第6話 G7+1

 遡ること数年前、瞬く間に100億ドルを遥かに超える資金を集めたデイヴィッドのプロジェクトは、世界中の知る所となっていた。そして、「安全保障上の重大な問題」として、主要先進国の首脳全員がデイヴィッドに会うことを希望した。そのためG7にオブザーバー参加するべく、デイヴィッドはシャルル・ド・ゴール空港に降り立ったのだった。

 世界中に幾多の問題が山積しているはずなのにも関わらず、G7での主要議題の筆頭に宇宙エレベータ建設計画が挙がっていた。

 会議の冒頭、議長国であるフランス大統領が口火を切って発言した。

「宇宙エレベータについて、我が国はEU域内での独自開発を提案する。個人的計画への資金提供はしない方針だ」

「それはEU内での議論が先ではないかね?」

当然のこと、ドイツが横槍を入れる。

「そもそも需要があるのだろうか」

先進国という名前にぶら下がっているだけの某国お飾り首相が疑問を呈す。

「我が国は、宇宙利用については公平性が大事だと考えております」

イエスともノーとも判別出来かねるセリフが聞こえた。日本の首相らしい発言だ。当事者の一人とも言えるアメリカ合衆国大統領は、今のところ他の出席者の話をすました顔で聞いている。どう話が進もうと、宇宙における優位は自分達の手に有ると考えているのが見え見えだった。八番目の席に着座し、会議冒頭から視線をテーブルの下に向けていたデイヴィッドは、苦笑しつつもおもむろに周囲を見渡した。

「失礼。初めに申し上げておくことがあります。私は許可や援助を求めてここに来たのではありません。世界中の人々が私のプロジェクトに注目しており、クラウドファンディングを通じて資金は十二分に集まっております」

私のという部分をデイヴィッドは強調した。

「一番若い出資者は5歳。確か、日本の男の子だったと思います。僕は将来宇宙エレベータで空に行きたいと思います。そんな応援の言葉が添えられていました」

デイヴィッドは笑みを浮かべて日本の首相にちらりと視線を送った。本来なら自慢げにするか、あるいはジョークの一つも言うところなのにも関わらず、その首相は半分口を開けてぽかんとしているだけだった。アメリカ合衆国大統領はにやりとし、その他の出席者は顔を強張らせた。5歳の子にも劣るお前達に出る幕は無いのだという、デイヴィッドの発言に込められた意図を皆が理解し始めていた。

「既に赤道直下に位置する多くの国々が土地の提供を申し出てくれています。ガボン、ウガンダ、ケニア、モルディブ、インドネシア、エクアドル、コロンビア…」

次々と名前が挙がる。これを聞いて合衆国大統領の顔色が変わった。アメリカ合衆国にも赤道直下の土地はある。宇宙エレベータは当然のごとくそこに設置されるものと、彼は思いこんでいたのだった。

「デイヴィッド君、どういうことだね?私は当然合衆国に…」

「大統領、あそこは人口密度が高すぎるのです。民主国家において住民の立ち退きを待っていては、百年たっても何も進みません」

合衆国大統領の問いかけはデイヴィッドに軽々と遮られた。

「先に挙げたどの国も、あなた方以上にこのプロジェクトの重要性を理解してくれています」

デイヴィッド以外の会議出席者全員が、驚愕とも見える表情をしていた。

「資金の提供は無用です。ただ一つ、敵対的行動に出るのだけはお止めいただきたい。本日はそれだけをお願いに参りました。我々に嫌がらせをしないでいただけるのであれば、あなた方の国で置き場所に困っている物、それらを全て引き受けます。もちろん放射能の有無は問いません。そして、居場所のない人も適性を見て採用させていただく。つまり、国政に敵対しているにも関わらず、民意の関係で処分が難しい状態に置かれている人を引き受けようということです。あなた方の国に限り、この二つを確実に実行することを約束します」

デイヴィッドは居並ぶ顔をぐるりと見回した。

「さて、お引き受けする物についての費用をお伝えします。当初運搬費用は100キログラムに付き1万ドル。ロケットによる輸送の1/100で済むでしょう。しかも空中爆発などの心配はありません。運用開始後四年目からは、更に半額にする予定です」

