第9話 革命軍からの勧誘
1789年6月30日の朝。僕とヴィームは、迷奇森林に来ていた。丸太の上に座り、森の中でいつものように雑談をしている。
「なあヴィーム。そのアザやら包帯やらはどうしたんだよ」
僕は、体中アザと包帯まみれになっているヴィームを指さしながら言った。見ているこっちまでも痛くなってきそうだ。ヴィームは頭を掻きながら答える。
「これはな、昨日サラモニュークの輩どもにタコ殴りにあって、ボロボロになっちまったんだ。この包帯はシスターが巻いてくれたんだ」
なるほどぅ。あのクズ貴族にやられたのか。それはお気の毒に。
「そういうお前もどうしたよ。その体臭」
「あぁこれはな、昨日アルカファルスの部下にゴミたまり場まで吹き飛ばされてしまったんだ。帰ってからずっと洗濯したんだが、全然匂いが取れないんだよ」
「お、おぅ。それはドンマイだぁ」
どうやらお互い大変だったらしい。なんて世知辛い世の中なのだろうか。このように雑談をしていると、向こうの茂みから誰かが近づいてきた。
僕達はとっさに構える。ガサガサと草をかき分ける音がどんどん近づいてくる。すると、茂みの奥から女性が出てきた。
「なっ……」
髪色は黄色。目は水色で、腰に茶色いウエストポーチと頭に三角帽子をつけている。
なんというか、ぱっと見綺麗だと思った。すらっとした足だし、目はでかいし……そんなことよりも重要なのは、なぜここにいるか、だ。
「誰だてめぇ」
ヴィームは体を前に出し、威嚇気味に問う。もっとも、声だけだが。
「私の名はミューマ。革命軍のものです。今日は君たちをスカウトしに来ました」
突然ミューマとやらはそう言うと、とんでもないことを言ってきた。革命軍と言えば、僕達の間では知らぬものなしの反王国軍だ。革命のため、日々準備を進めているらしい。一方で王国側は、下民のあがきだとか言って特に気に留めていないらしい。いやしかし、
「あなた。何で僕達の名を知っているんですか?」
「それは、言えません。ただ、革命軍に入ってくれるのなら話します」
こいつ、意地でも僕達を革命軍に入団させる気だ。
「というかあんた、本当に革命軍なのか?」
「えぇ本当ですよ」
「ならさ。証拠見せてくれよ。革命軍である証拠を」
「証拠ですか……それならば、こんなのはどうでしょう」
そう言ってミューマはヒエンソウとオオカミが描かれた布をカバンから取り出した。
「これでどうですか?」
「「こ、これは……」
これは、本物の革命軍団員の証だ。自由を表すヒエンソウとオオカミが掛け合わされた柄は、秘伝の技術だからな。
「わかりました。あなたが革命軍の者だということは信じましょう。ただ、なぜ今まであったことがない、赤の他人である僕達を革命軍に勧誘しに来たのですか?」
「それも、革命軍に入ってくれるのなら話します」
ん~困った。別に革命軍に入ること自体はいいと思っている。僕も最近、革命を起こしたいと思っていた頃だし。でも……。
考え込んでいると、ミュームがゆっくりと話し始めた。
「なにも返事を今すぐにとは言いません。一日待ちます。もし革命軍に入ってくれるのなら、またこの場所に来てください。それではまた……」
そう言ってミューマは後ろを振り返ると、元来た道を帰っていった。僕達はそれを黙って見守った後、同じく元来た道を帰っていった。ただ静かに、黙って。
夕方、僕は迷奇森林の南にあるパルソン川という場所に来ていた。
「相変わらず汚ねぇなぁ……」
地面に腰をおろし、川を見ながら僕はそう呟いた。
この国には、排泄物を道端に捨てるという習慣がある。そのせいでいつも道は排泄物まみれだ。その排泄物が雨の水などによってパルソン川に流れてくる。だからいつもこの川は排泄物で汚れている。
常時、僕は汚れきったパルソン川をペイダス王国の縮図だと考えている。
「さてと。どうしたもんかねぇ」
朝の件。入団する気持ちはもちろんある。世の中を変えたいという気持ちももちろんある。だけど、怖いという気持ちもある。自分の将来を案ずる気持ちもある。さっきから矛盾した気持ちが、かき混ぜたスープのように僕の中を渦巻いている。
母を病気で亡くしてから僕は、今の社会に、少しづつだが不満を覚えるようになっていった。ちゃんと医療体制が成っていたら救えた命なんじゃんないのか。上流階級どもが国庫を搾取しなければ、もっと国はよくなるんじゃんないのか。常に頭の中に疑問が浮かぶ。
僕の勝手な憶測だが、おそらくヴィームも今僕と同じ気持ちだと思う。あいつは昔、貴族が乗った馬に父親を轢き殺されているからだ。
どうする? どうなる? どんなことが起こる? どうなっていく? どうしていく? どのように進む? どのように、どのように……。
腹と足の間に頭を突っ込んでいた時だ。ふと昔、母に言われた言葉を思い出した。
”周りがなんと言おうとも。自分の意思を信じ、貫け。意思とは、自分自身を信頼した時初めて形となる”
母が死ぬ直前に僕に言った言葉だ。あの時の母は、誰の目で見てもわかるほどに衰弱しきっていた。頬骨は見え、発する声は驚くほどに小さかった。だけど、その言葉は、その場にいた誰よりも強く、逞しく、そして勇ましかった。
そうだ。信じなきゃ。自分自身を信じなきゃ! 意思を持たなければ! やってやる。この国を、病気で亡くなる人がいない国にしてやる!
僕は、すぐさま立ち上がると、家へと続く道を走っていった。
翌日。迷奇森林にて。
「……二人とも、革命軍に入るということでいいですか?」
「「ああ」」
僕達は力強く首を縦に振った。覚悟は決まった。この腐った国を変えるための覚悟が。もう戻らない。僕は戦う。
ミューマはゆっくりと首を縦に振った。
「わかりました。あなたたちの覚悟は本物のようですね。それでは参りましょう。我が軍の本拠地、革命軍本部へ」
「「はい!」」
こうして僕達は、明日をつくるため、一歩を踏み出したのだった。
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