第59話

「お母様、次は何処へいくのですか?」

「ここからすぐにある装飾店へ行くのよ? ドレスを買ったのに首飾りが無いなんて恥ずかしいじゃない」

「……そうですね」


 私は母の言う通りだと思い、装飾店に入っていった。


「いらっしゃいませ、どのような装飾品をお探しですか?」


 男性店員が丁寧に対応してくれる。


「ネックレスとイヤリングのセットを探しているの。良いのはあるかしら?」


 母がそう言うと、店員は揉み手をしながらいくつかのセットになっている装飾品を出してきた。よく見ると値段が凄い。


 私は一生買えない値段よね。母は私の肌にネックレスを当てて似合うかどうかを確かめている様子。


「これを頂くわ。支払いはエフセエ侯爵家にお願い」

「かしこまりました」


 それから母は普段使い用の自分の指輪とネックレスを買っていた。我が家は破産しないのかしら。値段を気にしない母。心配になるわ。


「さぁ、マーロア。王都で人気のケーキを食べにいきましょう」


 母は先ほど買った指輪をその場で着けてゆっくりと歩いて話題の店に到着する。


 母はしばらく寝込んでいたと父は言っていたけれど、本当なのかな。



 店内は見るからに貴族と分かるような令嬢や夫人たちで賑わっている。母はあらかじめ予約していたらしく、私たちは店員に個室を案内され、席に座った。


 ファルスは黙って母の後ろに立って護衛を務めている。


 いつもなら一緒にケーキを食べる所だけど、母は絶対許さないよね。アンナも食べたいだろうし、後でファルスに言ってお土産に買って帰ろう。


 私はお店自慢のシフォンケーキを選び、母は今流行りのチーズケーキを選んで食べたの。今まで食べたことがないほどふわふわなのに口に運ぶとしっとりとしてほのかに紅茶の香りがしてとっても美味しかった。


「ところでマーロア、あなたの婚約者の事だけれど、良い人がいるのよ。会ってみないかしら? 彼を呼んだからもう少しでここに来るわ」


 今日、私を誘ったのはこの話をするためだったのね。


 邸でお茶をしながら話すときっとお父様の耳に入るから言わなかったに違いない。後ろで待機しているファルスは後でしっかり報告するでしょうけれどね。


「お母様、まだ懲りていないの? 勝手な事をしないで下さい。お父様にも言われているでしょう?」

「我が家にとって良い話なのよ? 事後報告してもガイロンは反対しないわ」


 私は呆れて物も言えないわ。流石サラの母親だけはあると思う。一応私も娘だけれど。


「それは私に犠牲となれと言う事ね」


 私は思わず眉を潜め、呟いた。


「悪い話ではないわ。紹介しようと思っていた彼はね、歳は六十過ぎでちょっと年上だけれど、大富豪なのよ? 向こうも乗り気なの。会ってみたいのですって」


 母の中では話がかなり進んでいるようだ。私はファルスに視線を向けると、ファルスも眉を潜めている。


「お母様、お母様がしている事はサラと同じ事です。なぜお気づきにならないの?」


 母は嬉しそうに笑顔で話を続ける。


「だって良い話じゃない。貴族として嫁ぐのは当たり前でしょう? 貴女だってテラを助ける、侯爵家を大きくするために手伝うべきじゃないかしら?」

「今ここで話をするような内容では御座いません。邸に帰ってからお父様を交えてお話する方がいいと思いますわ、お母様」

「嫌よ。だってガイロンは絶対怒るもの。ここで貴女が頷かないと私は梃子でも動かないわ」


 ……。


 ファルスは私と視線を合わせると小さく頷き、そっとその場を離れた。


「ではサラを向かわせれば宜しいかと」


 母にファルスのことを気づかせないように妹が適任だわと話をすると、母はファルスのことを気にした様子もなく、私の話も聞き入れる様子はない。


「サラはね、魔力持ちなのよ? もっといい嫁ぎ先を用意してあげないと可哀そうでしょう? そろそろ彼が来る頃かしら」


 ……。


 母はどこか異国の人と話しているかのような錯覚を覚える程話が通じないわ。同じ娘だというのにこの扱いの違い。


 やはり母には何を言っても無駄なのか。


 母にとって私はどこまでも血の繋がりがあるだけの他人。利用するだけの物でしかない。


 そう思うと分かってはいても悲しくなる。


「ここに予約しているというお客様が見えられました。お通しなさいますか?」

「ええ、待っていたの。通してちょうだい」

「畏まりました」


 どういう人が来るのだろうか?


 私は警戒をしながら待っていると、扉が開かれ、初老と思われる男の人が個室に入ってきた。彼は恰幅がよく、手にはいくつもの大きな宝石の付いた指輪をしていて見るからに金持ちですという装いをしていてとても上品そうには見えない。


「エフセエ侯爵夫人、お待たせしました。見る度に夫人は美しくなっていきますね」

「ふふっ、冗談でも嬉しいわ」


 母は褒められて嬉しそうだ。


「で、向かいにいるお嬢さんが紹介のあった娘さんかな?」


 初老の男の人は品定めをするようにジロジロと私を見ていてとても気持ちが悪い。


「なかなかに美人なお嬢さんだ。これならいいでしょう」

「どういうことですか、お母様。私は家に戻ります。私の代わりにサラをどうぞ」


 ニヤニヤ見ている男に私の我慢の限界がきて立ち上がった。


「待ちなさい、貴女はこのまま彼のところに向かうことになっているのよ? いいじゃない。ドレスも着放題で美味しいものも食べられるし、学院に通わなくてよいんだもの。

 素晴らしいじゃない。先ほど買ったドレスや装飾品は貴女に送ってあげるから安心してちょうだい」


「……私には関係ありませんし、望んでいません。では、失礼します」

「まあまあ、元気なお嬢さんだ。だが、夫人の許可は頂いている。さあ、こちらへ来なさい」


 男は入口を塞ぐようにしている。


 ここであの男の人についていけば確実に悪いことになるのは私でも分かる。


 どうやってこの危機を切り抜けようか。


 魔法はなるべく使いたくない。今はダガーしか持っていないけど、最悪の場合はダガーを使うしかない。


 母は私の行動に困ったような表情をしているだけで動く気配はない。


「こっちです! 早く!」

「チッ。邪魔が入ったようですね。夫人また後日お話をしましょう」


 扉が開き、ファルスが大きな声が聞こえてきた。どうやら誰かが後ろにいるようだ。


 ファルスの声に男の人は渋い顔をしてファルスを力いっぱい押し、部屋を出て行ってしまった。


 ……ファルスが戻ってきた。


 窮地は脱したようでふうと息を吐いた。


「ファルス! ありがとう。助かった」

「いえ、当たり前のことですから。さて、私たちも家に戻りましょう」

「あの男の人は捕まったの?」

「後で騎士団に問い合わせてみます」

「さて、お母様、私たちも帰りましょうか」


 ファルスは無理やり母をエスコートする形で母が逃げないようにぐっと捕まえながら店を出た。勿論母がギャーギャー騒いだのは言うまでもない。


 店の外に邸の馬車が停まっていたのでファルスと一緒に母を押し込み、邸へと帰った。

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