「居魔そこにある危機」 

低迷アクション

第1話


自身の住む国が、とっくのとうに後進国と言う事を十二分に理解できた、この3年間…


沈静化したとは言え、まだまだ、日常に潜む“流行り病”は、この国で、最も誠実に生きているであろう、一般市民の生活を脅かし続けているし、無関心を浸透させようと、必死な、お上の適当政策は、


恒例行事のように、同じ事を繰り返し、来月には、もう数えるのも面倒な第何波を生み出す事が、ピーナッツくらいの頭の馬鹿でも予想出来そうだ。


これは、それらに関わる、ある県庁セクションの現場職員の体験である。



 K県が設定した感染者容体確認AI自動音声は非常に効率の悪い代物だ。


急増で用意した、はい、いいえで回答するシステムは、電話に出た感染者の音声全てに反応し、陳腐な収音機能棚上げにし、全て利用する側のせいで、複数回の電話call、もしくはLINEやメールで


「24時間以内にしっかり答えろ!」


と脅しのような通知を何通も送りつける等の行為で、精神的に参っている感染者達の神経を逆撫でにし、福祉、地域全体総合なんちゃらを掲げる元ニュースキャスターの知事の信用を一層なくしている。


国が掲げた美辞麗句の技術革新や考えなしの先行投資、先進国のご主人に言われて、追随したSⅮgなんたらの群れは、全てが相互的にマイナス作用として、機能し、結果として、


もっとも遅れた政策と技術で病の時代を迎えてしまった。その責めを味わい、体験するのは、国民と現場職員であるのは周知の事実、これを読んでいる方全てに覚えがある事と思う。


“Y”が勤務する部署は、先に上げたお粗末AIの後始末であるコールセンターの担当…


幼児以下の頭しかないハイテク?頭脳に混乱、不審を持った感染者達の電話に答える毎日を送っている。正規職員のほとんどは、止む事のない市民からの苦情に病気休暇を取り、2年もすれば、移動される配置転換を更に早めようと、医者に対する付け届けを忘れずに、あらゆる病名を調べ、何とか自分にあてはまるモノを探し、診断書を書いてもらう事を常に考える毎日…


Y自身も上司と現場の非正規雇用の中年女性達、市民の板ばさみに苦しみ、倒れる寸前だ。


他の部署に行けば、解放される。先輩職員達は皆、口を揃えて言うが、自分達が回されないように、彼の異動嘆願を聞き入れる事はなく、人物評価に“良”をつけた。


官公庁、何処にでも見られる陋習…嫌な部署で病気になって、出世を逃すか、耐え抜くか?どちらも最悪かつ苦渋の選択、ギリギリの精神状態で業務に取り組んでいる。


朝、家を出て、出勤する時が一番重いと彼は言う。だが、電車に乗り、職場のドアを開ける時、既に、頭は仕事に切り替わっている。今の所は…


今日も、出勤したYの座る机には、問題案件のメモ書きの付箋がいくつも貼られている。


大体の内容は同じだ。AIコールセンターの不具合、感染したけど、一向に症状が出ないから、感染認定解除の要望、行政の食料配達がいつまでたっても来ない等々…


全て、後手後手対応のシワ寄せ、責められるのは現場…ここまではいつも通り、


だが、今回は違った。


メモ書きを描いた電話対応のスタッフも混乱した様子がハッキリわかる。


走り書きよりヒドイ、ミミズがのたくったような字だが、それでも充分な意味を持って、Yの頭に刻まれた。


「家に“オバケ”がいるから、早く、外に出たい」


訳がわからないと言った自身の思考と同時に、背筋が粟立つ感じがしたが、すぐに思い直し、決められた手順、マニュアル通りに動くよう、口を動かす。


「ねぇっ、このメモは誰から?」


「ああ~、私ですよ。Y主任」


マスク越しでもわかる眠そうな目をした中年女性のスタッフが座ったままで報告してきた。3年前から、近距離での接触を避ける業務法が、この職場では徹底されている。


人間関係があまり良くない事を暗に示しているようだが、責任者であるY自身も随分とお世話になっているので、敢えて変えようとは思っていない。


「オバケって何?誰っ?この人」


「昨日、営業時間ギリギリでかけてきた人ですね。О市在住の35歳男性、名前はPさん、家は住所的に一軒家、持ち家かな?あの辺は、昔ながらの古い家並みと高級住宅地のエリアですよ」


