第4話 能力概論



 自分に真っ赤な爆炎が向かってくる。


 即座に計人は体内の『異常』を活性化した。


 次の瞬間、計人にまともに炎が直撃する。夏服を着た計人を真っ赤な炎が残さず嘗め尽くす。


 しかし


「熱いわクソバカ!」


 炎が過ぎ去った後、軽い火傷を負っただけの計人が姿を現し


「んでもって今日もお前らと付き合う気はねーよ!」


 言い残すと計人は即座に反転すると来た道を駆けだした。


 突然の騒ぎに「また争い事かよ」と呆れる通行人の視線を振り切り一気に逃げ出す。


「追え追え!」


 藤花ファンクラブの男達もこの展開には慣れている。すぐに計人を追い出した。


 そして先のシーンに戻る。


 計人はビルの陰から辺りを窺っていた。今も計人の探し複数の生徒が通りを駆けている。


「糞、またワイシャツ買い直しかよ……」


 計人は黒く焦げてしまったシャツに溜息をついた。


 いくら体内の『異常』を活性化して肉体を強化してもあのレベルの火炎攻撃をまともに受けるとこのように怪我を負ってしまう。


『異常』とは能力者が体内に宿す謎のエネルギーの総称だ。


 能力者は体内に存在する『異常』を活性化することで肉体を強化することができる。


 肉体を強化すれば直接爆炎を受けようともそうそう死なないのだ。


 そして能力者は『異常』を消費することで個々の『能力』を使用することもでき、計人の『能力』はというと――


「クソ! 『隠蔽ハイド』! この上なく厄介な『心理』能力だ!」


 通りにいる敵が姿が見えない計人をなじるのが聞こえてきた。


隠蔽ハイド』。


 計人の姿を見た人間の脳から、計人がいるという情報を強制的に削除する心理能力である。


 大昔に発売されていた漫画ドラえも○の石ころぼう○のような能力だ。


 計人は今現在『隠蔽』を使い物陰に潜んでいた。


 こうなっては普通の能力者に計人を発見することは不可能だ。


 彼らの目的は藤花と仲が良い計人に対する憂さ晴らし。確固たる目的があるわけではない。姿を見失ったとあれば今日のところは諦めるだろう。


「よし、見失ったな……」


『隠蔽』は計人から発せられるに『声』も『匂い』も対象にできる。


 計人は誰にも聞かれない呟きを一つすると物陰から出て遠回りに帰路につく。


 そんな計人を見ると人によってはなぜここで一網打尽にしないのか疑問に思うかもしれない。


 しかし計人はもう争いごとに関わらないと決めているのだ。


競争進捗ランニングストラグル』の発見により計人は全てのやる気を失っていた。


「仕方ないな、『アレ』を出せ」

「……は?」


 しかし今回ばかりは計人の思い通りにはいかないらしい。


 計人が現場を後にしようとしていると、再集合していた彼らはおかしなものを取り出していた。


 思えば計人が彼らに絡まれたのはこれで六回目。


 彼らも『隠蔽ハイド』対策を行っていたのだ。

 彼らの取り出したのはドローンだった。


 ファンクラブの一人の太った男がフーフーと息を切らしながら言う。


「僕たんの異能『電子連絡』でこのドローンを遠隔操作するっ、フーっ。このドローンにつけられらカメラから取り込まれた映像は皆の携帯に送られるから……」


 男の言葉を聞いた計人の背中に一気に汗が噴き出してきた。


「マズイ!」


 計人は血相をかいて駆けだした。


 計人の能力『隠蔽ハイド』は計人の『姿』を見た人間から計人がいるという認識を強制削除するもの。しかし『カメラに映る計人の像』は対象外なのだ。


 あくまで計人の『隠蔽』は『普段は』心理能力なのだ。


 カメラなどの機械類のセンサーには対応出来ない。


「いたぞ!!」

「ちくしょおおおおおおおお」


 案の定計人は彼らに見つかった。


