第24話 夢の終わり
「デカいな……!」
「ごめん計人、私が幻覚を見たばっかりに……!」
「気にすることじゃないさ」
二人がいるのは『幽霊団地』のすぐ外、中庭の一角だった。
そして目の前には
「驚いているな」
月明かりを浴びその身を怪しく光らせる巨大な大蛇。
鎌首を上げると10階立てのビルほどの高さにもなる九つの首を持つ、巨大な大蛇であった。背中には百門近い鈍色の砲塔を備えていた。
「ダサいがなかなかイカスだろう。名を『百生百門九頭竜大蛇』という。小学生時代に俺が妄想した最強の怪物さ。文字通り百の命を持ち百回生き返り、あの背中の砲塔も飾りじゃないぞ。バカバカしい話だが俺の『
崔原の最強のイメージ。これこそが彼の真の奥義だろう。
現れた物の巨大さで『幽霊団地』は殆ど瓦解していた。
そんな大蛇を背後に控えさせ、地上に降り立った崔原は自慢げに説明していた。
「……日比野君」
計人が肩で息をしていると背後にメイがやってきていた。
「メイ、いたのね!?」
「不測の事態が起きたら手伝ってもらおうと思って待機してもらっていたんだ!」
言いながら計人は高鳴る鼓動を押さえつけた。
本来なら計人は一対一で望むはずだった。
メイにこの真実を伝える気はなかった。
そんな想定外な事態はあるが、都合のいい点も多々あった。
例えば、激高したことですでに崔原が奥義を使用している点である。
だから計人は意を決した。
決着の時である。
計人は静かに深く息を吐いた。
「ふん、さして驚いていないようだな日比野。何が手があるってのか。この大蛇に」
対する計人は頬を釣り上げながら言った。
「……当たり前だろう」
「はぁ?」
計人の返事に崔原はその余裕の笑みを曇らせ、
対する計人は酷薄な笑みを張り付け言った。
「――なんせオレは『黒の亡霊』なんだからな」
「えーー?」
メイのつぶらな瞳が見開かれた。
一方で崔原は未だにそれを信じ込んでいなかった。
「お前何をいって」
「ホラ」
計人は無造作に懐にしまっていたオレンジ色の柄のナイフを投げ捨てた。
オレンジ色の柄のナイフ、それは『黒の亡霊』の特徴だった。
「ホラ、これも見ろよ」
計人は持っていた生徒手帳を崔原に見せつける。
生徒手帳の裏にはその生徒の都市序列が記載されている。
「10位、だと――!?」
「うそ――」
計人が繰り出す証拠の数々に、崔原の目は驚愕に彩られ、メイの瞳は希望に輝いていく。
計人を『黒の亡霊』だと証明することなど簡単だ。
『虚飾悪霊』と違い、ただ真実を見せればいいのだから。
「いい加減、分かったか。オレが『黒の亡霊』だ。ならばお前程度の敵は今まで何度も相手にしてきた。その程度のもので動揺する、そんな訳がないだろう」
「そんな馬鹿な――!」
『黒の亡霊』の快進撃は当然、崔原は聞き及んでいる。
その伝説的偉業が脳裏をかすめ崔原は泡を食った。
そして止めとばかりに告げる。一気に攻め込む。
「で、最近、オレの記事が週刊アビリティに載っていた! その能力はご存知だよなぁ!?」
「クッ!」
いよいよ崔原は目を剥いた。
ついこの間のあの誤報騒動。あそこには――
「『『黒の亡霊』は『異常』を『励起』して到達する『上位駆動』。そのさらに先、『異常』を『臨界』させることで到達する『超過駆動』を使える』って記事だったよなぁ!?」
計人は叫ぶ。それこそが計人が週刊アビリティに仕掛けた細工だった。
「そしてその能力は!!」
巧く行った。崔原の顔が驚愕で満たされる。
「いかなる能力も『無効化』する『夢の終わり』!!」
そのような記事が出てきたが故、世間は大パニックになったのだ。
「百回生き返るって!? なら能力が『無効化されても』生き返るか試してみろよ!」
――『上位駆動』の更に先、『超過駆動』の存在まで言及されたのだから。
「行くぞ崔原! 『超過駆動』発動! 『夢の終わり』!!」
宣言により計人の右手に蛍の光のような神秘的な光が宿った。
そしてその光る右手を宿し計人は一気に駆けだした。
一撃でこの大蛇を葬るために。
その右手はほのかな光は触れてもいないのに周囲の地面をめくり進んでいく。
計人の背後に壊滅的な軌跡が残る。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
たまらず崔原が大蛇で応戦した。
そして大蛇と仄かに光る計人の拳が接触した時だ、
計人の『隠蔽』が大蛇を襲った。
計人が指定した物体を周囲の人間に見えなくする異能『隠蔽』
それがわずかに大蛇の肉体を『隠蔽』した。
「――――!?!?」
そしてそれは――
大蛇の肉体を消し去ったようにしか『見えない』
計人の言う通り『能力の無効化』が発動したようにしか『見えない』。
大蛇の肉体が僅かに消えたのを目の当たりにした、崔原は思い込んだ。
『本当に計人が『夢の終わり』を有していると』
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
それにより『夢の終わり』いかなる能力も無効化する能力が完成する。
次の瞬間、ガラスが割れる轟音とともに大蛇は一瞬の内に消え去った。
自身の最強の幻覚が一撃で打ち消され、崔原は言葉を失った。
そして
「降伏するか? それともまだ戦うか」
目の前に立つ計人に問われると、崔原はがっくりとうなだれ呟いた。
「……俺の負けだ」
こうして計人は『ファントム』打倒を成し得たのだ。
その姿を見て、計人がまさに憧れの人物だと知り、メイは顔を朱に染めながら呟いた。
「……すごい」
(良かった)
一方で、計人は安堵に胸をなで下ろしていた。
当然『超過駆動』などある訳がない。
あるのは『虚飾悪霊』だけである。
敵にあると思わせたものを実在させる異能。
それにより計人は『超過駆動』をでっち上げたのだ。
全ては崔原を、崔原の心を一撃で折るために。
計人は有名誌の記事を差し替えて、極めて都合の良い『一撃必殺』を手に入れたのだった。
「ふぅ」
計人は汗を拭った。
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