第85話

「ロア、君は当面の間午前中はこの資料を覚える事、そして午後からはリディアかマルコの戦闘訓練を行う」

「承知致しました」


 そして席に座って山のように積まれた資料に目を向ける。これを全部覚えるとなるとかなり時間が必要だ。


 私は貴族だけあって家名や主な人物は覚えさせられたけれど、この資料は更に深く書かれている。人物以外も然り。領地の特徴や栽培されている物、特産品をはじめ、村の人口や特徴などかなり詳細に書かれていた。


 諸外国の情報もあるみたい。もちろん魔獣の種類、行動、特徴、出没地域などもある。


 零師団の人たちは全て覚えているのだそう。この資料の山を見て既に心が折れかかっているわ。


 でも、やるしかないわよね。


 初めての経験ばかりで瞬く間に一日が終わった。ぐったりしながら邸に帰ってきたのは言うまでもない。




 そこからひたすら資料の記憶と基礎訓練の日々が始まった。


 マルコ副団長との剣術訓練では様々な武器を使っての実践形式。リディアさんの魔法訓練では暗部直伝闇魔法や治療などの光魔法を中心とした訓練をする。


 家に帰ってソファで一休みしている間に寝てしまい、気づいたら朝になっている日が何日も続いたわ。


 偶に夜まで起きている時はアンナが湯あみ後にマッサージしてくれるのだけれど、そこでまた気持ちよくなって途中から記憶が無いのよね。そうそう、食事は朝と晩を家で摂って王宮で昼食を摂っている。


 王宮騎士団に混じって食べるのだけれど、団長からは認識阻害を掛けて食堂に入るように言われているの。


 邸から職場の往復も同じ。顔を覚えられないように日頃からしなくちゃいけないらしい。まぁ、そうよね。



 そうしている間に学院は闘技大会も終わり、前期長期休暇に入った。


 今年は護衛という名の舞踏会参加はしなくて良いらしい。その代わりに訓練と勉強漬けの日々だ。



 ひと月、ふた月と新人としての勉強が進んでいくうちに最近は訓練の合間に王都にお使いに出ることも増えてきた。


 もちろん王都に出るときは町娘の格好と話し言葉も変えるように訓練を受けた。


 レヴァイン先生に貴族の言葉を使いなさいって言われ続けてきたからかなり大変だったわ。今でも気を抜くと普通に話してしまうもの。


私にとっては貴族の話し方よりも平民の話し方の方が楽だ。


 それと、暗部特製変身魔道具も貰った。普段から使ってもいいみたい。勉強ばかりの毎日でテンションが下がり気味の私には嬉しいアイテムだ。


 変身自体はランダムならしく、髪色や目の色、髪型も性別も違う時がある。毎日違う自分って新鮮な気分になるのよね。固定も出来るみたいだけれど。


 ファルスや先輩たちから手紙がたまに来ている。勤務の内容は話せないけれど、『体調はどう? 今度一緒に狩りに行こう』と心配やお誘いの手紙。


 日々忙しくしている私の心の支えと言っても過言ではないかも。まだまだ休日は寝ていたい。


 そうそう、学院の長期休暇が終わる頃、サラは学院に上がるまでの間、預けられていた親戚の子息に嫁ぐ事に決まった。


 サラは結婚が決まり、学院を辞める事になったのだが、途中で辞める事に後悔は無かったらしい。むしろホッとしたのか最近は侍女に我儘を言う事も無くなった。


 そう思うと、やはり何処かで気を張っていて侍女たちに発散していたのかもしれない。結婚式は貴族にしては珍しく、ささやかな結婚式となった。


 サラはとても幸せそうに笑っていたわ。


 これからは夫婦で商会を切り盛りしていくのだとか。女の子としての幸せを掴んで良かったと思う。私には真似出来ないけれどね。


 テラはというと、サラの結婚式のために村から出てきたけれど、また村へ戻っていったの。そのまま王都に戻るかと父に問われてまだ村に居たいと。どうやらビオレタの産んだ子供のお世話を楽しんでしているらしい。


 テラの成長に父もオットーも驚いていたわ。とはいえ、学院もあと少しで始まるので学院が始まる二か月前には王都に戻ってくると言っていた。


 村での生活がテラにとって考え方を変える切っ掛けとなったのは嬉しい事ね。テラは赤ちゃんのお世話をするうちに自分も結婚したくなったみたい。父に婚約者を決めてほしいと言っていたもの。


 そろそろテラに婚約者がいても可笑しくない歳だし、王都に帰ってきたらお茶会や舞踏会に参加する日々を送りそうな気がするわ。


 これでも侯爵家嫡男だし、見目は良いほうだから令嬢たちはテラに群がりそう。姉としてはちょっとだけ心配している。




「ロア、陛下からの指令だ。ゴンボット商会と他国との繋がりを調べてくれ。今回はエルマンと組む事になる。エルマンは既にゴンボット商会の受付係として潜入しているから落ち合い、情報を共有するように。期間は二週間だ」

「承知しました」


 突然の指令。


 今までお使いは何度かこなしてきたけれど、初めての大きな仕事。エルマンという先輩とどう落ち合うかがまず考えないと。


 エルマンさんには会った事がないので魔法鳥や魔法便が使えない。


 一度合ってしまえば後は魔法鳥が使えるのが少し残念な所よね。因みに知らない人に郵便や手紙を送りたい時は昔ながらの人伝に送って貰うか商会を通して送って貰うのが一般的なの。


 値が張るけれど、商会なら一番近い商会の支店に送ってそこから目的の場所に届けてもらうのが確実だし、少しだけ到着が早くなる。


 ゴンボット商会は貴族用のドレスや装飾品を扱っており、最近急成長した商会で裏では違法な取引をしているという噂が耐えない。


 やはり貴族令嬢として合法的に店に赴くのが一番警戒されないよね。


 ……アンナを連れていくしかないわ。


 アンナを巻き込んでしまって申し訳ないけれど。


 私は今日の仕事を切り上げて邸へと帰った。いつもより早い帰りにアンナは喜んでいる。いつも心配ばかり掛けてごめんね、と心の中で謝っておくわ。部屋に戻ってすぐにオットーが入室する。


「お嬢さま、今日はお早いお帰りで。どうされましたか?」


 オットーは何かあると感じ取ったらしい。流石出来る執事は違うよね。


「えぇ、王宮で今流行っているというゴンボット商会のドレスを見に行きたくて帰ってきたの。アンナ、ドレスを買いに付いてきてくれる?」


「お嬢様がドレス! すぐに向かいましょう! 私がお嬢様に合ったドレスを見つけます!」


 アンナはとても乗り気だった。何だかごめんなさい。


 執事が馬車の手配している間に私は騎士服から動きやすいワンピースに着替え、アンナにせかされるように馬車に乗り込んだ。

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