第7話 腐った者達

 あれから二日後。僕達は、フェルンさんの様子を見に、黄金の鏡に来ていた。

 この二日間でフェルンさんは、目覚ましい回復力を見せた。結果、高熱も平熱まで落ち着き、今では動き回れる程にまで回復していた。


「カルターナさん、ヴィームさん。この度は本当にありがとうございました」


 温水を飲んでゆったりとしていると、ニゥイルさんが深々と頭を下げてきた。


「お二人とも、本当にありがとうございました」


 ニゥイルさんに続いてフェルンさんも深々と頭を下げる。二人とも動作一つ一つが美しい。お辞儀はきちっとした直角で、手の位置はしっかりと太もも付近にある。しかも手の角度はハの字ときた。これほどまでに美しいお辞儀を、僕は見たことがない。それほどだ。


 二人の言葉に、僕は両手と頭を振って答える。


「いえいえ。大丈夫ですよ。なぁヴィーム」


「あぁ。無事に治ってよかったよ」


 それを聞いた二人は、頭をゆっくりと上に上げる。僕はそこで更に驚愕した。なんと立ち姿までもが美しいのだ。手の角度はハの字、位置はお腹付近。背筋はピンッと伸びており、まさに非の打ち所が無い、完璧な立ち姿だ。


 僕達がそう言った後、フェルンさんが弾んだ声で話し始めた。


「それはそうと、あなた達。ニゥイルに聞いた話じゃ、私と同じ十六歳らしいじゃない」


「そ、そうだけど」


 急に言葉が砕けたな。まあいいけど。


「そこで、よ。せっかく同い年なのに敬語はなんか嫌だから、普通に話しましょ?」


「え?」


 あまりにも唐突だったので思わず声を漏らしてしまった。つまりは友達になろうということか……まあでもいっか。せっかくの縁だし。


「そうだね。僕はいいよ。ヴィームは?」


「もちろんオーケーさ」


「本当!? それじゃ今度からよろしくね。カルターナ、ヴィーム」


「こちらこそよろしく、フェルン」


「よろしくな、フェルン」


 僕達はフェルンと、僕→ヴィームの順に握手をした。同年代の女性と握手するのは始めてだったから少し緊張してしまった。思わず手を強く握ってしまったのだ。が、フェルンの笑顔派崩れなかった。

 握手をした後、フェルンが手を叩いた。部屋中に音が響き渡る。


「んじゃ、早速二人を占おうかねぇ」


「あ、そういえばそうだったなぁ。忘れてた」


「そゆことぉん。それじゃ始めましょうか」


「え、今から? 準備とかは大丈夫なの?」


「えぇ大丈夫よ。だって……」


 するとフェルンは、後ろにあった大きな布を勢いよく取り除いた。するとそこには


「もう準備してあるから!」


 サッカーボールほどの大きさの水晶玉が用意されていた。見た感じ、二日前に使われていたものと同じもののようだ。差し込んできた太陽の光で、青い水晶玉がより一層青くなる。


