第52話

 森を出た私たちは近くの村で宿を探した。


 翌日の朝一番に辻馬車で学院まで戻った。


 着いたのはもうお昼を過ぎていたので食堂でさっとご飯を食べてからアルノルド先輩の研究室に急いで向かう。


「アルノルド先輩。私たち、先輩に元気を出してもらうために頑張って珍しい素材を持ってきました」


 研究に没頭していたのか目の下に大きなクマを作っているアルノルド先輩。


「それは助かる。どんな素材なんだ?」

「少し大きいので庭で出してもいいですか?」

「あぁ、それならイェレも呼ぶか」


 私たちは庭に出てイェレ先輩が出てくるのを待った。

 突然アルノルド先輩から呼び出されたイェレ先輩は目の下にクマを作りながら不機嫌に庭に出てきた。


「今、とっても忙しいんだよ。つまらない物だったら雷落とすから」


 物凄く不機嫌で物騒な事を言いながらもイェレ先輩は素材に興味があるらしい。


 私たちは早速リュックから狼型の魔獣とスライムのような魔物と最初に倒した系統もよく分からない魔物を取り出した。


「どうですか? 使えそうですか?」


 二人とも見たこともない魔獣を目の前にして一瞬動きを止めた後、なにやら考え込んでいる。


 先ほどの不機嫌な様子も寝不足の疲れも飛んだのか目を輝かせて品定めをしはじめた。そしてイェレ先輩は何処かへ魔法超特急便を出している。


 アルノルド先輩はイェレ先輩と話しながら目玉や魔石、爪、皮などどうするか話し合っている。


「マーロア、ファルス。これを何処で狩ってきたんだ?」

「えっと、魔女の森です」


 ファルスが答えた。


「魔女の森!? お前たちよく生きて帰ってこれたな」

「えぇ! しっかりと対価を持って森に行きました。私たちだけでは森の魔獣は倒せないのでもう森には来るなと注意も受けました」


 アルノルド先輩もイェレ先輩もとても渋い顔をしている。


「マーロアやファルスで駄目なら殆どの人間は森には入れない。貴重な資料だ。丁寧に扱わねば」


 そう話をしている間に王宮魔術師がワラワラと沢山転移してきた。この国の筆頭魔術師のザロン様もいるわ。


「君たちがこの魔物を狩ったのか?」

「はい。助けて貰いながらですが」


 あの名高いザロン様が目の前にいる!

 

 ザロン様を間近で見た私たちは興奮と緊張で固まってしまった。


 ザロン様はそんな私たちを気にする様子もなく、唸るように魔獣を検分していく。そして魔力で死体を包んで王宮に持ち帰ることになったようだ。


「あ、あの。アルノルド先輩の錬金素材として狩ったのですが」

「……そうか。諦めてもらうしかない。すまないな。君たちには後日報酬を渡す」


 アルノルド先輩は仕方がないと笑っている。そして王宮魔術師は魔獣の死体と共にさっさと転移していってしまった。


「アルノルド先輩。すみません。折角の素材が……」

「仕方がないさ。さぁ、気を取り直して部屋でお茶でも飲むか」


 そうしてみんなでアルノルド先輩の研究室に入ってお茶を飲む事にした。


「それにしても二人とも凄いな。俺、あんな魔獣見たことがないぞ」


 未だ興奮冷めやらずのイェレ先輩は魔獣について熱く語り始めた。


 私とファルスがカインさんにアドバイスを受けた事を話すと喜んで聞き入っていた。そして魔力を格子状にして相手の事を調べる方法の話に及ぶと、先輩は興奮の坩堝に陥っている。

