第60話

 ファルスはしっかりと連絡を入れてくれていたので邸に馬車が到着した所で父とオットーが玄関で待ち構えていた。


 そのまま母は強制的に父の執務室へと連れてこられた。


 父とオットー、侍女長のマリス、私とファルスが執務室に入った。母以外は重苦しい雰囲気なのだが、母はその事を分かっていないのか憤然としている様子。


「……どういう事か説明をしてくれないか? シャス」


 父は溜息を一つ吐き母が話すのを待っている。


「ガイロン、だってマーロアが言う事を聞かないのが悪いんじゃない。せっかくいい話を持ってきたのよ? 今更断るだなんて失礼な話よ」

「意味が分からない。どういう事か最初から話しなさい」


 父は母のよくわからない説明に苛立っている。


「マーロアのために私の伝手で婚約者を決めてきたのにマーロアったら断るのよ? 可笑しいでしょう?」

「いつ決めてきたんだ?」


「この間のお茶会で他のご令嬢たちは既に婚約者がいるのにマーロアだけが居ないことが恥ずかしくって。

 誰でもいいからすぐに紹介してほしいってお願いしたのよ。そうしたら気を利かせた夫人たちが何人か紹介してくれたのよね。その中で一番良い方を選んだのよ」


「……相手は誰だ?」

「ショウペンス商会の会長よ。ほらっ、ちょっと歳は離れているけれどお金持ちだし良いでしょう? 後妻を探しているという話だったし、マーロアには丁度いいわよね」


 母はサラと全く同じことをしているのに気づいていないのかしら? 気づいていないでしょうね……。


 ショウペンス商会は何かと黒い噂のある商会と聞いたことがある。他国と薬の密売や人身売買などの黒い噂が絶えない商会で有名らしい。何度も騎士団から事情聴取を受けているのだが、商会の相手は貴族。


 支援している家もあるらしい。貴族の圧力もあり、証拠隠滅はお手のもののようで証拠が乏しく取り潰しまでには中々いかないらしい。


 お茶会で紹介した夫人たちはサラの事を知らない訳がない。わざと紹介したに決まっている。


「お母様、そんなに嫁がせたいならサラを嫁がせれば良いではありませんか。殿下からの叱責で婚約者に望む殿方はおりませんもの。それに先ほどの様子では私は後妻に収まるというよりも、商品としての意味合いが大きいと思いましたが?」


「サラは駄目よ。だってあの子は貴族令嬢として育ってきたのだし、魔力持ちですからね。もっといい嫁ぎ先を見つけてあげなくては可哀そうよ」


 やはり母は魔力無しの私をあからさまに見下しているし、全く話が伝わらない。


 母は平然とサラとの扱いの違いを口にした。ずっとそう思っていたのだろう。母の気持ちを知った今、私はそれ以上口を開くつもりはない。


 母の言葉で一気に部屋の空気が変わったのを感じているのは私だけではない。オットーもファルスもマリスも声に出さないが眉をひそめている。


 父はというと、黙ったままその場でショウペンス商会の会長に手紙を書き、魔法便で手紙を送った。それを見た母は怒っている。


「ガイロン、なんてことをするの!? 折角決めてきたのに断ったら私が困るじゃない」

「……どういう事だ?」

「マーロアを彼の元に送った暁には多額のお金を出すという約束ですもの」

「なぜ勝手に決めた?」

「だって私は侯爵夫人よ? 夫人として侯爵家を守り立てていかなければいけないもの」

「人身売買ではないか」

「そんな事ないわよ。お金を払っても夫人は夫人なのよ? それに仕方がないわマーロアは魔力なしなんだもの。侯爵家の足を引っ張る存在でしかないわ」

「……お前は実の娘をそう思っていたのか」


 そこに居た皆が驚きを通り越してもはや言葉も出ない状態になった。

 父は自分の頭を抑えながら母を詰った。


「サラはお茶会で実の姉を罵り、事実上貴族社会からの追放を受けた。お前は更に酷い事をしたと自覚していないのか?」

「なぜ? 酷い事なんてしていないわ?」


 母は本気で分かって居ない様子だった。


 サラは私を馬鹿にするために話をしていたわ。理解した上でやっていたけれど、母は理解すらしていない。むしろ不必要な道具を売って何が悪いの? という程度の考えなのかもしれない。


