第51話
そうして準備をして迎えた週末。
魔女の森は少し遠いのでまだ夜も明けぬうちに学院を出て辻馬車に乗り、魔女の森近くまで送り届けてもらう。馬車を降りた私たちは注意しながら魔女の森を見るけれど、他の森と何ら変わりないような気がするのよね。
「先輩のために魅惑の実が欲しいです。どうか魔女様にあえますように」
私はそう願いを口にしてから森に入った。
そして森に足を踏み入れて実感する。
ここは別世界だと。
時折する魔獣の声を聞いて不安になりながらもまず魔女の所へ向かう事にした。先輩の研究に役立つ素材が欲しい。そう思いながら。
獣道のような細い道がずっと森の奥まで続いていてどれくらい歩いたのか分からないが、一時間以上は歩いたと思う。
まだかと焦燥感に囚われ始めた頃、目の前に一軒の小さな小屋が見えた。
「ファルス、あれじゃない?」
「それっぽいよな」
私たちは緊張しながら扉を叩いた。
「はぁい、誰かしら?」
出てきたのはレースのアイマスクをした絶世の美女。この人が噂の魔女? 私たちは魔女に案内されて小屋の中へ入った。
小屋は何かの魔法が掛かっているようで見た目と違いかなり広い空間になっていた。そして様々な香草を煮詰めたような匂い。
私たちは勧められるまま椅子に座り、出されたお茶を飲む。何気なく魔女は魔法でポットやお湯を出し、淹れてくれているけれど、その様子を見るからに一般人とは比較にならない魔力なのだと分かる。
そして隣にいたファルスが震えているわ。どうしたの? とファルスの視線の先を見ると、魔女の足が蛇の尾になっている。
もしかして魔女自体が魔獣なの!? 私たちは魔物の住処に来てしまったのか、どうしようと震えていると、
「何か御用かしら?」
魔女は気にした様子も無くそう微笑みながら聞いてきた。
「は、はい。わ、私マーロア・エフセエと言います。じ、実は、学院に通っていて、先輩が錬金をしているのですが、手伝うために珍しい素材を、と思って魔女の森の中にあるという魅惑の実と少しの魔獣を狩らせて欲しくてここにやって来ました」
「ふぅん。魅惑の実? カイン、分かるかしら?」
先ほどまで誰も居ないと思っていたのに。気配一つしなかったけれど、気づいたら黒髪の執事服を着た男の人が立っていた。どうやらカインという名前らしい。
「お嬢様。偶に魔獣が争って取り合っている黄色いあの実ではないですか?」
「ああ、あれね。いいわよ。それに最近手入れをしていなかったから魔物も増えているし、狩れるのなら狩っていきなさいな」
「本当ですか!? 有難うございます」
魔女はテーブルに頬杖をついて微笑んだ。
「で、対価はお持ちかしら?」
やっぱり噂は本当だったんだわ。
ちゃんと用意していて正解だった。
私は震える手でリュックから乙女の花と聖水を出した。すると魔女は興味を持ってくれたみたい。
「あら、そのリュック。人間なのに頑張って作ったのね。……将来有望ね。それにこの乙女の花と聖水は本物ね。いいわ、気に入ったわ。カイン、付いて行ってあげてちょうだい」
乙女の花は本物だった。
私たちはホッと胸を撫でおろした。カインさんが付いて来てくれるようだ。どんな魔物が住んでいるか分からないこの森で住人が付いて来てくれるとは心強い。
私たちは魔女にお礼をしっかり言って小屋を後にした。そしてカインさんは小屋を出てから私たちに注意事項を話す。
「お前たちの実力では倒せない魔獣が多い。私から離れないように」
「「分かりました」」
小屋を出て歩き始めると先ほどとは一気に風景が代わり、何処を見ても鬱蒼とした森に変化していた。
「ファルス、さっきまでの道と全く違うわ」
「マーロア、魔物の気配が周りからする」
どうやらさっそく魔獣に囲まれたみたい。私たちは剣に手を掛けた。
ガサガサと葉を揺する音がしたと思ったら二メートルはあろうかと思われるほどの大きな魔物が目の前に現れた。見たことも聞いたこともない魔獣。六つの目がギョロリとこちらを睨みながら四本の腕が私たちを今にも掴もうとしている。
