第9話 株式上場

「君達の会社は上場企業となった。おめでとう!」

 地上への落下防止策としてのアンカー設置。本来経費となるべきところ、アンカー用の筒一つを宇宙へ輸送する度に何故か5万ドルの売り上げになるという魔法のような経営手法。筒は予備として今も続々と宇宙に届いており、ラグランジュポイントに保管されていく。そのことによって莫大な利益が発生し、宇宙エレベータ株式会社は創業以来初めての経常黒字を達成した。そして、事業投資による巨大な借入金があるとはいえ、資産と負債のバランスがプラスであり、且つ、黒字経営に舵を切ったことで、米国株式市場への上場を果たせたというのだ。

「届けたワインは皆に行き渡ったかな?では乾杯だ」

モニターの向こうでデイヴィッドがグラスを掲げた。


 第一エレベータの先に設置する数十本に及ぶアンカーと各エレベータ間を繋ぐ吊り上げ用テザーの補強。昼夜を問わず(地上施設のあるイリアンジャヤから見て太陽が地球に隠れる時間帯を便宜的に夜と呼ぼうではないか)上がって来る資材をさばく為に、すぐさまCチームがやってきた。Bチームの事故は心因性に依ると結論付けられたことから、今回は強制睡眠状態でエレベータに乗せるという施策がなされた。結果としてCチーム三人の内、チャールズとカルロスの二人が生きて宇宙エレベータに到着した。人員輸送の成功率は33%から66%に上昇したことになる。この朗報(1人は失敗したわけだが)に気を良くしたデイヴィッドは、満面の笑顔で二人に声を掛けた。

「同じ名前なんだから仲良くしてくれよ」

そう一言述べた後、唐突にモニターは切られた。

 カルロスとチャールズという呼び名の違いはヨーロッパ言語のちょっとした方言のようなもので、元を正せば同じ名前である。根が明るいカルロスは生真面目なチャールズのことをカルロスと呼ぶおふざけをしつこく何度も繰り返した。その結果、地上にいる間に二人は犬猿の仲となっており、当然の事ながら同じ施設での作業を嫌がった。話し合いの末、カルロスが第一エレベータ、バタオネが中間設備に行き、チャールズは第二エレベータに残ることになった。三ケ所の施設にそれぞれ二人ずつの配置となったわけだが、アンカー設置作業があることにより第一エレベータの作業負担が大きい事は明白だった。すぐさまDチームを送るとの返事が地上からあったものの、いつまで待っても一向に来る気配がない。

「宇宙服の製造が間に合わないのよね」

地上通信員のヨーコはあくびを噛み殺しながら言った。

「わかったよ。全資材の発送が済み次第、俺が第一エレベータに移動する」

アローンが進言した。

「待てよ。第一エレベータには俺が行く。第二エレベータだって忙しいのは一緒だ。お前はそこに残ってくれ」

何かと責任感の強いアキラは、自分が移動すると言ってアローンを止めようとした。

「俺は最後の資材と一緒に行く。その時までにはチャールズも慣れるだろうし、いずれDチームが到着する事を考えれば、欠員は第二エレベータの方が都合が良いだろう」

二人のせめぎ合いは何度か続いたものの、最後はアローンが押し切った。

「結局どこに居ても変わらないさ。命を失うリスクと常に隣り合わせ。それが宇宙だ」

高度400kmに到達して以後の経験が、アローンの胸にその思いを刻んでいたのだった。

「しかし、またお前達と会うことになるなんて、腐れ縁としか言いようがないな」

アローンは仕方がないというように肩をすくめて言った。

無言の三秒の後、二つの施設からの音声はほぼ同時に第二エレベータに届いた。

「待ってるぜ」

二人の皮肉っぽい声を聞くと、チャールズがにやりと笑いながらアローンの肩に手を置いた。アローンは振り返ることなく右手を挙げてそれに答え、あっさりと通信を終わらせた。

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