第87話

「おはようございます。団長、ご相談が……」

「ロア、おはよう。エルマンと連絡は取れたのか?」

「はい、これがその書類です」


 私はエルマンさんから送られた指輪と書類を提出する。


「相談というのは?」


 ジェニース団長が書類に目を通しながら聞いた。


「実は、昨日エルマンさんと連絡を取るために令嬢としてドレスを買いに行ったのですが、ゴンボット商会のオーナーであるクッコラ・ベールマー伯爵と会いました。そして彼から伯爵家のサロンに呼ばれてしまいました。……どうすれば良いでしょうか?」


 私の言葉にジェニース団長が手を止めて私に視線を向けた。そしてその場に居たヘンドリックさんが口を開いた。


「ロアちゃん、初の潜入捜査じゃない? 凄いねー敵から誘ってくるとはね」

「せ、囮捜査ですか? 私、何にも出来ないですよ?」

「まぁ、確かにね!」


 ヘンドリックさんは笑いながらまた事務仕事に戻った。そしてジェニース団長はそのまま誰かと連絡を取り合っている様子。しばらく私はその様子を眺めていると、連絡を取り終えたらしく、団長は私を見ながらこう言った。


「ロア、誘拐されてこい」

「……ジェニース団長、令嬢としては致命的なのでは?」

「仕事だから大丈夫だ。陛下からの命令でもある」


 なんてこと!?

 私が囮という事でしょう?


 顔を引きつらせながらもう一度団長に確認するけれど、やはり囮になれと言う事だった。勿論、魔道具もしっかり準備してくれるらしい。


 敵からの動きをみすみす逃すわけにはいかないと急遽、団長他、関係者で対策会議をするようで私は家に帰り、指示があるまで令嬢として過ごしながらエルマンさんの送ってくる情報を纏めておけという事らしい。


 不安すぎる。

 何があってもいいように備えておくしかないわよね。


 とりあえず私は提出するものもしたので潔く邸に帰った。そこからの数日は特にやることも無いので侯爵家の護衛と鍛錬をしながら過ごした。先輩たちも忙しいし、学院に行く事もないし、暇だわ。


 ……狩りに行きたくなってきた。

 でもファルスは忙しいだろうし、一人で行こうかなぁ。


 ウダウダと考えていると、アンナがサロンへの招待状を持ってきた。


「お嬢様、届きましたっ。他の令嬢方に自慢出来ますね!」

「そ、そうなの?」

「ええ。サロンに呼ばれるご令嬢は殆ど居ないと言われているんですから」

「過去にどんなご令嬢が呼ばれたの?」


「侍女仲間の話ではベル伯爵家のシャーロット様やチュート子爵家のイザベラ様と聞いていますわ。どの方も舞踏会では花の名が付くほどの美女や美少女が呼ばれるようですね」


 相変わらずアンナの侍女ネットワークは凄い物がある。呼ばれた令嬢たちは今頃どうしているのか心配になる。アンナにさらに詳しく出席した人を聞いてこっそりメモを取っておく。


 中には失踪した令嬢はいるのかもしれない。でも私が嗅ぎまわると目立ってしまいそうね。とりあえず、招待状とアンナから聞いた噂話に上っている令嬢の名を記して団長に極秘便として送った。


 エルマンさんから教えて貰った方法なの。

 エルマンさんはなぜ零師団に直接資料を送らないのかって?


 それは直接王宮に送っているってバレたら敵に逃げられてしまうし、証拠隠滅もある。


 他の所を経由することで国が調べているという事を分かりにくくするためなのよね。場合によっては複数経由させて情報を全く分からなくするのもある。


 そして纏められていない情報を零師団に送られても処理する人手が足りないのだ。今回は私が送られてきた情報を紙に書き起こし、整理してから暗部に報告している。


 余談だが、王子殿下たちの行動は零師団の誰かが常に警護している。警護している人がその場で事細かに行動を書き取り、話した内容も全て書いて数日毎に零師団の部屋に直接届けている。


