第86話
「お嬢様、どんなドレスが良いですか?」
アンナは馬車の中でもウキウキといつになくテンションが高めだ。
「うーん、そうね、流行が分からないから動きやすくてシンプルな物がいいかな。アンナに見繕ってほしいわ」
「わかりました。お嬢様がゴンボット商会を知っているとは意外でした」
「そう?」
「だって、ゴンボット商会と言えば美男子の代表クッコラ・ベールマー伯爵が仕切っているんですよ! 彼とお近づきになりたい令嬢は多くて高いドレスを沢山購入するんです」
「なぜ沢山ドレスを買う必要があるの?」
「お嬢様、知らないと恥ずかしい事になりますよ!! 多くのお金を落とした令嬢はクッコラ・ベールマー伯爵と会えるのです。クッコラ様とお茶をしたり、デートをしたり、クッコラ様のためにご令嬢は大金を注ぎ込んでいると専らの噂ですよ。
それに店員は皆孤児院出身の子供たちなのだとか。どの子も見目麗しくて礼儀正しく接客してくれるんですって。孤児院の子供たちを率先して雇うって素晴らしいですよね。お嬢様もクッコラ様に会えるといいですね」
アンナから聞く話では令嬢たちが買ったドレスの売上の一部で孤児たちの支援をしていてとても素晴らしい伯爵という感じが伝わってくる。
商会が、というよりベールマー伯爵が、後ろ暗いという事なのかな? やはり行ってみないと分からないわね。アンナの話もしっかりと報告書に残しておかないといけないかも。
そうしてアンナがゴンボット商会の説明をしている間に商会前に着いたようだ。
私たちは馬車を店の前で降りてアンナが扉を開ける。
「「「いらっしゃいませ」」」
店には若い男女の店員が十人は居るだろうか。かなり多いが皆美男美女の店員が一斉に挨拶してきた。アンナはその様子に口は閉じたままだが興奮している様子。そうよね、美男美女がお出迎えしてくれるのだし。
そこから一人の男の人が私をエスコートしながら店内を案内する。
「本日はどのようなドレスをお求めですか?」
「お茶会に着ていくためのドレスを探しているの。私はそういう所に行く事がないのでドレスには疎くて」
「そうでございましたか。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「マーロア・エフセエですわ」
私はどのような目で見られているのだろうか。ふと疑問に思った。主に貴族を相手に商売しているのだから我が家を知らないはずはないわよね。
店員が一通り説明し終えるとサロンに用意されたソファに座るよう促される。
「エフセエ侯爵令嬢様。今、お茶会用のドレス担当者を呼びますので暫くお待ちください」
そう言われて私は出されたお茶を飲みながら待つことになった。アンナは侍女なので本来なら私の後ろに待機するのだけれど、ドレスを選ぶので特別に横に座っている。
彼女はお茶に手を付けていない。どうも頭の中でドレスのイメージが浮かんでは消えているようで表情は忙しく働いていた。
しばらくすると、店の奥から男の人が現れた。それと同時に店内にいた他の客から黄色い声が聞こえてくる。
「お嬢様、あちらにいるのが先ほどお話したクッコラ・ベールマー伯爵です。素敵ですよね」
いつのまにか自分の世界から帰ってきたアンナがそっと耳打ちする。
彼が例の。
クッコラ・ベールマー伯爵はこげ茶色の髪にきりっとした二重、細身で長身。かっちりとしたスーツを着こなす彼は令嬢から人気だと言われるのも納得がいく。
確かに恰好いいけれど、私はなんだか胡散臭く見えてしまったのは仕方がない。
すると事もあろうか彼は私たちの所にやってきたのだ。隣にいるアンナは大興奮、私は何かバレたのかと思い、キュッと心臓が掴まれたような感覚で生きた心地がしない。
「ようこそ当店にお越しいただきました。私がここのオーナーを務めているクッコラ・ベールマーです。本日は私が担当致しますね」