七人の首脳が漏らした驚嘆の声をデイヴィッドは軽く聞き流した。つい先頃まで一介の物理学者に過ぎなかった男の顔は、既に最先端企業経営者のそれとなっていた。会議の中心は完全にデイヴィッドだった。本来の主役である国家元首達は、隣に座る者同士で腹の探り合いをするという当然の成り行きに至った。そんな中で一人の男だけが、誰と話すでもなく下を向きながらも目を見開いていた。四番目に発言した日本の首相だった。

 議長の提案により、意見交換に会議は移行した。意外にも万事消極的な日本が「公平性」を切り口に前向きな姿勢を示した。それをきっかけとして我も我もと手を挙げる元首が現れ、結局、株式という形で全7カ国が資本参加することが決まった。それを受け入れることで、デイヴィッド側は先進国家を味方につけることができ、G7各国は廃棄物と人の処分先を得た上で宇宙利用への安価なルートを築けることになる。出資割合はGDP比に則ったものとなり、国の財政事情を鑑みて毎年改正されるところまで確認がなされた。しかし、7か国の出資額は全体の49%以内となった。つまり株式の半分以上はデイヴィッドが掌握するということだ。これは株主総会議決権で常にデイヴィッドが優位にあるということを示していた。そもそも資金は足りている以上、各国の出資は余計な口出しをされない程度に抑え、且つ、G7を計画に引き込むことで安全を確保する。そんな離れ業をデイヴィッドは短い会議時間の中で難なくやってのけたのだった。

 昼食を挟んだ午後の会議においても、議題は宇宙エレベータとなった。午前と同じく公平性の名の下に、宇宙エレベータの設置候補地は合衆国・欧州・日本から同程度に離れた場所が望ましいとされた。赤道直下、且つ、ロケット周回進路の関係で西側に海のある広い陸地がいくつか候補に挙がり、順位が付けられた。ここまでのまとまりをもって、G7議長から会議終了の宣言が出された。この時既に会議におけるデイヴィッドの地位は、単なるオブザーバーから他の出席者と同等かそれ以上になっていた。宇宙エレベータというある意味国ともいえる存在が突然現れて、地球を覆った一日だった。当初、合衆国という錦を掲げてスタートしたプロジェクトは、ここに来て完全に独立した存在になったのだった。

 翌日以降、世界の話題は宇宙エレベータ一色となった。世界中のマスコミが批判を込めてプロジェクトについて報道したが、世界人類のほとんどは「オゾン層を破壊することなく、だれでも簡単に宇宙に行ける」という「おとぎ話の実現」に向けて夢想を始め、批判はほとんど無視されることとなった。

「宇宙旅行?そんなのは十年先の話だ。エレベータで宇宙に運ぶのは当面の間、物が中心となる」

取材記者に向けてデイヴィッドが言い放った言葉に全世界が落胆するのは、ずいぶん先の話だった。この、人々の期待を裏切ることによるマイナスエネルギーの凄まじさにはデイヴィッドも辟易したようだ。

「宇宙エレベータ株式会社には乗務員募集の用意がある。優秀な君の応募を待っているよ!」

デイヴィッドのウインク付き動画が流れたのは、ある年のクリスマスのことだった。アップロードが年末近かったにも関わらず、件の動画はその年の再生回数ナンバーワンに躍り出た。同社が募集した6歳から12歳までの少年少女10名を対象とした地上施設3泊5日の旅には全世界から1億人を超える応募があり、小学生が選ぶなりたい職業の筆頭はもちろん宇宙エレベータ乗務員に塗り替えられることとなった。


 スピーカーに緑色のランプが灯った。メッセージが流れる合図だ。 

「物資運搬用テザー接続部が間もなく第二エレベータに到着する。直径が増す為、速やかに調整作業に入れるように乗務員は準備せよ」

デイヴィッドの声がスピーカーから流れてきた。これまでロケットと呼ばれていた施設は、この時点で第二エレベータに昇格したようだ。

「アイアイサー」

いつものヨーコの声ではないことに一瞬戸惑いながらも、アローンは冗談めかして返事をした。

「奴さんが直接指示を出すということは大きな山場ってわけか。そりゃそうだ。落っことしでもしたら、全てがおじゃんだからな」

アローンは誰に聞かせるともなく呟くのだった。

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