 私は結局投網状にしたのだけれど。カインさんもそれで良いっていってたし。


「こうか? こうか?」


 そう言いながら早速アルノルド先輩に向かって魔力を投げ始め、アルノルド先輩の眉がピクピクと動いている。アルノルド先輩が反撃に出た時、


「先輩、忘れていました」


 ファルスは思い出し、リュックの中から黄色い実が入った瓶を取り出した。


「時間がゆっくりになる瓶を貰っていて良かったです。これが噂の魔女の森で採れる魅惑の実のようです」


 先輩たちは手を止め、瓶を覗き込んだ。


「変わった実だな。これは時間を止める瓶に移し替えた方がいいだろう」


 アルノルド先輩が席を立ち、瓶を棚から探し始めた。


「マーロア、これは食べられるのか?」

「『食べても腹を下すだけだと思うけれど、微々たる物だろうが魔力は増えるかもしれない』そうですよ」

「沢山あるんだ。みんなで一個ずつ食べてみるか」


 イェレ先輩は楽しそうにそう言っているが、アルノルド先輩もファルスも嫌そうな顔をしている。まぁ、誰もお腹は下したくないわよね。


 けれどイェレ先輩の押しに敵うわけもなく皆で一つずつ食べる事になった。


「「「「いただきます」」」」


 口に含んだ黄色い実は、とんでもなく不味かった。口に広がる酸味と苦味のコラボレーション。なんて不味さなの。けれど、みんな吐き出すのは躊躇われたのかなんとか飲み込んだ。


「激マズじゃないですか!」


 ファルスはあまりの不味さに怒っている。確かに怒りたくなるのも分かるわ。でも食べても特に変わりはないような気がするのよね。


 先輩たちの頭の中は次のことを考えているようで『黄色い実を研究に回すか』と二人とも何かブツブツと呟きあっている。


 私もファルスもこれ以上研究の邪魔はいけないと思い、部屋を出ることにした。


「あの実、信じられないくらい不味かったわ」

「酷かったな。でもカインさんは腹を下すって言っていたし、俺たちも早く部屋に帰った方が良くないか? トイレに行きたくなるかもしれないし」

「……そうね。じゃぁ、また明日」


 ファルスに寮まで送って貰い、部屋でゆっくりと休んでいると、カインさんが言っていたようにやはりお腹が下り始めた。


 やばいやばい。


 お腹の痛みが全く止まらず、冷や汗がダラダラと出てトイレから離れられない。

 そして気づいたの。


 回復魔法を掛けようとして魔法が一切使えない事に。


 ……というか魔力が無い。


 恐怖に苛まれる。


 これじゃ助けを呼べないわ!!


 私は本当に魔力が枯渇した状態でトイレと仲良くなった。


 翌日は寮母さんが部屋から出てこない私を心配して声をかけてくれたので、代わりに学院に休みを知らせてファルスたちの様子も確認するようにお願いした。


 どうやらみんな同じ症状が出ているようだ。


 三日三晩魔力の枯渇とお腹の痛みと全身の筋肉痛のような症状が続き、瀕死になっていたのだけれど、四日目になった途端、今までの症状が嘘のように回復した。


 そして魔力が溢れだすんじゃないかと思うくらい量が増えている気がする。以前より倍近く増えた感じかな。


 凄い! 本当に凄い!


 魔力を抑えるのが大変になるほどに。魔力の少ない私でさえこれだ。先輩たちはどうなっているのだろう。


 私はファルスや先輩に復活した事を魔法鳥で知らせる。暫くすると先輩たちから魔法鳥が飛んできた。返事が来ないファルスはまだ復活出来ていないのかもしれない。

 

 そして明日学院が終わった後、イェレ先輩の研究室に来るようにという事だった。私も増えた魔力の事が気になっている。


 翌日、私は学院に久々に登校となった。クラスメイトの皆が心配してくれてとても嬉しくなったわ。ファルスはというと、今日の朝、ようやく症状が治まって超回復中らしい。


 午後のイェレ先輩の研究室には行けるとの事だった。ホッと一安心。私は体に起こっている変化に驚きつつも平静を装って授業をなんとか乗り切った。

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