「あら、伯爵様自ら担当してくださるのですか? なんて恐れ多いのかしら。ふふっ。令嬢方に恨まれてしまいますわね」
「ははっ、そんな事はありませんよ。是非私にマーロア様を着飾る栄誉をお与え下さい」
「ふふっ。是非、宜しくお願いしますわ」
伯爵は笑顔で後ろに立っていた従者から紙を貰いささっと私のイメージに合ったドレスを描いていく。
「どういったお茶会に出る予定でしょうか?」
「エレノア・ノイズ様のお茶会に呼ばれているの」
「次期王子妃のお茶会ですか。それは素晴らしい。ノイズ公爵令嬢様と仲がよいのですか?」
「ええ、そうよ。シェルマン殿下とエレノア様とはクラスメイトでいつも私に良くしてくださるの」
ふふっと笑顔でそう答える。伯爵はとても食いつきがいいわ。
でも、どうすればいいのだろう。
とりあえず、零師団の勉強で情報の集め方をみっちり覚えさせられるのでその手順でやるしかない。
とはいえ、本来の目的はエルマンさんに会うという事なのに。私は笑顔の下でちょっと焦っていた。
伯爵と雑談している間に彼は思いついたようにスケッチを何枚か描き上げた。アンナとスケッチを確認しながら大まかなドレスを決めると、伯爵は私の手を取り、軽くキスを落とす。
「マーロア様、今度、私のサロンへ来ませんか?」
「あら、ベールマー伯爵のサロンへ呼んでいただけるの? 嬉しいわ! 人気のサロンで中々呼ばれないと聞きましたの!」
「私のサロンには限られた方しか案内しておりません。是非マーロア様に来ていただきたい。後日ドレスと共に招待状をお渡しいたしますね」
伯爵は笑顔で礼をした後、また店の奥へと入っていった。
常連客が行きたくても招かれる事のないサロン。なぜ初めて来た私に声を掛けてきたのか。
私は他にドレスに合う装飾品を見繕って貰い、会計担当を呼んだ。
会計担当者は他の従業員と遜色の無い程、眼鏡の似合う素敵な男の人のようだが、耳に私たちが着けているイヤーカフを見つけた。
……彼がエルマンさんね。
私は彼を見ると、彼も私が分かったようでほんの少し頷いた。
「エフセエ侯爵令嬢様、支払いはどうされますか?」
「支払いは家にお願いします」
「畏まりました」
私はそう言って店を出た。これで当初の目的は達成されたわね。
ホッと息を吐いて邸へと帰っていった。帰りの馬車の中ではアンナのおしゃべりが止まらなかったのは言うまでもなく、落ち着かせるのが大変だった。
そうして邸に帰ってから普段通りに過ごし、寝る前になった頃、窓をコツコツと鳴らす鳥がいた。
こんな夜に鳥? 私は疑問に思いながら窓を開けると、鳥は部屋へとやってきた。
どうやらこの鳥、言葉も話せるらしい。『ロア、君は伯爵に目を付けられた。身の安全を確保するように』そう告げた後、鳥は小さな指輪の姿になった。
魔法鳥が消え、指輪に変化したように見えるのは凄い。
どうやらこの指輪には魔石が付いていて最新式の魔道具になっていてその場で書類を写し取る事ができるらしい。
魔力を通してみると、壁に映し出された物は商会の内部記録がぎっしりと映し出していた。どうやら伯爵は孤児院を出る子供たちを使い商会の利益を上げていた様子。
ろくな報酬を出さずに不当に働かせているのね。そして最も重要だと思われる物が映っていた。
スラム街や近辺の村、王都でも魔力の無い見目のいい子が誘拐されている事にどうやら商会が絡んでいるようだ。
そうか、私は一応魔力無しの令嬢で通っているんだった。
でも、侯爵令嬢である私を攫う?
王都で馬車が襲撃に合う事なんて殆どない。やはり伯爵家に行った時に何かが起こるかもしれない。私は不安に思いながらも映し出された物を書類に書き起こし、この日は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます