第3話 接続、そして、別れ

 地上施設にいるヨーコとロケット内のアキラが400kmの距離を越えて頻繁に交信を繰り返す。

「ロケットは60秒後に地上施設上空を通過、テザー先端部遅れ111.64km、プラス15秒で同地到着。只今より標高の単位をメートルに変更のこと。目標標高0~100m、カウントダウン開始。…60」

「了解。テザー高度1,000m、最終降下開始」

アキラがモーターのスイッチをオンにする。

「50」

「高度800、600、400、200、100、モーター停止」

すぐさまアキラがスイッチをオフにする。

「高度50.342m、目標高度到達。プラスマイナス1mを維持のこと」

「40、…30」

接続まで泣いても笑っても残り30秒。この日この時間帯に合わせて、全世界において航空機の赤道上空通過が禁止されている。失敗したからもう一度とは、簡単にはいかないはずなのだ。

「鳥さん、鳥さん、コースを横切らないでいてくれよ」

アローンがアキラの横でつぶやきながら右手で十字を切った。

「20、19、18、17…」

「テザー先端部、目標緯度とのずれ、現在0度0分0.8740秒、問題なし」

レーダーと映像を見ながらアキラがテザー先端位置の調整を試みる。

この日のために何度目標上空を飛行機で飛んだことか。アキラは施設付近海上の小岩や波の特徴など、全てを熟知していた。

「11、10、9…」

「0.6653、0.4839、0.2711」

この値は、テザー先端部の位置が受紐施設のど真ん中から数mとずれていないことを示していた。プラスマイナスそれぞれ500m、計1,000mの誤差を想定した計画に対して、恐るべき正確さである。しかし、限りなく0に近い値を求めてアキラは更に調整しようとした。

「おいおい、充分だろう!」

「4、3、2」

「お、見えた!」

モニターに映った平たくV字型をした建物を見てアローンが声を発した。地上施設だ。秒速8kmで進む宇宙エレベータとそこから吊り下げられているテザーの先端なのだ。あっと言う間に目標を通り過ぎることになる。そして、見えたということはテザー先端部にあるモニターが建物を捉えたということであり、その進路が正しい証拠だった。

「0。…接続完了」

スピーカーからヨーコの声と建物全体を揺り動かす振動が音となって聞こえてきた。ショックアブソーバーを備えているとはいえ、秒速8kmで移動していたテザー先端を受け止めたのだ。地上施設にミサイルが撃ち込まれたような衝撃だったのは間違いない。そしてたった今、このロケットは地上から400kmの高さを飛ぶ凧のような存在になったのだ。

「続いて第一エレベータ部、上昇開始」

ヨーコの声にアキラとアローンはハッとした。一瞬、緊張の糸が切れかけていたのだ。

「了解」

アシュケナージの返事が別のスピーカーから聞こえてきた。

直後に振動が伝わってきた。ロケットの先端部そのものである第一エレベータのブースターに点火されたのだった。

「あばよ」

アローンとアキラは天井を見上げて軽く手を上げた。あっけない別れだった。

「アシュケナージが旅立ち、その次はまたアキラの番。そして俺は地球が追い付いてくれるのを待つだけだな。気楽なもんだ」

そう言うと、機体位置の自動調整用ブースターのスイッチをアローンがオンにした。機体中に収められたテザーを第一エレベータが引張り続けているため、ともすれば地上から離れすぎてしまう危険性がある。それは地上施設の接続部分に掛かる負担が大きくなることでもある。緊張状態は当分の間続くのだ。とはいえ、想定以上に上手く事を運ぶことができたのもまた、事実だ。何せ、出発を前にした自分達にデイヴィッドはこう言ったのだ。

「Aチームは予行演習だと考えている。気楽にやってくれたまえ」

アシュケナージ、アローン、そして、アキラ。全員が二の句を告げなかった。その瞬間、死を賭した予行演習という事実が、三人の胸を揺さぶっていたのだった。

 遠い昔のことのようで、その実、ほんの数時間前の記憶が蘇って、アキラは大きく息を吐いた。命がけの試練を潜り抜けたのだという安心感が、彼の顔から読み取れた。

「一休みしろよ」

アローンがアキラを気遣って肩を軽く叩く。

「ああそうだ、一休みしなきゃな。仕事が終わったわけじゃない。むしろ、これから始まるんだ。そして永遠に続く…、それぞれが、たった一人でやらなければならないんだからな」

アキラは自らに言い聞かせるように呟いた。

「おおっと、ハードボイルドだねー」

茶化すアローンだったが、その目はアキラ同様に笑ってはいなかった。

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