「そーゆうのはいいから、で、登録はいつから?」


K県が設けた感染者登録情報には、個人情報を全て自分で登録させるシステムだ。

先月から施行された、感染者に全て丸投げの今システムはY達の職場の忙しさを加速させている。


流行り病に関する薬代は無料だが、保険や国の制度が関わってくるし、長期休暇を証明する療養証明書の発行もあるので、登録は必須となっている。


そのためか、噂話が大好きなおばちゃん職員にとっては、登録情報を自由に閲覧できる、楽しい仕事なのかもしれない。目の前にいるスタッフの余計な注釈からも、それがわかる。


Yの遮りに一瞬、不快そうな目をしたスタッフだが、職務評価を落とすような真似はしない。すぐに、こちらの望む答えを返してきた。


「3日前ですね。登録情報だと、熱は無いけど、喉が少し痛むと言っていました」


「それじゃぁ、無症状じゃないね。症状アリになるから…」


K県が定めた感染者の心得、療養のルールでは、有症状アリなら、7日、無症状なら5日目から外出が許可される。


また、流行り病と診断された日を0日と定めるため、その日に登録したとしても、プラス1日、次の日から数えての計算となる。P氏が外に出れるのは、まだ、後5日程かかる。


「生活状況はどうなの?聞き取りしたでしょ?」


苦情や困り事の問い合わせの際は、まず先に、感染者の様子を聞き取る事にしている。そこから繋げられる支援やサービスの可能性を探る事も、自分達の仕事だ。


「えーっと、1人暮らしの方ですね。お仕事は公務員、休むのは問題ないし、食料とか生活品の買い込みも充分してるとの事。足りない必要品は、ネットとか、民間の、スーパーの宅配を使うって言ってました。流石、行政職員、内情をよく知ってますね」


非常勤の皮肉を無視し、顎を上下させ、先を促す。療養期間が経っても、食料や生活品が届かない苦情は、これまで何件も対応してきた内容だ。今更、それを取り立てて議論する意味はない。


同じ、行政の部署であっても、助け合う事はしない。面倒を被るのはゴメンだ。


「で、それは問題ないけど、2日目から家にオバケ、化け物が出るから、何とかしてくれと、医者にも頼んだけど、症状軽いから宿泊措置は取れないと、ましてや、オバケなんてと


誰も相手にしてくれないと」


「そりゃ、そうだよ。だからって、ウチじゃぁ…」


「とにかく、確認しようにも、昨日は主任、定時に帰られたんで。お伝え出来ませんでした。今日もかけると言っていましたから、頼みますよ」


スタッフの声が終わらない内に、電話機が一斉に鳴り始める。時計を観れば、コールセンターの開始時間になっていた…




「ですから、おたく等に頼みたいんですよ。わかってるんです。無理なのは、でも、

何とかしてください、ヤバいんですよ。あれは!!とにかくホテル、療養宿泊のホテル空いてんでしょ?そこに僕を入れて下さい」


「えーっと、すいません。Pさんの方の大変な状況は電話のお話しからもだいぶ察せられるんですが、もう一度、整理して、お話し聞かせてもらっても、よろしいでしょうか?内容も、そうですが、私達としても、別の課、療養宿泊担当の課に説明しないといけない訳でしてね」


「だーかーらー!……いえ、すいません。とにかく困ってて。もう一度話しますよ。あれは、熱も出てないのに、抗元キットで陽性出て、ネットとか、職場でキットは信用できないからって、聞いてましたんでね?


医者連絡して、PC受けたいから、駐車場で待機、あっ、


今、僕車なくて、寒空の下、2時間渡された容器に唾液溜めて、医者が来てみたら、


“抗元で陽性なら、アウトです”


なんて、ふざけた事ぬかされて、自宅まで帰っていた時の事ですよ。


近所のオッサンが自分ちの屋根の上で踊ってたんです。多分、あのオッサンから伝染ったと思うんですけど、僕、交流あったから…


オッサンも陽性で療養してたんです。そんで、後でわかったのは、てか、現在進行形で体験してんですけど、踊ってたんじゃなくて、屋根に追われてたらしくて…


でも、その時は訳わかんなかったから…いや、わかってはいたんです。踊ってるオッサンが指を窓に向けてた一瞬、何か変なヒトみたいのが…とにかく、病気の副作用かと思って、


自身も感染してるを言い訳に、家に戻ったんです。


しばらくして、デカい音がした後、サイレン鳴って、救急搬送されたっぽいから、どうにかなったんでしょうけど…そ、それからですよ。


僕んちにアレが来たんです。多分、屋根から屋根を伝って、家の中覗き込んでた。僕は見つかってしまった。目があった…白目なしの洞窟みたいに真っ黒な目が…


くそっ、ありえない…


四つん這いのババアみたいな奴です。大きさは2メートル位、人じゃありません。死体みたいな体の色で、屋根をうろついてた。多分、オッサン家の窓に居た奴…


連中も時世に合わせてるんだ。流行り病のせいで、外に出れない連中を見つけて…


どうやって?