 計人の背後からはスマホを構える奇妙な男たちが追いすがってくる。

 これが能力都市の日常である。


◆◆◆


「仕方ない……! 今回だけは特別だ!!」


 数分後、南第七エリアの高台に向かう坂道で計人は意を決していた。


『競争進捗』の発見から一年、ただひたすらに争い事から逃れていたが、今回ばかりは仕方ないと。


 覚悟を決めると計人の胸に『競争進捗』が発見されたときの感情が押し寄せてきた。


『競争進捗』とは都市内で起きている争い事を運営側が随時記録している情報集合体だ。


 能力都市は『能力開発に協力する』代わりに不幸にも能力を発現してしまった子供達から能力を吸い出す『救済都市』だ。


 能力者は過酷な環境に置くとその能力が向上することが知られている。

 つまり『能力開発に協力する』、ということは、能力都市が絶えず与えてくるストレスに耐えるということだ。


『蠱毒』のようなものだ。


 能力都市という壺に能力者という虫を入れ、競わせる巨大な蠱毒。


 生存競争、それこそが政府より与えられた能力覚醒児童の責務なのだ。


 そのために、都市の自治を子供達という未熟な人間に任せているのだ。

 全ては能力に磨きをかけるため。


 だが都市で暮らす子供たちにそんな事情は関係ない。


 都市の外では成人能力者が浮浪者になっていたり、山登りのように能力者狩りが趣味になっている人がいるのも、関係ない。


 親も無事二十歳まで生き延び『脱能』してくるのに一縷の望みを託し泣きながら送り出すことも、関係ない。


 計人はこの都市構造を、これを生んだ政府を恨んでいた。


 だから計人は蟲毒を加速させようとする政府の意図に抗うために、『黒の亡霊』として犯罪能力者狩りを始めた。


 実際にそうするだけの実力があったし、そうすることが都市の目的を妨害することになると信じて疑わなかった。


 だがその行進を途絶えさせたのが能力者が都市中枢をハッキングし発見した『競争進捗ランニングストラグル』だ。


 競争進捗、それは政府による能力者同士の争いのスケジュールが克明に『記載』されたものだ。

 政府は都市内で能力者を野放しにするだけではなく、生存競争を裏で『操作』していたのだ。


 その記録こそが『競争進捗』。


 競争進捗にはこう記されていた。


『生存競争No.188265252555 日比野計人VS内藤壮一』


 目的:政府に歯向かう日比野計人の能力の可能範囲の拡大。

 それによる以降の都市全体へのストレス強化。

 詳細は下記A 


 A:8月7日、AM9時、日比野が課外授業に向かう際――

 


 つまり計人が都市中枢への意趣返しのために行っていた戦いもまた、彼らの掌の上だったということだ。


 計人が一人で勝手に行っていると思った革命は、彼らの掌の上で踊っていただけだったのだ。


 こうして計人の行進は途絶えたのだ。


 思考は現実に切り替わる。


(今頃『競争進捗』には日比野計人VS大竹弘樹って書かれているんだろうな!)


 計人はあまりにもしつこいので仕方ないので、藤花ファンクラブのリーダー格の男・大竹弘樹だけ落とそうと決めて反転していた。


 坂道の途中の高台。


 眼下の街並みを見渡せるベンチなどが置かれた開けた場所だ。


 計人がかなりの速度で走っていたので視界の範囲には長身の敵のリーダー、大竹弘樹しかいなかった。


 上空には件のドローンが滞空し、計人の姿を捉えていた。


 ならば『隠蔽』をかけても意味がない。計人は『隠蔽』を解いた。


「仕方ないから今日だけは相手してやるよ!」

「はっ、その粋だ小僧ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 大竹は計人が『隠蔽』を解き姿を現したことで携帯をしまい咆をあげ一気に距離を詰めてきた。


