第88話

「ベールマー伯爵、とても香りの良いお茶ですね。美味しいわ」

「分かるかい? ゴンボット商会の方で最近取り扱い始めた茶葉でね」

「そうなのですね。このお茶ならアイスティーにしても美味しそうですわ。リー、飲んでこの味を覚えてちょうだい」


 私はリディアさんにお茶の事を振ってみる。


「お嬢様、お行儀が悪いですよ。お気に召されたのなら旦那様にお願いすると取り寄せて下さると思います」

「だってあまりに美味しいですもの。是非家でも飲みたいわ。その前にリー、アイスティにしてちょうだい? リーなら出来るわよね?」

「……畏まりました」


 少しわがままな令嬢を演じながら侍女は魔力持ちで私は魔力無しだと誘導していく。私とのやり取りを見ながら伯爵が入ってきた。


「なら、グラスを持ってこさせよう。折角だからアイスティで私も飲んでみたい」


 そう言いながら執事にグラスを持ってこさせた。執事はグラスに少し冷ました紅茶を注ぎ私に渡した。


「リー、お願いね」


 私はリディアさんにグラスをお願いすると、リディアさんは私の代わりに魔法でアイスティにしてくれたわ。


 それを伯爵は見逃すはずもなく絵を描いているようにみせながらこちらの様子を窺っている。私は仲間に会話が聞こえるようにイヤーカフに魔力を流した。


「エフセエ侯爵令嬢様は魔法が使えないと聞いていたのですが、本当なのですか?」

「ええ。妹や母が周知して回っていたので皆さまご存じだと思いますが、魔力を持っていないのです。家族にもそのせいで疎まれていますから……。普段は腕輪を使うので問題ないんですけれどね」


 ちょっと切ない顔をして話をする。


「そうだったのですね。辛かったですね。エフセエ侯爵令嬢様は学院卒業後、どうなさる予定なのですか?」

「私を貰ってくれる奇特な貴族はいらっしゃいませんし、国を出て仕事に生きようと思っておりますの。我が家には跡継ぎもいるので私一人が居なくなっても問題ありませんもの」


 ふふふっと微笑みながらアイスティを口にすると、先ほどとは少し違った味がする。


「では、私と一緒に隣国で働きませんか? 貴方なら共に過ごしたい男性も大勢いますから」


 伯爵は満面の笑みを向けている。どうやら飲んだのは睡眠薬のようだ。体が怠くて瞼が重くなってくる。しっかりと零師団には音声が流れているかな。私が駄目でもリディアさんがいるから大丈夫よね。


「……ご冗談を。少し、体調が悪いわ。もう帰ります。リー、行きましょう」


 ふらつきながらも立ちあがった時。


「早速、薬が効き始めたな。リーと言っていたな。君の主人を傷つけたくなければ素直に言う事を聞け」


 伯爵の冷たい表情を最後に私は意識を失った。



 気が付くと、高い場所に小さな小窓があるだけの薄暗い場所で石畳の上に寝ていた。うぅ、まだ少し頭が痛い。


 体を起こして周りをよく見ると、どうやら地下牢と思われる場所のようだ。私の隣には声が出せないように口と手足を縛られたリディアさんが横になっている。


 そして部屋の隅には怯えて壁に張り付くようにしている女の人が数名いる。どれくらい時間が経っているのかよく分からない。そして腕輪や指輪などの装飾品は全て盗られていた。が、幸いな事に太ももの内側に付けてあった小型ダガーは三本とも無事のようだ。


 周囲をしっかりと確認した後、リディアさんを座らせて口を縛っていた布を取り払う。


「大丈夫?」

「えぇ、なんとか」


 よく見るとリディアさんには首輪がされている。


「リー、この首輪は?」

「魔力封じの首輪だと思われます。お嬢様、怪我はございませんか?」

「私は大丈夫よ。それにしてもここはどこかしら?」

「ここは伯爵邸の離れにある地下牢かもしれません」

「……そう」


 私はリディアさんを縛っていた両手、両足の縄も時間は掛かったがなんとか解く事が出来た。ダガーがあればすぐに切れるのだけれど、そうしないのには理由がある。


 壁際に女の人たちがいるからだ。


 怯えているが、中には仲間も含まれていたり、脅されて逃げようとする仲間を裏切る人がいたりするため。


 私はリディアさんと捕まった時の様子を話しながら彼女たちに見えないようにそっと極秘便を仲間に向けて飛ばした。


 これで何とかなるわよね。


 そしてリディアさんの着けていたイヤーカフは取られなかったようでそっと私に渡してくれた。


 私はイヤーカフをそっと着けてから壁際の女の人たちに声を掛けた。よく見ると私とそう歳は変わらないようだ。


 着ている服から見て平民や侍女をしているような人たちばかりで貴族の装いをしているのは私だけのようだった。


「捕まってからずっとここで過ごしているの?」


 私が女の人たちに質問をすると真ん中にいた表情の乏しい一人の女の人が口を開いた。


「私がこの中で一番長い間いるわ。ここに女の人たちが連れてこられて閉じ込められているの。時々商人のような男たちと伯爵が来て順に気に入った子を数名何処かへと連れていく感じよ」


 人身売買をしているのだろうか。


「みんなは孤児院出身なの? どうしてここに?」


 すると彼女たちは口ぐちに言い始めた。孤児院に居た子や身寄りが無い子。スラムで暮らしていた子を中心に無理やり攫われてきたり、商会で失敗してここに連れてこられた子もいたりした。


 ある程度彼女たちからの情報を得た。後は団長さんたちが助けてくれるのを待っていればいいのかしら。不安になりながらリディアさんにしがみつく。


「お嬢様、大丈夫です。リーが付いています」


 リディアさんがいてくれて本当によかった。



 そうしてどれくらい経ったのだろうか。


 自分たちで脱出するのは簡単だが、団長からの脱出命令が来ていないので今はまだ待機しなければならない。私は待機している間に入り口付近に設置されている鉄格子に触れてみる。


 どうやら普通の鉄格子のようだ。

 いざとなればここをこじ開ければいい。


 そう思っていると、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。どうやら誰かがここに来るようだ。私は鉄格子から離れてリディアさんの所に戻ってしがみつく。


「お目覚めですかな? マーロア嬢」


 やってきたのはベールマー伯爵と数人のガラの悪そうな男たちだった。


「ベールマー伯爵! 何でこんなことをするの!? お父様が黙っていないわ!」


 私はリディアさんにしがみつきながらそう口にすると、伯爵は、ハハッと笑い始めた。


「エフセエ侯爵が助けてくれる? それは無理さ。君が助けられる頃には令嬢としての人生は終わっているだろうね」

「どういうこと?」


「君は今からこの男たちに慰み者にされるんだ。しっかりと君をしつけた後、奴隷として隣国に売り飛ばす。躾けられた従順な子が欲しいと注文が入っているんだ。特に貴族令嬢を奴隷にしたい奴は沢山いて、高値で取引されるんだよ」

「けっ、汚らわしいわ!!」


 伯爵の話を聞いて怒りを覚える。

 団長、許可はまだなの!?

 イライラしてぶっ飛ばしてしまいそう。


 私はイライラしていたが、それはリディアさんも同じだったみたい。むしろリディアさんの方が怒っている様子。『ロア、私の首輪を外して頂戴』リディアさんが耳元で囁く。


 私は伯爵から見られない位置で首輪に手を翳し、そっと魔力を流し首輪を解除した。

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