第10話 ボイコット

 全体連絡の合図があり宇宙エレベータで作業する六人の手が止まった。第一・第二エレベータと中間設備、それぞれで皆がモニターの前に集まった。主だった積荷の整理が終わり、次の便で第一エレベータに出発できそうだとアローンが各施設に連絡を入れた直後のことだった。

「今後、君達がいるエレベータはアルファと呼ぶことにした。二基目はベータとなる」

デイヴィッドの声がモニターのスピーカーから聞こえてきた。それぞれ24,000㎞の距離があるため、地上から遠くに居るアシュケナージやアキラの組にはわずかな時差を帯びて届いた。

「どういうことだ?」

やや時間を置いてアシュケナージの声がした。

「二基目の建設工事に入る。君達ならそれ以上の説明は不要だろう」

デイヴィッドはいつもと何ら変わらない冷静さで応えた。この様な簡単な話の説明を要するほど、無理解な君達ではないだろう。言外にそのような意味を含ませることでやり取りを手短に済ませるのは、プライドを持つ相手との会話でデイヴィッドが使ういつもの手口だ。案の定、各施設の反応は無言となった。宇宙エレベータ乗務員は地上訓練を受けているものも含めて、学問、政治(反社会的活動も含まれる)、軍事、スポーツ等、様々な分野で能力を発揮してきた者達である。今現在宇宙にいる六人全員の脳内が、得られた情報から今後を予測するべく全速力で活動を始めた証拠だった。

「では工事開始に至る経緯を説明する」

説明不要としつつ、相手の認知欲求が高まった頃合いをみて本筋を語りだす。これもデイヴィッドの得意とするところだった。

「宇宙での工事はリスクが大きい。当然のことながら保険を掛けなければ機材のリースはできず、また、このような工事の保険を引き受けることのできる保険会社も限られている」

「ロイズか」

アキラが呟いた。

「そうだ。アルファ建設では、工事見積額の実に八割という莫大な保険料を要した。だが、最初のエレベータが無事完成して営業利益を生み出したことで、次期計画に対してロイズが新たな金額を提案してきた。なんと工事費用に対してこれまでの1/4で良いというんだ」

デイヴィッドは高らかに笑った。

「つまり工事費用の二割で済むということだな」

アシュケナージの声が即座に届いた。瞬時に内容を理解し、デイヴィッドが語り終える前に言葉を発した証拠だった。デイヴィッドは頷いた。

「当然我が社はこの話に乗ることにした。二基目の工事は、当初想定していた時期よりも三年前倒しとなる。なに、資金のことなら心配しなくていい。一基目の成功を見て、金を出すという投資家は引きも切らない。既にわが社の株式時価総額は世界第七位となっている」

ここにきてデイヴィッドは興奮を隠せなくなった。普段よりやや上ずった声はわずかな時差を経て三ケ所の施設に届き、そこにいる皆の胸に治まった。

「待てよ。じゃあこのまますぐに次の工事に入るってわけか?」

アキラの声にはわずかに怒気が含まれていた。

「当然だ。一基だけでは何か事故があれば全てが塵と化す。最低でも二基のエレベータが必要なのは言うまでもないだろう。今回はアルファのようにロケットを発射する必要はない。建設費用は実に1/10となる。ベータに掛かる保険料はアルファに比べて1/40になるということだ。この事実をもってしても事業計画を進めようとしない経営者が世の中にいるとするならば、そいつはすぐさま引退した方が良いだろう」

デイヴィッドの話は、宇宙に浮かぶ各施設内に空虚な響きをもたらした。

「皆、聞いてくれ。第二エレベータはたった今からボイコットに入る」

アローンが唐突に言い放った。この数週間、一回二時間以上睡眠をとったことは無かった。二時間交代、休憩時の二回に一回を食事と排せつに充て、その他は睡眠。1日で見れば長く見える休憩時間も、その実半分は宇宙服の着脱にとられてしまうのだ。六人全員が疲れ切っていた。

「俺達もボイコットだ」

「こちらも」

三ケ所全てでボイコット宣言がなされ、通信はエレベータ側から切られた。


「どうするの、デイヴィッド?」

ヨーコがデイヴィッドを振り返って言った。デイヴィッドは肩をすくめたが、すぐにヨーコの前に並んでいる管理機器を指さして言った。

「それを全てオフにしてくれ」

ヨーコは驚いて目を見開いた。

「生命維持装置ですよ。何を考えているんですか?」

「おや、躊躇なくできるはずじゃなかったかな?君ならば」

デイヴィッドは不思議そうに首を傾げてヨーコを見返した。その時になって、ヨーコは自分がこの施設に来ることになった理由を思い出した。ヨーコの手は震えつつもスイッチに伸びていった。

「三分間だ。三分たったら再起動をかけてくれ」

それだけ言うと、デイヴィットは靴音を残して部屋から出て行った。ヨーコは六人全員の生命維持装置をオフにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る