メルネイ盗賊団編

第25話 止まらぬ怒り

 1789年10月8日。監獄襲撃作戦が終了してから早3か月が経とうとしていた。街は以前よりも活気が増しており、産業は多少なりとも活発になりつつあった。

 理由は、貴族や聖職者が外をうろつく機会が減ったからだと思う。ハイブト監獄の件があったからだろう。良いことだ。


 革命軍は、揺らいだ地盤を整えるのに力を注いでいた。現在は、人員の確保や、資金の確保。物資の調達などを主にしている。


 僕はというと、ひたすらに傷を治すことに専念していた。

 複雑骨折をし、骨が肉を突き抜けかけていた状態だったため、完治するのに5か月はかかるだろうと医師の人に言われた。

 下手に動かすと、二度と治らないよ! と、脅し気味に言われた後、しばらくの間、僕は主にベットの上で生活していた。


 ヴィームは、あばらが何本か折れていたので、僕と同じくベット生活になった。でも、9月には完治し、元の生活に戻っている。


 フェルンは、出血がひどかったところ以外は特に目立った傷はなく、輸血を施すとすぐに元気になった。


 副団長は、8時間にもおよぶ手術の末、なんとか一命はとりとめた。今はベッドの上で事務処理をしている。


 団長は、3日前に起こった事件の主導者として、市民をバレント宮殿まで導いていた。


 3日前の事件とは、パンの止まらぬ値上げに激怒した市民達が、国王一家が住んでいるバレント宮殿まで押し寄せていったことだ。

 きっかけは事件の3日前の10月2日。この日、宮殿では宴会が行われ、食料がふんだんに出されたそうだ。凶作によってただでさえ食料が不足しているのにだ!


 それに加え、僕達市民の象徴である、ヒエンソウとオオカミが描かれた旗を踏みにじり、王妃の色である黒のリボンを付けていたという。


 これに激怒した皆が、片道約5時間の道を超え、武器を持ってバレント宮殿に押し寄せていった。


 行進に参加した同志に後から聞いたのだが、宮殿に着いた時、国王は狩猟に出かけていたという。

 そのせいで4時間以上待つことになり、場の空気は激昂していたという。


 後、市民の中から代表者15名が謁見することに成功し、宮殿の食糧庫を解放することが許可された。

 だがしかし、それだけで納得するはずもなく、王宮を取り囲んでいた市民は更に殺気立つことになる。

 この直後に軍隊が到着し、国王一家の守備に就いたことで、一時的に事態は収束した。


 しかし、翌日の朝方、武装した市民が王宮に攻め込み、暴徒化した彼らは、宮殿を略奪することに成功する。


 バルコニーにいる国王と王妃に対して、


「国王よ、カルガラに帰れ!!!」


 と、永遠に連呼し続けた。


 結果、国王一家は、その日の午後にカルガラに向かって出発したという。


 以降、国王がカルガラに移住したことに伴い、国王一家は、市民の監視下におかれることとなり、自由に外に出ることができなくなった。


 団長は、この事件を機に、もともとあった市民からの支持をより強固なものとし、一般市民の英雄的存在にへと昇華していった。


 僕は感動し、しばらくの間動くことができなかった。




 10月8日の午後過ぎ頃、僕とヴィームは教会に足を運んでいた。右手が1日でも早く治るのと、ブレスレットが見つかるのを祈りに来たのだ。


 僕は、本棚にあった「ネゾント様の人生」という本を手にっとってから、木の長椅子に座った。

 この本は、僕は何度も読んだことがある。もちろん内容もだいたい覚えている。

 でも、なぜかはわからないが、何度も読んでしまう。特に最後の部分。ネゾントが、反ネゾント教のものに槍で突き刺されて殺されるところだ。


 ここだけは本当に何度も読み込んでしまう。他のところは別にどうでもいいのに、ここだけだ。

 読んでいるときは、英雄談を読んでいる気分になって血が騒ぐ。心が躍るんだ。


 ネゾントを殺した者の名はログマルク。反ネゾント教のトップの人だったと、ここには書かれてある。

 ネゾントを殺したログマルクは、当然のことではあるがネゾント教にとって、悪の象徴的存在として扱われている。


 祈りを終わらせ、ヴィームとともに外に出ると、突然向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。


「ひ、ひったくりよぉぉぉ!!!」


 よさげな服を着ている女性は、絶叫しながら逃げる男を指差す。男は、汚い顔で走っている。


「ゲフラゲフラゲフラァァ! これで俺も昇格だぁぁぁ!!」


 男は、こっちに向かって走ってくる。


 あいつ、鞄に夢中で前が見えてないな。


 僕は、男が前を通り過ぎるタイミングで左足をひっかける。すると男は、見事で、完璧で、とても美しく前方にこけた。万歳のポーズをしながら転ぶその姿はまさにお手本。


 男は鼻を押さえながら立ち上がると、刃物を取り出し、こちらに向けてきた。


「ななななにすんだてめぇぇぇ!!!」


「おっとすまない。つい足が滑ってしまった」


 ヴィームがおちゃらけて言うと、相手の顔がみるみると赤くなっていく。


「謝ったら許されると思ったら大間違いだぞ!! 俺はこの仕事にぃ、人生かけてんだよぉ!!!」


 相手は、より一層声を荒上げ、刃物をヴィームの首すれすれまで近づけていく。その瞬間、周りから奇声が上がっていく。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「い、いいかぁ……これは脅しじゃねぇ。殺ろうと思えばいつだって殺れるだかんなぁぁ!! 早く鞄返しやがれぇぇ!!!」


 うるさい。普通の人なら立派な脅しとなって恐怖するのだろう。だが、相手が悪かったな。

 一度死ぬような経験をした僕達にとって、こんなものは脅しにはならない。


「おぉそうかいそうかい。ほれ、鞄だ」


 ヴィームはそう言うと、男に向かって鞄を投げる。


「よーしよし。それでいい。ゲフラゲフラァァ。これで俺もようやく……ブヘラボォォォォォ!!!」


 奴の意識が鞄に向いた瞬間、僕とヴィームは奴の腹にけりをお見舞いしてやる。あいつは、向かいの店まで吹き飛んでいく。

 鞄は空中を前回転しながら滞空した後、ヴィームの手元に戻る。そしてそのまま女性の元へと向かう。


「どうぞ、鞄です」


「あ、ありがとうございます!!」


 女性は、ペコっと頭を下げた後、慌ただしくどこかへと向かっていった。


 女性が去っていくのを見守っていると、ふと口から言葉が漏れていた。


「盗賊団……か」

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