エピローグ

 ◆


 翌日。

 町は昨日以上に活気を取り戻した。人々は暴君の死に、大いに喜んだ。

 いつものようにエマは町の入口に座り込み、誰かが来るのを待った。そして物思いに耽る。

 エマの復讐は思わぬ形で実った。囚われるほど憎しみを抱いていたわけではない。だが、肉親を殺した者がいないという事実だけで、世界を隔ていた透明な壁が剥がれ落ちた気がした。

 瞳を開けることなく、風に身を任せる。シャツやスカートの裾がなびく様を愛した。しばらく風に抱かれていると、マリーが声を掛けた。


「エマ、あの人は行ってしまうよ」


 エマは黙って頷く。マリーはそのままエマの横に座り、雑談することもなく、ただ無言でエマと同じように風に身を任す。

 やがて町の中から馬が近づく音が聞こえた。


「よう、お二人さん」


 マッパであった。


「こんなところにいたのか」

「おじさん。行っちゃうの?」とエマ。「ずっとここにいてもいいのに」


「残念だが、俺は流浪の旅人。また次の町に行くまでだ」


 マッパは「そらよ」とマリーに向かって大きく膨らんだ布袋を投げ渡す。マリーは受け取った袋の口の紐を解き、中を覗いた。途端に驚愕の顔を浮かべ、「あ、あぁ……」と声を漏れる。そこに、カッツファミリーの賞金と町の住人からの謝礼がギッシリと詰まっていたからだ。


「あ、あんたっ! こんな大金を……!」。

「あいにく、俺は正義とハジキしか身につけない男。こんな大金、俺のポケットには入りきらないんでね」


 不敵な笑みとウインクを浮かべ、二人に向けて指鉄砲を向けるマッパ。


「これだけの金があれば、あんたの目を治せるよ!」


 途端に、堰を切ったようにエマはマリーに縋るようにワンワンと泣き始める。何度もありがとう、と呟く。この人は救世主に違いない。こんな奇跡はない、とエマは何度も思った。

 だが、マッパの次の言葉はエマを深く失望させる。


「じゃあ、お二人さん達者でな」

「おじさんっ! 私も連れて行って!」


 マリーの手を解き、マッパに向かってありったけの声で叫び続ける。エマは空に手を伸ばし、マッパを引き留めようとした。


「なんでもするからっ! 馬の世話だってするっ! 銃の撃ち方だって教わるっ! 人殺しだってやるからっ!」

「おいおい。子どもが物騒なこと言っちゃあいけねぇよ」


 エマは涙でくしゃくしゃな顔だった。スカートを両手で力強く握りしめながら叫ぶ。


「私はもう十六だもの! もう立派な女よ! 女なら、男だって知ってもいいわっ!」

「なーに、男と女が出会えば別れるだけ。大した悲劇じゃねえよ」


 馬の手綱が引かれ、高らかな馬の が汽笛のように響く。

 パカラ、パカラと蹄の音だけが二人から離れていく。


「マッパおじさんっ!」

「そんなにしょっぱい顔すんじゃねえよ。あばよ、達者でな!」


 おぼつかない足取りで駆け出そうとしたエマだったが、すぐに体勢が崩れる。地面にぶつかる前に抱き止めたのは、マリーであった。

 エマの頬に自分のではない涙が触れた時、そこでマリーも同じように泣いていることに気づいた。エマを強く抱き寄せながらマリーはいう。


「エマ、お聞き。まずはアンタの目を治そう。そうしたら、あの人をすぐに見つけられるよ」


 エマも強く抱き返した。そして、マリーの肩越しで去っていくであろうマッパを見るべく、両目を開いた。

 それは奇跡と呼ぶべきか、偶然の産物と呼ぶべきか。

 馬に跨り、正義と銃だけ身につけた一糸纏わぬ男が、夕陽に向かって去っていく姿。そして、聞き覚えのある口笛が届いてくる。

 ロッコーオロシ。


 しばらくのあいだ、口笛が鳴り止むことはなかった。

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Once Upon a Time in Osaka -天王寺のガンマン- 兎ワンコ @usag_oneko

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