簡単ですよ。日中、家から一歩も出ないで、咳してる音とか寝込んでうなってる奴、人口減と疾病のせいで、昼も夜も静かですからね!田舎は!!


見つけるなんて訳ない。


その家に入り込む。外に出れば、近所の目がある。


未だにマスクしてないだけで、ヒドイ扱い受ける、ご時世に遅れまくりの、この国じゃぁね。


友人、親戚は誰も助けてくれない。伝染るのが怖いからな。療養で疲れてるか、副作用の延長ぐらいにしか話聞いてくれませんよ。


そんな社会から孤立された“陸の孤島”状態の人間を餌にするんです。


写真送りましょうか?僕の家、荒らされまくってて…変な笑い声あげながら、あのババア、僕を探してます。1日中、ババアと隠れんぼです。


それが昨日の話です。多分、今夜、いや、さっきも上で動いてる音したから。もう、隠れるとこない…


だから、すぐにでも…手配を」


「Pさん!」


会話直後から続けられた囁き声の応酬に制止をかける。正直、耳が疲れていた。

言ってはいけないと自身の理性が囁いたが…


「な、なんです?」


「どなたか、頼れる人、もしくは家を出たらどうですか?」


至極真っ当、杓子定規な提案に、相手の息を吞む声と馬鹿にするような笑い声が重なる。


「ハッ、ハハハハ、何を言うかと思えば、かかったら、外に出るなと言ったのはアンタ等だぞ?馬鹿にしてるのか?俺はこの3年間、それをしっかり守ってきたんだぞ?


職場の馬鹿がお忍びで旅行行ったり、スーパーにうろつく馬鹿が好き放題に外出してるだろうアホ面全開を我慢して、肩並べて、ああ、ソーシャル馬鹿タンス?だっけ、距離を一定に保って、自粛して生きてきたのに、伝染って、国の御触れと化け物の板ばさみくらってんのに、


こ、この様、この!!仕打ちですか?


やってらんないよ。全く、お前等、どーゆう神経!くそ、くそ、くそ馬鹿、馬鹿、馬鹿!バ」


思わず、受話器から耳を外す。聞くに堪えない。


「知るかよ…」


呟いた返答は、相手には聞こないだろう。受話器越しの相手は、蚊が鳴くような微小音声の罵詈雑言で忙しい。そこに加えて、耳障りな、混線状態のラジオのような雑音、人の笑い声まで被さってきている。


電話を終える頃合いかもしれない。何か適当な理由を見つけて…


呼吸を整え、受話器を耳に当てる。


「駄目だ、見つかった」


死んだような声を最後に、通話は唐突に終わった…



 「それ以降、電話はかかってこない。次の日の新聞、K県の欄に、多分、Pと思われる人物の記事が載ってた。療養中の男性、自宅で死亡だってな。Pが見たっていう、近所のオッサンの記事もだ。搬送先の病院で死んでた。原因は心臓発作だ。どっちも近所だって事で、少し取り上げられたが、大したもんではないと判断されて、それ以降音沙汰無し…


だけど、ぽつぽつとだけど、似たような事件が起きてる。ウチの県は、今年4月に入ってから。その前は近所のS県、どうやら南から上がってきているらしい。それ以降の事は調べられるけど、やんなっちまって…時間はたくさんあるのにな」


現在、Yは陽性の療養者だ。皮肉な事に彼の自宅状況はPと酷似している。その彼が、興奮気味に電話で語ったのが、上記の内容である。


彼の話は続く。


「信じてもらえないかもしれないけど、Pの言ってた。目が合うって気持ちがわかった。曇ってけっど、洗濯もの干そうと思ってたら、見えた。4軒先の屋根に…俺は馬鹿正直に守るつもりはない。ヤバくなったら、ビジホでも何でも、そうだ。お前の所……いや、無理か。


とにかくぜってぇ逃げてやる」


ヤケクソ口調のYは、自分を鼓舞するように捲し立てるが、お役所体質をすっかり板に付く自他ともに行政職員としての下らない誇りを持った、真・面・目・すぎる彼が、


果たして、それを実行できるかは怪しい。


最後の電話が切れる数十秒間、悪態を呟く彼の声に被さり、壊れたラジオのような不協和音が聞こえたのは、昨今の手抜き行政が行う、全く役に立たない、緊急電波試験放送の影響と信じたい…(終)

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