 異常消費による肉体強化。

 一瞬のうちに拳が交錯する距離になり、彼の拳が計人に向かう。


「――ッ」


 そのあまりの速度に息を飲むが、計人にはまだ余裕があった。



 実は、計人はひそかに制服の内ポケットに備えていたナイフに『隠蔽』をかけ抜き出していたのだ。


『隠蔽』は何も計人だけではない。『物』に限定しても発動可能だ。


 ナイフを『隠蔽』で隠すために敢えて計人は『隠蔽』を解いて姿を現したのだ。姿を見せればスマホからは視線を外すだろうという寸法だ。


 かくして想定どおり事は運んだ。


 計人は『異常』を付加して強化したナイフをふるった。


 が、


「なっ!?」


 男に届く直前、ガキンという硬質な音がした。


 見ると金色の光を放つ楯が大竹の肌のすぐ手前に展開し刃を防いでいた。


 まさかの事態に喉が干上がる。


「甘いな、これが俺の能力『敵意感知自動装甲オートガード』だ」


息を飲む計人に大竹は解説が降ってくる。


「この『敵意感知自動装甲』は相対する敵の『敵意』に反応し自動で俺を守る絶対の盾。どうやら『隠蔽』で何かを隠して攻撃する気だったようだな。だが甘い。俺はあらゆる攻撃を弾ききる」


 やばい――!!



計人はこれで潰すために思いっきりナイフを振るっていた。今からでは――


『避けられない』……!


 直後、男の拳が計人の腹に突き刺さった。


「かはっ……!」


 車に撥ねられたかのような勢いで吹き飛ばされコンクリートの地面に体を打ち付ける計人。


「まだこんなもんじゃ終わらねーぞ!!」


 男が空中に体を飛び上がらせ襲い掛かってきた。


 重い一撃を食らい一気に緊迫度が上がってくる。


 男が落下した場所のコンクリートは粉々になっていた。


 そうか――


 男の飛び蹴りを避けながら、まるで防御を意識しない攻撃に、男の能力の真髄に気づいていた。


「お前防御を能力に頼ってるから攻撃にのみ専念出来るってわけか?!!」

「そういうことだ!! 残念だったなぁ計人おおお!!」


 男の拳が飛んでくる。風圧で前髪がなびく。


「この『敵意感知自動装甲』! 体全体が覆えないのが珠に傷だがッ!」


 がむしゃらに拳を振るう男の拳が計人を捕らえた。


「お前を倒すにゃ十分だああ!」


 ドウンッ! と重い音が響く。

 壁に計人は叩きつけられた。もうもうと煙があがる。

 へたりこむ計人にざりざりと男が近寄ってくる。


 強い……!


 肉体を鋼のように強化し徹底的に攻撃してくる彼のバトルスタイルは確かに強力だった。


 このままではやられるッ――と計人に思わせる程度には。


 だから、計人は意を決して『秘策』を披露したのだ。


「なんだ」


 計人が制服の内から取り出したのは小型のスプレー缶だった。


 浅く息をつく計人が謎のものを取り出し大竹は目を丸くした。


「なんだ?」

「ハハハ……」


 対し虚をつかれた彼に計人は残酷な笑みを浮かべた。


「おい、大竹? オレの能力は知っているのよな?」

「『隠蔽ハイド』だろ……! ある一定の対象を感知不能にする、心理能力だ……!」

「そう『隠蔽』! すべてのものを覆い隠す心理能力だ。そしてそれは何もオレだけではない。『物体』にかけることも可能だ……!」


 ――突然だが、能力者が持っている能力にはもう一つ『上』の段階が存在する。


 名を『上位駆動』。


 選ばれし能力者しか到達できない『次のステージ』である。


「そしてオレの『隠蔽ハイド』は対象から発せられる音や匂いも対象に出来る……!」

「お前は何を言って……!」

 