「はぇぇ……」


「じゃ、やりましょうかね。二人とも、そこにある椅子に座ってね」


「わ、わかった」


 僕とヴィームは、フェルンに促されるがままに椅子に座る。フェルンは両手を水晶玉の前にセットする。


「……それでは始めます」


「「!!」」


 フェルンが水晶玉に触れた瞬間、場の空気が一変した。まるで夢幻の中に連れ込まれたような気分だ。

 フェルンの手から黄金の光のようなものが出たような気がした。一瞬、不思議には思ったが、演出だろうと思って特には気にしないことにした。


「……見えました。まず最初に、ヴィームの結果は……」


 ヴィームの緊張が、肌を伝って伝わってくる……


「あなたは将来、武功を上げて大出世する……と、出ました」


「そ、そそそ、それは本当か!」


 ヴィームは、先程とは打って変わってえらく興奮している。それはもう勢いよく立ち上がるほどに。


「本当ですよ……お次はカルターナですね」


「は、はい……」


 僕は思わず固唾を呑みこんだ。一体どんなことを言われるのだろうか。


「あなたは……将来、この国を変える人物となる……と、出ました」


「!!」


 なんだって! そ、それは本当なのだろうか……。もし本当だとしたら、めちゃくちゃに嬉しい。


 その時の僕の目は、焦点が合わず、何も捉えることができなかった。


「以上ですね。いやぁ〜近年稀に見る珍しい結果だったよぉ」


 フェルンが水晶玉から手を離すと、元の雰囲気に戻った。おそらくフェルンは、仕事モードに入ると、大人びる。切り替えの早いやつだ。

 結果を聞かされた後、僕達はお礼を言った。


「今日はありがとうな、フェルン」


「いやいやいや。こちらこそだよぉ」


「んじゃ、占いも終わったことだし、帰るかねぇカルターナ」


「あぁ、そうだな」


 ちょうど日が傾いてきた頃だし。そろそろ山に晩御飯を取りに行かないといけないしな。

 僕とヴィームは椅子から立ち上がると、出口の方へと向かった。

 扉に手をかけた時、再びニゥイルさんが話しかけてきた。


「お二人とも。この度は、本当に本当に本当にありがとうございました」


 ニゥイルさんが、深々と頭を下げてきた。

 僕達は、またもや頭を深々と下げてきたニゥイルさんに対して、少々慌ててしまった。


「いえいえ。大丈夫ですよ。またここに来てもいいですか?」


「ええ。もちろんですとも」


 再び頭を上げた時のニゥイルさんの顔は、真夏の晴れた太陽のようにハレバレとした笑顔だった。

 それを見た後、僕は扉を開けた。


「それではまた……」


 そして僕達は、扉の先へと踏み出していった。




 店を出た僕達は、お互いに進む方向がどっちなのかを確認しあっていた。


「じゃぁヴィーム。僕こっちだから」


「あぁ俺はあっちだから」


 僕は、店を出てから右方向に。ヴィームは、店を出てから左方向に指差した。


「決まったな、進路」


「あぁ。なぁカルターナ。明日またいつもの森で会えるか?」


 いつもの森。そこは街の外れにある森のことであり、正式名称は迷奇森林めいきしんりん。僕とヴィームが始めて出会った場所でもある。


「あぁ、行けるよ。いつもの時間?」


「そうなるな。じゃぁまた明日」


「また明日」


 こうして僕達は、真逆の方向に歩いていった。



「ちゃんちゃんちゃんらら〜ん〜らんらら〜ん」


 ヴィームと別れた後、僕は山に通ずる道を歩いていた。ちなみに今歌っている曲の名はハナ·ウッタ。即興で作った曲である。


「ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ〜ん」


 今日のご飯は何にしようかなぁ。今日はシュリールが仕事で家にいないからなぁ。お金は占いで全部使ったし。どぉしよ。

 歌を歌いながら今日の晩御飯を考えていると、目の前から華やかな装飾をした人が八人やってきた。


「ちょっとぉなんですの? 今の歌は。まるでおならの音のようですわ」


 八人の中でもひときわ装飾が凄い人が言ってきた。

 この人、今喧嘩売ってきたな? 一体どこのどいつが僕に喧嘩を売って……。

 僕は言葉を失い、思わず口が開きっぱなしになった。喧嘩を売ってきた相手は……


 聖職者だった。


「なんですの? この小童は。薄汚いですわ」


 聖職者のトレードマークである、ネゾントが描かれたイヤリングがあるから間違いない。

 聖職者とは、国王一家を除いた上流階級のトップに君臨する。権力者だ。信徒の教育やら行事の執行やらしないといけないのに、ほとんどしない。あまつさえ、権力を乱用して好き勝手している。とんでもない輩たちだ。


「おい、そこの小童! アルカファルス様のお通りだ! 控えろ!」


 部下の内の一人が、顔を真っ赤にしながらそう叫んできた。


「は、はい……」


 僕は大人しく返事をする。


 ……ここは我慢だ。へたになにかすると命が危ない。ましてや今目の前にいる人は、聖職者一権力を持つアルカファルス・パカディーラだ。ここは穏便に、穏便に……。

 僕が、体を丸めながら道の端に移動しようとした時だった。


「!! こ、この小童、い、今……今、この私を睨みましたわぁ! この! 私を!!」


 な、なにを言っているんだ! 僕は睨んでなんかないぞ! ただ一瞬、アルカファルスの目を見たけど……ただそれだけだ! それだけなのになぜそんなことを言われなければならないんだ!

 すると先ほどの部下が顔をさらに真っ赤っかにしてきた。


「!! なんですって! こんの小童ぁぁ!!」


 あんの部下! あいつの言葉を鵜呑みにして僕の方に向かって来やがった!


 炎よりも赤い顔をしてやってきた部下は、僕の前に立つと、こう言った。


「おいお前! よくもアルカファルス様を睨んでくれたなぁ。そんなお前には粛清だ!」


 こ、こいつ! 何を血迷って!!


 そう思った次の瞬間、こいつは僕の腹に回し蹴りをしてきた。とんでもなく重かった。まるで象の足で踏みつぶされたような感覚だ。


「ゴフゥゥゥゥゥ!!!」


 僕は、とてつもない圧迫感を感じた状態のまま、近くにあった悪臭立ち込める生ゴミの溜まり場まで吹っ飛ばされた。


「ギャラリララララ!! いい! 実にいい光景だわぁぁ!! やはり下民はこうでなくては!!」


 なんて日なんだ今日は。突然であった聖職者に罵倒されるわ部下には吹き飛ばされるわぁ。散々だ! くそったれぇ!


 顔が真っ赤っ赤の部下がまた近づいてきた。


「なぁにゴミのソファーの上でくつろいでいるんだ? まだ粛清は終わっていないぞ!!」


「今度はなにを……ゴフゥ!!」


 ま、また同じところを蹴ってきやがった。しかも、さっきよりも重い!


 僕はただひたすらに蹴られ続けた。赤い顔をした部下が、アルカファルスの元へ帰っていくまで、なにも出来なかった……


「なにも……出来なかった……」


 仰向けになって倒れていた僕は、どこまでも続く空を見続けた。空は本当によく晴れていた。雲なんて一つもない。


「……あいつ……大丈夫かなぁ……」


 僕は、静かにそう呟いた。

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