 父はどうするのかしら。


 暫く沈黙が続くかと思っていたが、魔法便が父の元へやってきた。会長からの返信だったようだ。父はすぐに手紙を開き、一部読み上げた。


『――夫人から連絡を頂いた時は正直驚きました。先日、サラ・エフセエ侯爵令嬢が殿下の不興を買い、王都を出たのは知っております。夫人はお金に苦労し、サラを助け出すために多額のお金が必要だと仰っておりました。

 こちらとしてはマーロア嬢にお会いし、我が商会で人気となることは間違いないと思っております。是非、夫人の意向を尊重し、早急にマーロア嬢をこちらへ送っていただきますようお願いいたします。目撃者を出さぬように送るのが難しいようなら私の方で人を手配しますので……。――』


 会長はサラの事を知っていたのね。流石は黒い噂のある商会。貴族社会の情報はしっかりと収集している。そして私は商会長の後妻ではなく商会で働く事になっていた。


 つまりは……。


 母は商会長の手紙を読み上げられ、青い顔をしている。


「シャス、お前はマーロアを娼婦とさせるつもりだったのか?」

「違うわっ。でも、だって、サラが可哀想じゃない。ちょっと姉の心配をしただけで王都から追放なのよ?」

「マーロアは可哀想じゃないのか」


 そこから父と母は言い合いになりそうだったが、オットーが口を開いた。


「旦那様、言い合いをしている場合ではございません。彼らと店で接触があったのですから目撃者も多くいるはずです。この事が広がる前に早急な手を打たねばなりません」


 父はオットーの言葉に我に返った。


「そうだな。シャス、お前とは離縁だ。荷物を纏めたらすぐに実家に帰るんだ。シャス、母親であるお前のやろうとしていた事はれっきとした人身売買だ。高位貴族の人身売買は特に厳しい。殿下の耳に届けば侯爵家の取り潰し、人身売買の首謀者であるシャスは死刑だ」


「……そんな。死刑なんて酷いわ! ちょっとサラを助けるためにマーロアを商会長の所にいかせるだけじゃない」

「マリス、ファルス、シャスを連れていけ。荷造りが終わるまで部屋から出すな」


 マリスとファルスは嫌がる母を強制的に執務室から追い出した。父の顔は暗い。まさか母が率先して娘を売ろうとしているとは思わなかったのだろう。


「オットーすぐに離縁の手続きを。そして王宮に知らせを出せ」

「承知致しました」


 執務室には父と私とオットーの三人だけとなった。私は先ほどの母の振る舞いに分かっていたとはいえ、傷ついた。


 魔力が無いだけでどうしてこんな思いをしなければいけないの?


「今回の事は王家はもう情報を掴んでいるかもしれないな。シャスの部屋から総出で証拠を探し出せ。抵抗するなら縛ってもいい」

「畏まりました」


 オットーは執務室を出ていった。


「マーロア、辛い思いをさせてすまなかった。魔力がないと馬鹿にされ続けたのにも拘らず、言いたいことをよく我慢していたな」


「……お父様。こうしたことは慣れております。それに、こうして私の周りにはいつも私を助けてくれる人たちがいます。その人たちのおかげで今までやってこれたのです。気にしていません。これからお母様の事で忙しくなるでしょうから私はこれで部屋に戻ります」


 私は部屋へと戻り今後どうなるか心配になる。まさか母があんな暴挙に出るとは思ってもみなかった。


 貴族同士の繋がりや業務提携、支援などで婚姻する事はよくある話だ。特にそれは犯罪にはならない。けれど、父たちが一番危惧しているのは母が犯罪組織と繋がりを持とうとしてしまった事よ。


 王家からの信頼も失墜するどころの話ではない。最悪、家は取り潰しの可能性だってあるのではないかしら。学生の私の耳にだって入ってくる程、かなり危険な商会に母は何故連絡を取ったのだろう。


 ……残念ながら母は切り捨てるしかない。

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