する? 考えろぉ……脳みそほじくってでも考えろぉぉ!!!


「いやぁそれにしても、お前のログマルクの腕輪、まさか国王家相手に売れるとは思わなかったよ。聞いて驚けぇ、50億ユーロで売れた。50億だ! そんな金、一体どこから出てきてんだろうなぁ?

 んでもってその金はどこから得てきてんだろうなぁ? 貴族の金か? 聖職者の金か? はたまた自分たちの貯金を削った金か? 考えるだけで頭が痛くなってこないか? なぁ!!」


 こ、こいつ、マジで言ってんのか? 国王家に僕の、母さんの唯一の形見を売っただぁぁ?! なぜ盗賊であるお前らが国王家なんかと繋がっているんだぁ? なぁ……どういうことだよ!!


「ひょっとしてお前ら……上流階級くにと繋がってんなぁぁぁ!!!」


「あぁそうだとも。奴らはなぁ、私たちが盗ってきたものやさらってきた女どもを高く買ってくれる、いぃぃぃいお得意様なのよぉ。おかげさんで懐が潤って仕方がない」


「おん前……非道なやり方だなぁ……そんなことをしたら、家族や友人たちが悲しむっていうのがわからないのかぁ!!!」


 この瞬間、彼女の顔がみるみると赤色で染まっていく。体も大きく揺れだす。


「ごちゃごちゃきれいごと言ってんじゃんねぇぇぇ!! そんなもんはただの妄想だ!! 幻想だ!! こちとら生きるためにこんなことしてんだよ!! 生きるために盗賊やってんだよ!!

 非道なやり方をされて悲しむのは弱者だけだ!! 何もできない落ちこぼれのすることだ!! 私は落ちこぼれなんかじゃない。なってたまるか!! 私は一生勝者であり続ける!! 誰にも邪魔なんかさせやしない!!!」


「お前に一体どんな凄惨な過去があろうともなぁ……こっちは盗られたもん取り返しにいくだけなんだよぉぉ!! 相手が大規模盗賊団だろうが国家だろうがなぁぁ!!!」


 脚に全体重を乗せて飛び掛かる。相手はヨーヨーを倒した8の字型に振り回してくる。刃が高速回転する音が、滝の音のように聞こえてくる。


 ガジャダァァァァァァンンン!!!!!!!


 短剣とヨーヨーが激しくぶつかり合う。側面を攻撃してヨーヨーを弾くと、そのまま顔目掛けて突撃していく。


「ッ!! シャラクソがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 空中で方向転換した刃珠が首を狙って襲い掛かってくる。だがしかし、僕にはそれが亀のように遅くなって見えた。さっきまで高速で移動していた刃珠が、今ではただの空で転がる玉ころに見えた。

 世界が恐ろしく遅かった。何もかもがゆったりとしている。これは一体何なのだろう。フェルンのように何かしらの能力が覚醒したのか? いや違う。これは、僕本来の集中力だ。僕がこれまでの人生で培ってきたものが実を結んだんだ!!


 この瞬間から僕は、この現象を超集中状態フルモードと呼ぶことにした。


「超集中状態!!!」


 奴の攻撃をかいくぐりながら進んでいく。一歩を確実に進めて近づいていく。ついには眼前にたどり着くことができた。


 その勢いのまま首目掛けて短剣を振り下ろす。


「くそくそくそぉ!!! やられてたまるかってんだごらぁぁぁ!!!!!」


「ガファラァァァ!!」


 こ、こいつ、反対の手で短剣を持って攻撃しやがった!

 痛ぇ、右脇腹がえぐられた! 血がドバドバ流れ出ていく!! だが気にしねぇ。こんなチャンスをぉぉ……逃すわけねぇだろぉぉがぁぁぁ!!!


 ギラリと光る凶器の刃が振り下ろされた。脇腹を攻撃されたせいで態勢が変わったが、刃は確かにやつの体を切り裂いた。


 奴はそのまま仰向けに倒れていった。胴体からは、僕以上の血が大量に放出されていく。

 足元に血だまりができるのに、5秒もいらなかった。


「ゲフォッ……はぁ……はぁ……お前は次期に死ぬだろう」


 僕は、右脇腹を止血しながら言った。彼女は、今にも消えそうな声で返してくる。


「言われ……なくても……わか……る……はぁ……はぁ……」


「……そうかい」


「最後に1つ……はぁ……はぁ……言っておく……私は……後悔だけは……していない……自由に生きられ……た……から……な……」


 そこから言葉が続く機会は、永遠に訪れることはなかった。あるのはただ、ユラユラと燃え続ける松明の明かりだけであった。

 心が痛まなかったと言えば嘘になる。あっちにはあっちの、こっちにはこっちの価値観や正義感があった。生き方の教科書があった。互いに、絶対に譲れない何かがあった。


 立ち止まることは……許されなかった。


 僕は、上着の布を使って患部をグルグルと包帯のように巻いていく。


「早く……ニゥイルさんのところに加勢に行かなくちゃ……」


 倒れそうになる体を、なんとか踏ん張ってこらえると、僕はもと来た部屋を戻っていった。

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