 ――それは能力者の『異常』を『励起』することで使用できるいわゆる『必殺技』であり、それは、常に『通常駆動』を、強化するものが発現した。


 そして計人が発現した『上位駆動』。それは――


「そう! オレは自身が触ったものにも『隠蔽』をかけることができる! そしてその能力は『匂い』も消せる。そんでお前の能力、『敵意感知自動装甲』は全身に展開することはできないんだよなぁ! で、オレが今取り出したのかは『ガス缶』だ!! おい大竹!! お前、もし自身の周りが可燃性のガスに包まれていたらどうなる!? もしそれが一気に引火したらどうなる?!!」


『敵に『ある』と思わせたものを、本当に実在させる』能力。


虚飾悪霊ドレスゴースト』である。


「まさか!!」


 懸念が脳内で像を結び大竹の顔が蒼白になる。

 その瞬間だった。


「爆ぜな」

 

 計人は火の灯るライターを、敵に向かい放り投げた。すると――


 ボンッ!! と赤い爆炎が大竹を包みこんだ。


 


 全てのものを隠し、備えているように見せることの出来る計人の異能『隠蔽ハイド


 その上位駆動は、相手にあると思わせたものを本当に発生させる『虚飾悪霊ドレスゴースト』だった。



 大竹は計人の演技で自身の周囲に可燃性のガスがあると信じてしまったのだ。そして強烈な一撃を入れられる自分の未来を想像してしまったのだ。それを『虚飾悪霊』が現実にしたのだ。

 実際のところスプレー缶の中には何も入っていなかったのだ。


「ふぅ……」


 大竹を倒し計人はその場にがっくりと肩を落とした。


『上位駆動』は『異常』をごっそり持っていく。


 計人も『虚飾悪霊』は打てて五回。一回でも使用すると息が上がってしまうのだ。


 ともあれ遠くから大竹の仲間が駆けて来るので悠長にしている暇はない。計人はそそくさとその場を後にした。




「あ、いたいた~」

「おう、藤花か……」


 大竹を倒し夕日が落ち暗くなった道をえっちらおっちら歩いていると藤花が現れた。

 息を上げているのでここまで走ってきたようだ。


「アンタがまた争いごとに巻き込まれたって風の噂で聞いたから探していたのよ、てゆうか怪我しているじゃない。ちょっとまって今絆創膏を出すからっ」

「いいよすぐ直るから……俺怪我の治り早いし……」

「何言ってんの? 化膿したらどうすんの? ほらジッとして!」


 計人は自身の目の前でかがみこみ指に絆創膏を張る藤花を眺めながら尋ねた。


「で、今日も藤花は仕事を終えたわけだ」

「そうよ。今日は恐喝でお金を巻き上げている不良を退治してやったわ」

「さすがは第二十七高校最強のお姫様だ」

「アンタに言われると嫌味にしか聞こえないわね。都市序列111位で校内じゃ一番ってことになっているけど、あなたが入っていないもの。ねぇ?」


 藤花は口づけでもしそうなほど顔を近づいて声を潜めた。


「――都市序列第十位。『黒の亡霊』さん?」

「やめろそれで呼ぶのは。あと序列も言うな」

「フフフ、そんなむきにならなくてもいいじゃない」


 計人が嫌そうに眉を下げると藤花は目を線にして笑った。


 そこからはいつもの帰路である。


 計人と藤花は他愛ものないことを話しながら自分たちの学生寮へ向かう。


「やっぱり『ファントム』の討伐依頼が多いわねぇ~」

「幹部の3人組が強いんだってな、ケルベロス、だっけ?」

「そ。ホント手に負えないわ。今度南八区の子たちが修学旅行あるんだけど自警費の追加徴収せいで行けない子もいるって……」

「ひでぇなそりゃ」

「でもそれがこの『能力都市』じゃない」


 確かにそうだ。計人は腕を頭の後ろに組んで上ってきた大きな月を眺めながらため息を漏らした。


「それがこの『能力都市』だもんな~」


 この悲しみの連鎖こそ、この都市の存在意義。


 盗み・強盗・恐喝。


 それらが蔓延る壺の中雑草のように強く生き抜くことを要求されるのがこの都市だ。


「どうしようもないなやっぱり、この都市は」


 計人は大きく息をついた。



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