第29話 因縁

「はぁ……はぁ……」


 どこまで来た? だいぶ走ってきたぞ。一体いつになったら最下層にたどり着くんだ? 上に昇ったり下に降りたり、右に行ったり左に行ったり。

 終わりがないように思えてくるが、最下層に近づいてきているのは、なぜか感覚でわかる。理由は特にないし、わからない。でもわかる。


 分岐した道を右に進んでいくと、1つの大きな部屋に出た。その部屋には見渡す限りの宝石や骨董品らしきものがあり、道は続いていなかった。


「しまった、行き止まりだ!! 引き返すぞ!!」


「う、うん……いや、ちょっと待って!! あそこに水晶玉がある!!」


「なに!!」


 部屋をくまなく見渡すと、一番奥の棚に巨大な水晶玉がドスンと置かれてあった。

 確かにあった。あそこにあった。今すぐにでも取りに行きたいが、現時点では無理だ。もうすでにアジト中に敵が配置されているだろう。その中を両手が塞がった状態で行くのは危険すぎる。


「確かにあるな。でも、後にしよう。今、両手が塞がると命に関わる」


「……そうだね。君の言う通りだ。今は、安全を確保することを優先しよう」


 部屋を後にし、分岐点まで戻ろうとした時だった。


「誰だね。我輩のコレクションを盗ろうとする不届き者は」


「「「!!!」」」


 入り口に、小太りで灰色の髪をした男が立っていた。腰にはレイピアをぶら下げ、腕を組み、壁に寄りかかりながらこちらを見ている。

 男は、腕を組みながら歩いてきた。クネクネしていて気持ち悪い。小太りの癖に。


「誰だてめぇ」


「我輩の名はコジュレブ。メルネイ盗賊団の幹部であり、紳士でもあぁぁぁるぅぅぅ!!!」


 そう言うと、あいつはレイピアを抜いて突撃してきた。

 一直線だった。曲がったりぶれたりせずに、真っすぐに直進してきた。コレクションがあるから下手に動けないんだろう。そこが狙い目だ!!


 空飛ぶレイピアが行きつく先は、フェルンの短剣だった。


 ガキィィィィィンン!!!!


 金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。同時に、フェルンの声が僕達の耳に響き渡る。


「みんな、先に行って!! ここは私が戦う!!!」


 フェルンの顔は、マジガチの本気だった。ここは任せてもいいという、確信を持てる目をしていた。


「わかった!! ここは任せた!!」


「フェルン、よろしく頼みますね!」


 僕とニゥイルさんは、最下層に向かって先を急いだ。



 フェルンとコレクション部屋で別れた後、僕達は更に先へと進んでいた。じめじめとした雰囲気の中を、風のように駆け抜けると、そこにはこじんまりと部屋が広がっていた。

 中には絵画が大量にあり、そのすべてが気持ち悪く、最悪の雰囲気だった。


 絵画が無数に散らばる部屋の中、その中央に女性が1人、腰に手を当てて立っていた。髪は亜麻色で、目は石竹色だ。


 先に続く道が一本しかないことから推測するに、ここが最下層前の最後の部屋なのだろう。あとはこいつを突破するだけ!!

 だがしかし、こいつはなかなかの手練れだ。歩き方、呼吸の仕方。どれもが一級品でブレがない。


「ん? お前は確か……ザバガレレレレレレレレェェェ!!! あぁそういうことだったかぁ」


 女は、僕達を見るなり突然不気味に笑い出した。本当に気持ちが悪い笑い方だった。

 すると女は、ゆっくりと右手でニゥイルさんを指差す。


「報告にあったスリキルキャッシュって……お前のことだったのかぁ。ニゥイル」


 え? 一体どういうことだ? スリキルキャッシュって、革命軍の協力者の。それがニゥイルさんだったっていうのか? というか、なぜそんなことをこいつが知っているんだ?


「たいそう驚いた顔してるねぇ。私、そういう顔好きだよ」


「一体……その情報をどこで手に入れたの。それに、なぜ私の名前を知っているの?!」


 ニゥイルさんは、怒涛の勢いで質問を投げた。その顔は、必死そのものだった。これを見た僕は、細かい質問は全てが終わってからにしよう。と、思った。


「情報の出どころは教えるわけないだろぉう? まぁでも、後者の質問に関しては答えてやろう」


 次の奴の言葉で、ニゥイルさんの体が、完全に固まった。


「15年前。私は、お前と一緒に、ブタ箱にぶち込まれていた。さんざんかわいがってやったよなぁ? なぁ? ニゥゥゥイィィルゥゥちゃぁぁぁんんん」


「ま、まさか……あなたは……ネイ・ラ・ラビンス!!!」


「せいかぁぁい」


 ニゥイルは、見るからに震えていた。一体こいつとは何の関係があるのだろうか。少なくとも、いい間柄ではないだろう。

 ニゥイルさんは、剣をネイ・ラ・ラビンス方向に構える。


「カルターナさん。先に行ってください。ここは、私がやります」


「だ、大丈夫なんですか……? その、震えとか」


「えぇ、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました。さぁ、早く行ってください!!」


「わ、わかりました。そいつは頼みます!!」


 僕は、奥に向かって全速力で走り出す。


「させないよ!!」


 奴の刃が僕目掛けて襲ってきた。そこにニゥイルさんが割って入る。今日一の金属がぶつかり合う音だった。


「邪魔すんじゃねぇ!! またかわいがられたいのか!!!」


「それは無理なご相談です。私はこの戦いで、過去との決着をつけます!!!」



 呼吸が荒い。足に疲れが出始めた。汗は体中に根を張り、唇を伝って口の中にしょっぱさを提供してくる。

 視界には、まばゆいばかりの光が差し込んできた。僕はその光に導かれるように進んでいく。

 やがて、石ころ程度だった僕の視界はどんどんと広がっていき、ついには無制限に広がる海となって僕を歓迎してくれた。


 水平線の向こう側には、右足を組んで豪華な椅子に座る女性がいた。


「ネズミも、とうとう私の海に入り込んできたか……」


「あんたが盗賊団の頭か?」


「その通りだ。ネズミよ。私の名はメルネイ。お前を食らう猫だ」


「僕の名はカルターナ・プラルト。猫に逆襲せんとするネズミの一派だ!!」

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