第23話 帳尻を合わせる
「上手くいったな……」
下階より響いてくる豪案で計人は巧くいったことを確信した。
先ほど一条にした電話。
当然、『禁句ちゃん』を捕らえたというのは大嘘である。
あの時計人は少し間をおいて、『禁句ちゃん』に声を切り替えて出た。
計人は一度聞いた声なら、女性であろうと男性であろうと正確に真似する技術を持っている。
太一達を『オクトパス』に連れてきた日のことである。
『お兄ちゃんすげぇ! 声真似なんて出来んのかよ!』
『うまいだろう? オレの特技の一つだ』
『ねぇねぇ、もう一度やってもう一度やって!』
新居祝い? のパーティーで子供達に計人の特技である声真似を披露し、計人は子供達から歓声を浴びていた。
計人はどんな人物であろうが声を真似ることが出来る。
そして『敵にあると思わせたものを本当に実在させる』『虚飾悪霊』。
それにより一条に電話の先に『禁句ちゃん』がいると思いこませ、禁句ちゃんの能力『NGワード』を『実在させた』のである。
計人の目的は崔原を倒すために『ケルベロス』を各個撃破することだった。
そのために計人は『虚飾悪霊』で石里を洗脳し、一条を『虚飾悪霊』で『NGワード』にかけて口を封じ、二人を対決させたのだ。
こうして『ケルベロス』の二人を都合よく潰し合わせたのだ。
そして残すケルベロスは女城、あと一人。
大音響の戦闘が始まった以上、時間はあまり残されていない。
敵も何事かと思うに違いない。
計人は手帳あった女城の自室に急行し――
「なにやらうるさいと思ったら、貴方が入り込んでいたのね……?」
女城の自室は50平方メートルもある西洋の姫が住んでいそうな寝室だった。
部屋の端には豪奢な化粧台、中央付近には天蓋付きのベッドなどが設えられていた。
女城は丁度入浴を終えた後のようで髪を湿らせ、薄手の寝室着を身に纏っていた。
だが部屋着だというのに女城はやる気十分のようだった。
女城は即座に異能を発動した。
「発動『
女城の瞳が赤く輝きだす。
同時にガツンと黄金色の装飾の凝った曲刀が床に突き刺さった。
応じるように計人は自身に『隠蔽』を駆けて走りだした。
そうしながら先日の作戦会議のことを思い出していた。
「『女城』の能力は神話再現型『魔眼美女』、メデューサ神話を元にした視認した相手の動きを封じる能力よ」
メイたちを『オクトパス』に招き入れた日のことだ。
リビングで藤花は女城の能力を説明していた。
「で、神話再現型ならではね。弱点も現出させてしまうみたい。彼女は『ハルパー』という小刀も現出させてしまうわ。その曲刀で彼女を一切りにでもすれば彼女の能力は停止するの」
弱点同時発生は神話再現型異能の特徴の一つであった。
「で、都市序列は28位ね」
計人はその序列を聞いて目を丸くした。
「高くねぇ!? がっつり弱点あるんだろ!?」
「そうなのよねぇ。明確な弱点があるのに、この順位は少しおかしいのよねぇ」
つまり先ほど床に突き刺さった黄金色の曲刀。
あれこそ『ハルパー』である。
刃渡り30cmほどのその刀で女城を一切りすれば彼女の能力は停止するのだ。
そして――
計人は『隠蔽』を自身に駆けて走る。
(『隠蔽』を駆けてしまえば『魔眼美女』は喰らわない!)
『魔眼美女』は視認した相手を縛る異能。しかし『隠蔽』で見えなくなれば縛れない。
だからこそ――
計人は自身に『隠蔽』をかけた状態で途中で抜き去った『ハルパー』を女城に突き立てた。
――オレはこの女に対し絶対的な優位性がある――
かくして黄金色の剣は女城に振り下ろされた。
しかし――
「残念だったわね」
計人は目を見張った。
女城に剣が突き刺さる直前、女城の肌の直前に金色の光が発生し、『ハルパー』の進行を防いでいたのだ。
「これは――」
「私の『
決定的な言葉が告げられた。
「知っている? 人を石にすることで知られるメドューサだけど、メドューサの首をはめ込んだ盾アイギスはあらゆる災厄を振り払う盾となったのよ」
黄金色の光の先で女城が言う。
「メドューサ神話を司る私の上位駆動はそれ。絶対無敵の盾の発生。そして残念だったわね。『ハルパー』の使用権は一人一回だけ。神は人間に一回しかチャンスを与えないの」
「なっ――」
『ハルパー』の使用権が一人一回というのは完全に想定外のルールだった。
計人の目の前で『ハルパー』がボロボロと崩れ去っていく。
「だからこそ、貴方はもう私に勝てない。残念でした」
『隠蔽』を解き、姿を現した計人に女城がカウンターを喰らわせようとしていた。
そうしながら計人は作戦会議のことを思い出していた。
『多分、この女、『上位駆動』が使えるな』
太一たちと引っ越し祝いをした日のことだ。
女城の序列を聞いた時点で計人は即座に『上位駆動』の存在に辿り着いていた。
明確な弱点が発生する神話再現型異能はこれ程の上位ランクにくることは非常に難しい。
だからこそ計人は即座にその存在に気が付いていて、メドューサ神話を調べ上げることで『上位駆動』になりそうな逸話は把握しきっていた。
だからこそ計人は上位駆動が『イージス』に関するものである可能性も『把握していた』
そして計人は作戦を立てていた。
5回しか使えない『虚飾悪霊』をフルに活用する策を考えていた。
1回目は下っ端を騙し『幽霊団地』内部情報を知るために使用し――
2回目は石里の『洗脳』に使用し――
3回目は一条の『口封じ』に使用し――
そして最後の5回目は崔原を倒すために使用する策である。
ならば4回目はというと――
(この女を倒すために取っておいた!)