 皆が持っているイメージは影の護衛として常に屋根裏に付いていて、他国を飛び回って情報を仕入れたり、時には誘拐を防ぐスリル溢れる仕事だったりするのだと思う。


 実際は対象者の側に気づかれないように付いてあった事実を淡々と書いていく地味な作業が殆どのようだ。


 さて、私は引き続きサロンの招待日まではのんびりと過ごすしかないので鍛錬にこっそり明け暮れている。




 招待日前日にはなんと、零師団から当日着ていくドレスと装飾品をリディアさんが持ってきたわ。どの装飾品も一級品と思われる宝石、のような魔石が付いている。


 ……零師団の本気が見える。


 そしてドレスのポケットには私仕様のダガーが取り出せるような仕組みになっていた。アンナはレヴァイン・アシュル侯爵子息の名で用意されていた事に驚きを隠せないでいる。それはそうよね。


 婚約者でもないのにこんなに素晴らしいドレスや装飾品が贈られてきたんだもの。


 一応、アンナには口止めをしておく。


 さて、リディアさんはというと、侍女に扮していた。どうやら私の侍女として一緒に居てくれるらしい。なんて心強い。




 ついに招待状に書かれた日がついにやってきた。


 魔道具の用意はばっちりだ。朝からアンナに張り切って準備されている。私の中ではこのコルセットの締め付けで既にぐったりなんだけれど。


 準備が整ったところでベールマー伯爵家から用意された馬車が到着した。普通なら自分たちで会場となる場所に馬車で向かうのだけれど、伯爵のサロンでは違うようだ。


 馬車に乗り込みリディアさんと何気ない会話をしながら馬車の中を見渡して確認する。指輪を使ってしっかりと証拠を残しておかなければいけないしね。そして今回は腕輪も着けている。


 魔力がない、または少ない人用で装飾品の魔石を使い、魔法を使うことができる、魔力を補ってくれるという市販品らしい。これが用意されたということは私が魔力無しだと見せたいのよねきっと。


 やはり商会や伯爵は魔力無しや魔力量の低い子を狙っているのね。


 一応ネックレスはイェレ先輩特製『何かあった時用』のネックレスを着けている。万が一の事があってもきっとイェレ先輩が助けてくれるはず。リディアさんには笑われたけれどね。


 それとイヤーカフの使用許可が今日は出ている。何かあった時にすぐに他の人が駆けつける事が出来るようにと。


 完全防備で挑むことになっている。


「エフセエ侯爵令嬢様、ようこそいらっしゃいました。私、執事のモスと言います。どうぞこちらへ」


 馬車は伯爵邸に到着すると執事が出迎えてくれた。邸はこの国の一番の財力があると言われる王宮よりも大きいのではないかしら。玄関ホールからサロンまで案内された随所に贅が尽くされている。


 私は少し圧倒されながらもサロンに案内され、ソファに座った。

 どうやら今日の招待客は私だけのようだ。


 後ろには侍女姿のリディアさんがいるとはいえ、なんだか不安になる。イヤーカフに魔力を通し、通信を確認する。


 ちゃんと通じるようだ。しばらく座って待っていたけれど、誰も来ないのね。執事がお茶を勧めてくれたので飲もうか迷っていると、


「お待たせしてしまいましたね。ようこそマーロア・エフセエ侯爵令嬢様」

「ごきげんよう、ベールマー伯爵」


 数人の侍女と共に部屋に入ってきた伯爵はとてもにこやかに話しかけてきた。


「サロンへのご招待ありがとうございますわ。今日は私だけなのかしら?」

「ええ、残念ながら他のご令嬢は招待しておりません。今日呼んだのはエフセエ侯爵令嬢様をイメージしてドレスを作りたかったからなんですよ。

 前回、ラフ画を描いていて更に描きたくなったのです。あぁ、時間が掛かると思いますのでどうぞ、お茶をお飲みください」


 飲もうか迷っていたお茶を勧められては飲むしかないわよね。


 会って二度目でまさか侯爵令嬢を攫う事なんてしないわよね?


 そう思いながら出されたお茶を口にした。

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