第3話 能力社会
藤花と学園を出てしばらく。
「安いよ安いよぉ!」「100Abyで売っていまぁす!」
商店街に辿り着くと今日も多くの学生が客引きをしていた。
「今日もみんなバイトに必死ねぇ」
「夏も近いから金を貯めたいんだろ〜」
「でしょうね~。ねぇ、そのたい焼き二つ頂戴」
「まいどあり! 二つで216Abyです!」
たい焼きを計人に手渡しながら藤花はため息をついた。
「全く忙しない都市よねここは」
2050年現在、日本では能力者に人権が与えられない。
脱能してヒトに戻るために能力覚醒児たちは皆この都市で汗水流して働き生きているのだ。
「早く『脱能』して『ヒト』になりたいもんだな」
「確かに。早く外に出たいわ」
ベンチに座り空を見上げると白い雲が揺蕩っていた。
能力都市から出られない自分達とは違いどこへでも行けるあの雲は希望の象徴に見えた。
でもこれもまだマシな方だ。
「ん!」
計人は大きく伸びをした。
だって脱能すれば都市から出られるのだから。
能力者から能力を『引き剥がす』、『脱能』能力者。
この能力の発見により国は再興中だった南房総半島に能力者専用の『能力都市』を作ったというわけだ。
そして能力発現をした子供達は皆その都市で二十歳になるまで暮らし、能力研究に貢献する代わり、二十歳になると能力を引き剥がしてもらい『ヒト』となり一般社会に戻る、という新秩序が誕生したのだ。
もし脱能能力者が発見されなければ計人達は殺されていた可能性すらある。だというのに脱能すれば人権が回復されるのは類い希なる幸運なのだ。
「お前は今日も『斡旋所』に行くのか?」
「そうね。お金を稼がなきゃ!」
藤花はぎゅっとこぶしを握った。
斡旋所とは自警団でも手を焼く連中の討伐依頼が舞い込む施設である。
二十万人以上の能力者が収容されるこの都市が平和なわけもなく、治安維持は学生に一任されている。それを担うのが少年少女で組織された『自警団』であり、彼らの手に余る案件が舞い込むのが斡旋所だ。
「ここ最近は骨太の犯罪者なんているのか?」
「やっぱ『ファントム』ね」
「序列七位だっけ?」
「そ。自警団とは別に警備費徴収してるらしいわよ」
「ヤクザかな?」
「しかもアジトの場所も不明。強いうえに居場所不明。連日斡旋所に討伐依頼が来ているけど誰も受けやしないわ」
藤花は斡旋所で高レベルな仕事を高額で処理することで生計を立てていた。
能力都市で生きるために金を稼がねばならないのは藤花も同じなのだ。
歓楽街を抜けるとモノレールの走る高架下にベニヤ板で作られた質素な小屋が現れた。
中からガヤガヤと騒がしい声が漏れ今日も賑わっていることが伺えた。
「じゃ、斡旋所、着いたからここでね。バイバイ計人」
「おう、また明日な」
ここが斡旋所である。
「……ねぇ、やっぱり今日も一緒にやらないの?」
去り際、藤花が名残惜しそうに振り返った。
しかし答えは決まっている。
「……そう」
計人が黙って頷くと、藤花は目を伏せ、斡旋所に入っていった。
……去年までの計人は能力者達が犯罪を犯し、それが放置されていることが許せなかった。
だからこそ犯罪を犯す能力者達を軒並み倒していた。
だけどその歩みはとうにやめているのである。
藤花の小さい背中が斡旋所の中に消えていく。
……当時燃えていた悪人退治、その中で偶然助け出したのが藤花だ。
藤花と計人はその時同じ人物を標的としていて、偶然にも藤花に正体を知られてしまったのだ。
その後は仕方ないので『黒の亡霊』としてではなく『日比野計人』として二人で事件を解決し別れたのだが……
そんな少女が高校に上がったら同じクラスにいた、というわけだ。
それからというもの、藤花は計人の正体をバラさず、何かと計人のことを気遣ってくれているのだ。
……それから計人はメイが働くカフェに寄り(偶然発見して以降、時折訪れているのだ! 会話はまだない!)、メイの姿が見えないことを不審に思いつつ家路に着こうとしていると、
「よお探したぜ。日比野」
「げ……」
路地で計人は五人以上の学生に囲まれたのだ。
全員が全員、計人の通う第二十七高校の学生服。
すでに計人は事態の成り行きを察していた。
彼らには心当たりがある。
心の中でため息をつき、計人は体内の『異常』を活性化させだ。
「日比野計人! お前はさっさと……!」
囲んできた男の一人が手を前に突き出し、激高した。
男の掌の中で太陽のような赤々とした光量を放つ『炎』が発生する。
「柊藤花から離れろ!!」
直後、人を一人丸のみにするような爆炎が男の掌から放たれた。
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