第54話
私はアルノルド先輩の指示通りに素材に魔力を通しながら別の物質へと変化させていく。
渡された時点で最初の素材すら原形をとどめていないのでどう変化しているのかあまりよく分からない。どうやら新しい物質を生み出そうとしているらしい。
魔力を通すことができ、なおかつ軽くて丈夫な素材を作っているのだとか。それが成功すれば防具や建築素材など様々な用途に使われるようになる、らしい。そしてそれを先輩以外の技術者で成功する事が不可欠らしい。
自分だけが作れたら希少価値は上がるだろうけど、普及はしないわよね。それにその素材の生産だけに追われては新しい研究も出来ないしね。
ファルスはというと、大がかりな魔術円に必要な魔力の供給係らしいわ。イェレ先輩に魔力を流すのではなく魔法円に魔力を流す係。
あれからイェレ先輩の指導の元、人へ魔力供給が出来るように練習しているけれど、そっちの方はまだまだ難しいらしい。
そうして手伝う事、数日が経ち、ついに試験の結果が出た。
私たちはホール前の掲示板に張り出された順位表を我先にと見に行ってみた。その様子を見ていた殿下たちからは苦笑されたわ。笑顔で返したけれど、こっちは学費が掛かっているのよ! 真剣なのよ、私たちは。内心そんな気持ちで一杯です。
「ファルス、順位はどうかしら?」
ファルスは沢山集まっていた生徒をかき分けて順位を確認したようだ。
「おめでとうございます。年間総合成績でお嬢様は四位、俺は五位でした」
私もファルスも満面の笑みを浮かべた。
「やったわ。ファルスもおめでとう。頑張った甲斐があったわ」
「そうですね。旦那様には一応このあと知らせを出しておきますね。学院の方から連絡があるとは思いますが」
そう、学院から保護者あてに魔法便で通知が行き総合順位が知らされる事になっている。意識はしていなかったけれど、順位を聞いて安堵の息を吐いた。どこかやはり緊張していたのだと自覚してお互い笑い合う。
「あとは先輩たちの大会を残すのみ。今日もお手伝いに向かわないとね」
「首を長くして待っていますよ」
私たちは先輩に報告後、いつものようにお手伝いを始めた。
「そういえば、イェレ先輩は魔術大会に出ないのですか?」
私の質問にアルノルド先輩の手が止まった。
「イェレに敵う者がいないからな。毎年勝ち続けたら皆のやる気が無くなるだろう? 本人も戦うより魔法円を弄っていた方が合っているだろうしな」
それを聞いてあぁ確かにと納得する。魔術大会は騎士科と同じようにトーナメントで戦うか研究発表のどちらかを選べる。トーナメントに出るのは主に王宮魔術師志望の人たちだ。
実力があれば王宮魔術師になれなくても貴族お抱えの魔術師になることだってできる。
騎士科の闘技大会と同じく、就職のために自分をアピールする場でもあるのだ。
最上級生はほぼ就職が決まっているので研究にシフトしている人が多いと聞いたわ。
「アルノルド先輩たちが卒業してしまったらこうして会えなくなると思うと寂しいです」
先輩は『ん?』と首を傾げている。
「なぜだ?」
「え? だって王宮錬金術師は忙しいではないのですか。そんな中、会いに行くのは気が引けます」
「今とそんなに変わらないから大丈夫だ。むしろこれからも一緒に素材取りをお願いしたいと思っていた」
「錬金素材は王宮騎士が狩るのではないのですか?」
「要望を出しておいて討伐時に取れれば持って帰ってくれるが、基本的に王宮錬金術師であっても冒険者に依頼するか自分で取りに行くことになるんだ」
「そうなのですね。でもファルスは来年から騎士クラブに入る予定なので週末だけになると思います」
「あぁ、構わない。様々な素材が必要だからな」
王宮錬金術師って大変なんだな。
そうして作業を続ける事数時間。
ようやく先輩の納得のいく素材が完成しようとしていた。出来上がった素材を何度も触り、魔力を通し、形を変える等確かめている。長かった。完成しないかと思っていたもの。
先輩曰く、私が手伝ってくれたから完成まで漕ぎ着けたのだとか。残りの数日で研究結果を論文に纏めるらしい。後は一人で出来るからと言われて寮に戻る事になった。
イェレ先輩たちはどうなったのかしら。
一応、ファルスには先に寮に戻っているねと魔法鳥を飛ばしておいた。錬金を行って魔力もかなり消費した私が行っても研究の邪魔にしかならないしね。
アルノルド先輩の手伝いも終わって試験も終わり、授業も特にない日が続く。
魔術大会までのこの数日は騎士科の私たちにとっては暇な日なのだけれど、他の科は作品発表するための準備が忙しいらしい。エレノア様たちは淑女科だから前期休暇後からドレス制作を手がけているらしい。
これはどの学年も毎年同じなのだとか。そうそう、私とファルスは来年も特待生として進級する通知が届けられた。本当に有難い。
そして父からの知らせをずっと無視していたのが悪かったのか、痺れを切らしたのかついに執事が自ら学院に迎えにやってきた。前もって知らせが無かったのは逃がさないためよね。その辺オットーは抜かりない。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「お父様は後期休みまで待ってくれなかったのね」
「まだ帰って来ないのかと毎日ヤキモキしております」
「ファルスは今、イェレ先輩の手伝いで抜けられないわ」
私は仕方なくオットーと馬車に乗り込み、ファルスの話をしておく。
「ファルスからは聞いております。手伝いが終わり次第邸に向かうとの事です」
重く長い溜息をついても仕方がないと思うの。
「お嬢様、特待生おめでとうございます。侯爵家も鼻が高いですよ。旦那様に我儘を言ってみてはどうですか? 欲しい物等すぐに用意すると思いますよ」
「んー特にないかな。一般的な貴族令嬢であれば、ドレスや宝石を強請ったでしょうけれど、私は興味がないのよね。強いて言うならレコたちと武者修行の旅に出たいかも」
オットーはその言葉を聞いて遠い目をしているわ。オットーとそんな話をしている間に馬車はすぐに邸に到着した。
私は否応なくオットーのエスコートでそのまま父の執務室へと強制連行となってしまったわ。
うぅ、早く帰りたい。
「旦那様、マーロアお嬢様がお帰りになりました」
オットーはそう言って執務室の扉を開けた。
「お久しぶりです。お父様」
「マーロア、お帰り。そこに座りなさい」
私は父に促されソファに座るとオットーはお茶を淹れてそっと目の前に置いた。
「舞踏会ぶりだな。学院から通知が来た。総合成績四位おめでとう」
「ありがとうございます。今日、私を呼んだ用件は何でしょうか?」
「邸から学院に通う気はないか?」
「……難しいのは充分に承知しているのでは? サラもテラも実の母でさえも私を迎える気がないですし」
「テラは学院が始まるまで領地で勉強させる事にした。マーロアの学院の前期休暇が終わった頃くらいからだ。それとサラの事だが、王太子殿下から直接苦言を呈され、今は親戚である子爵家の領地にある商家で生活をしている。
自分の行動を反省出来なければ学院には通えないし、そのまま婚約者を探して嫁ぐ事になる」
父は何事もないように話をしているけれど、私は鳩が豆鉄砲を食らったような衝撃だった。
私が実家に帰っていない間に何が起こったの!?
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