女城のカウンターを受けそうになりながら計人は歯をむき出しにした。
そう、計人は女城が『上位駆動』を有することも、
それが『イージス』に基づくものであることも想定済みだった――
だからこそ、そのような未知数な上位能力者と対峙するからこそ――
『虚飾悪霊』
『敵にあると思わせたものを実在させる』異能。
そのような都合の良いものは女城を倒すために『浮かしていた』
だから
「終わりよ!!」
極限まで強化された女城の拳が放たれる。
『ハルパーの使用回数が各人一回まで』
という想定外のルールが追加されても
「ぬかったな女城」
対応できる。
出来る限りの余裕をかもして計人は口角を釣り上げた。
「オレはすでにお前のハルパーは見ているだろう!」
確かに計人はかつて『幽霊団地』に訪れた際、『ケルベロス』と抗戦し、女城の『ハルパー』を目撃していた。
「え――」
計人の雄叫びに女城は目を見開いた。
「なら今のは
そして計人の上位駆動
『虚飾悪霊』は一瞬でも敵が信じ込めば――
「まさか――」
敵が信じた通りのものを実在させる。
計人の台詞を一瞬でも信じてしまったが故、『絶対の盾』に防がれ粉々になる『ハルパー』のすぐ横で、新たな『ハルパー』が顕現する。
女城の思いこみが、計人の右手に金色の光となり収束する。
計人は何度も自分で言っていた。
勢いが何より重要であると。
圧倒的勢いを持った帳尻合わせで女城に思いこませたのである。
先ほどのハルパーが『偽物である』と。
「うそ――!?」
女城が呆気にとられると同時に、彼女の腹部に彼女の思い込みで形成された『ハルパー』が突き刺さった。
切っ先が女城に触れるとガラスが割れるような大音響が辺りに響いた。
そして女城はパタリと床に倒れた。
「計人」
計人が女城を倒し浅い息をついていると、女城の寝室を藤花が覗き込んでいた。
作戦通りならば藤花は石里と一条の戦いの中どさくさに紛れ二人を倒したら『幽霊団地』から脱出する予定だった。
「一条と石里の戦いがここまで拗れたのよ」
藤花に連れられて廊下を見ると石里と一条が伸びていた。
女城との戦いで気が付かなかったが彼ら二人の戦いはここまで延びたらしい。
「ようやくね計人」
「全くだな藤花」
かくして計人は崔原を倒すために必要な『ケルベロス』の各個撃破に成功したのである。
あとは崔原だけである。
『心美ちゃん』『禁句ちゃん』も下部メンバーも大した戦闘力を持たない。
放って置いても問題ないのだ。
そしてやはりこれだけ派手に戦うと周囲の人間も気が付くようだ。
遥か下階のほうで下部メンバーがこちらへ走ってくるのが聞こえる。
しかしそれはもう些末事だ。
あとは崔原を倒すだけなのである。
「藤花、離脱してくれ」
「分かったわ」
恐らく崔原もすでに騒動は把握しているだろう。
藤花といつまでも一緒にいるのはマズイ。
そう思い、藤花を逃がそうとした時だ。
今回、初めての想定外のことが起きた。
「なかなか面白いことをしているな、日比野」
「!?」
背後から声がして振り向くと、そこには都市序列7位・最強の心理能力者「崔原虎徹」が立っていたのだ。
「ッ!?」
突然の最終ターゲットの登場に全身の毛が逆立った。
まだ藤花の退避が済んでいない。
計人は全身が泡立つのを感じた。
計人が藤花を逃がそうとしていた理由。
それは計人は崔原の『幻覚迷路』を『隠蔽』出来るが、藤花は出来ないからである。
そしてなによりそれは――
「一条も女城も石里も倒れている。相当、ふざけたことをしてくれたと見える」
崔原の『上位駆動』、それが幻覚を実体化させる能力である可能性があるからである。
計人は幻覚を見ないが故、効かないが、藤花には効く。効いてしまう。
だからこそ逃がそうとしていたのだが――
仲間がやられて怒り心頭の崔原は宣言してしまった。
「今から貴様等を成敗する。見せてやろう。俺の『上位駆動』! 幻想の実体化を!! 発動! 『
瞬間、崔原から巨大な肉の壁が発生し廊下を上下左右に突き破った。
「――ッ!」
過去に崔原はヤマタノオロチを召還し、辺り一面を焼け野原にしたことがあるらしい。
目の前に天井を突き破り緑色の肉の壁が押し寄せ、とっさに計人は藤花を抱えて窓ガラスを割り、外部に脱出した。
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