第53話

「では皆様ごきげんよう」


 私は殿下たちに食堂で一緒に食事でも、と誘われたけれども用事があると断りを入れたの。皆様との食事も楽しいけれど、今は一刻も早く研究室に向かいたい。


 先輩の研究室前に来た私は勢いよく扉をノックした。


「イェレ先輩、マーロアです」

「どうぞ」


 私は逸る気持ちを抑えながら部屋に入る。


「先輩! 大丈夫でしたか?」


 扉を開けると既にファルスもアルノルド先輩もイェレ先輩もソファに座っていた。


「まぁ、色々聞きたいが、まず座ってくれ」


 ファルスが笑顔でお茶の用意をしてくれる。


「マーロアたちが持って帰ってきた魅惑の実、あれは今時間停止の瓶の中に入れて保存してある。食べた後、みんなどうだった? 

 俺は二日程トイレから出られなかったね。最悪だったよ。野外訓練の時の食あたりくらい酷かったな」


「私もそうだった。散々な目にあった。もう経験はしたくない感じだな」

「私は三日程トイレから出る事が出来ませんでした。魔力も枯渇して助けも呼べないし、最悪でした。でも昨日から一気に調子が戻りました。むしろ魔力の量が増えたような気がするのですが、皆様はどうですか?」


「私も多少増えた気がするが、気持ち分位かもしれないな」

「俺も多少増えた程度だ。もともと魔力は多いからな。アルノルドもそうだろう。ファルスは見ただけでもわかるぞ? お前は倍ほど増えているだろう。魔術師になれる程度の魔力になっているな」

「やっぱりそうですか。俺も増えたなって思っていたんですよね」


 ファルスは魔力を循環してみせ、その様子をイェレ先輩は興味深そうに見ていた。


「マーロア、手を貸してごらん。君の最初の魔力と比べてみる」


 イェレ先輩がそう言うと私の手を取り、魔力を流し始めた。


「やはりマーロアは倍以上増えているぞ。上位貴族の中で少し多い位になったな。良かったじゃないか」


 私自身そう言われて少し心配になった。


「先輩、でもこれって一時的な物なのでしょうか」

「んーきっちりと調べないとなんとも言えないが、魔力を貯める器が大きくなったのじゃないかと思う。

 マーロアに魔力を流した時にそう感じた。これが限界なのかまだ伸びるのかは不明だが、少なくなる事はなさそうだ。


 これは憶測でしかないが、俺やアルノルドは元から魔力を貯める器が既に大きいんだ。例えば体全体が人の持てる器の最大値としよう。

 マーロアは膝部位の容量、ファルスは下半身位の容量といった感じだ。あの実を食べて俺やアルノルドは首位だった器が頭の先まで器になった。


 マーロアは胸の部分まで、ファルスも首部分まで器が増えたような感じに見える。

 これ以上器が増えるかは分からない。個人の資質にもよるだろうからな。


 器が大きくなったんだ。世に出回っている代物で魔石による魔力ブーストはあるが、器自体を大きくするなんて他にない貴重な代物だ」


 イェレ先輩が真剣に語っている。アルノルド先輩も頷いている。


 一時的な物でないって凄い!

 素直に嬉しい。


 上位貴族並みの魔力。魔女様やカインさんに感謝しかないわ。


 カインさんからしたらきっと微々たる物だから興味が無かったのかもしれない。私もファルスも魔力が増えた事を大いに喜んだ。


「魅惑の実は卒業研究の材料にはならないが、いい発見をした。別の視点からの発想が出来そうだ。マーロア、ファルス有難う。それに君たちが持って帰った魔獣の素材は役立ちそうだ」

「全部ザロン様が持って帰ったのではないのですか?」

「魔術師が来る前にこっそり先に皮と爪や肉の一部を切り取っておいたんだ」


 そう言ってマジックバッグから素材を出している。


 流石アルノルド先輩。これにはイェレ先輩もずるいぞと口を尖らせている。なにはともあれ私たちが魔女の森に出掛けた事は無駄ではなかったみたいでよかった。


 そうして先輩たちはまた研究に追われる日々。私たちは増えた魔力分使える魔法も増えてさらに練習に励む事になった。もちろん授業だってしっかりと勉強をしているわ。



 一年生もようやく試験と魔術大会を残すだけとなった。


 流石に私もファルスも勉強に追われている。なんとか十位以内に入りたいところね。


 クラスは試験だからピリピリと張りつめた雰囲気、という事は無いみたい。そうよね。皆は家庭教師がいて既に勉強も終わっているはずだものね。


 私たちも一応は終わっているのよ? でも、私たちは学費が掛かっているからね。


 コツコツ二人で勉強している間に先輩たちも研究の山場に入っている。偶にお菓子の差し入れをしているのだけれど、日に日に窶れてきているので心配だわ。



「今から試験を始める。何か質問があるか?」


 担任の先生がそう声を掛けた。

 私たちは今日から二日間で試験を行う。二日目は実技試験があるのだけれど、私はレポートで済むのが有難い。実技をしたい気持ちは沢山あるんだけどね。


 先生の始めという言葉で試験を開始する。私は問題を一つずつ丁寧に解いていく。この教科の試験は簡単なような気がする。全て解き終えて見直しをしてから先生に出した。同じように各教科の試験も解いていった。


 翌日も同じように試験をした後、実技の試験はレポート提出。殿下たちも難なく実技試験に合格している。今回はなんとなく全部答えられた気がするわ。


「ファルス、試験はどうだった?」

「今回は簡単だった気がする。危ないよな。一点差でAクラスに落ちたってのもありそうだし。試験が終わったら俺たちやることもないし、先輩たちを手伝いに行くか。それとも一旦邸に戻る? 確か旦那様から呼ばれていたよな?」


「あー、確かそうだった。試験の結果が発表されてから家に帰りましょう。それまでは先輩たちのお手伝いをするのがいいかも? 休暇中は狩りに行きたいわ」

「それがいいな」


「ファルスは実家に帰る方がいいんじゃない? ビオレタも首を長くして待っているわ」

「今更さー帰っても何だか気恥ずかしいよ」

「きっとビオレタは待っているわ。私もちょっと拘束しすぎた。ファルス、命令よ。実家に帰って羽を伸ばしてきなさい」

「はいはい」


 ファルスは軽く聞き流していた。本来なら幼少期に付けられた従者は大人になっても従者のままの人も多い。ファルスはあくまでも乳母の子であって従者を希望してなっている訳ではないのよね。


 ビオレタの代わりにそのまま従者として働いている感じ。彼の夢は騎士団長だし、私もファルスの夢を応援したい。


 騎士の才能がなければそのまま私の従者として働いても、冒険者仲間になっても問題は無い。でも、ファルスはきっと騎士の才能があるわ。来年からは騎士クラブに入部しないといけないしね。


 私は私なりにファルスの事も考えているのよ? 一応ね。



 私たちはそのままアルノルド先輩の研究室に向かった。


 先輩に手伝いに来たと話すと喜ばれた。どうやらイェレ先輩も手伝いが欲しいらしく、私は魔力のコントロールが得意なため、アルノルド先輩の錬金のお手伝い。ファルスは豊富な魔力のため、イェレ先輩の魔術の被験者となってお手伝いをする事になった。

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