……この魔獣、前方に六つの目玉を持っているし、手が四本あるけれど、二本足で立っていてとてもアンバランスだわ。
「お前たち、私が見ているから倒してみろ」
カインさんはそう私たちに声を掛けた。
「「はい」」
ファルスは高く飛び上がり、腕を狙う。私は横から回り込み左後方の死角であろう場所から足を斬りつけた。私はなんとか傷を負わせたけれど、ファルスの剣は受け止められている。
「チッ、離せ」
ファルスは剣を取られて焦っている。
「ファルス、避けて」
剣を掴んでいる手首に向かってダガーを投げる。ナイフはしっかりと手首に刺さり、魔獣は剣を落とした。魔獣が怯んでいる隙にファルスは落ちた剣を素早く拾い、魔獣の背後に周り、魔法を纏わせた剣で切り付けた。
後ろがこの魔獣の弱点みたいね。
私は更に剣で腕の付け根を切り落とすことに成功した。魔獣も暴れだすが、あまり動きは早くないので、私たちは弱点と思われる後ろを重点的に攻撃し、最後に首を切り付けて魔獣は絶命した。
「学生でこれならまぁまぁ良いほうだろう。ファルスといったか、何も考えず上から切り付けるのは最悪な手だ。
上から切り付けるなら全力で一気に叩き込め、でないと死ぬぞ。
マーロアと言ったな。君も赤点だ。
着眼点は良いが、自分と同様か自分より強いかどうかしっかり感じろ。魔力があるのなら感知する事は可能だろう?」
ファルスは耳の痛い事を言われて自覚もしているせいかしょんぼりしている。確かにファルスの悪い癖が出たようにも見えた。
それにしても私が魔力持ちだと一目で気づいているカインさんはやはり只者ではないのね。
「カインさん、魔力を使ってどう感知するのですか?」
私は素直に質問すると、カインさんは鑑定に近いと話しながらやり方を教えてくれた。私は鑑定魔法を使えないのだけれど、それは問題ないらしい。
魔力を細かな格子状に組み、相手にぶつけるらしい。魔力で相手を包む時におおよそ敵の魔力の強さや弱点が分かるようになるのだとか。これは練習が必要だわ。ファルスは剣の扱い方のレクチャーを受けている間に私は先ほど倒した魔獣をリュックの中に入れた。
残念ながらリュックはこの一匹でほぼ埋まってしまった。
カインさんに疑問をぶつけながらしばらく歩いていると、木になっている沢山の黄色い実を見つけた。
黄色い実は一口サイズで赤いらせん状の線が付いていて少し毒々しい感じがする。
私は先ほど教えて貰った感知を早速、木に使ってみた。カインさん投網のようなイメージで対象物を包むと言っていた。
上手く網状にならないけれど、何度か木に向かって魔力を投げた。木自体は何の変哲もない木のようだけれど、黄色い実からは甘い香りというか魔力なのかな、漏れ出ているのだけは分かった。やはり要練習ね。魔獣はこれを食べているのかな。
「カインさん、この実は食べられるのですか?」
ファルスは黄色い実を事前に用意していた採取用の瓶に詰めながら聞いている。
「食べても腹を下すだけだと思うが、食べてみたいなら食べてみろ。微々たる物だろうが魔力は増えるかもしれん」
えぇぇ!? お腹を下すのね。乙女心はここでチャレンジしてはいけないと警鐘が鳴っている。でもね、僅かでも魔力が増えるなら食べてみたい。
一瞬誘惑に駆られて実を口に運ぼうとしたけれど、ファルスに止められた。
「今は止めておいたほうが良くないか?」
「そ、そうよね!」
そして当初の目的である黄色い実は採取出来た。けれど、森の魔獣は強くて私たちにとってはかなり難しいレベルだとも理解した。
その後も狼型の魔獣や形容しがたいスライムといえばいいのかも分からない魔物たちと遭遇し、戦ったの。
狼型は素早くて何度か『あ、これ死んだ』と思った。カインさんが素早く防御結界を出して守ってくれて本当に助かった。
敵の倒し方や自分の攻撃の駄目な所を的確に教えてくれて凄く勉強になる。スライムのような魔獣はカインさんに教えて貰うまで倒し方もよく分からなかったけれど、ファルスは魔法剣で、私は剣でひたすら弱点部分を中心に攻撃していった。
「マーロア、ファルス。君たちはまだまだ伸びるだろう。頑張るんだぞ。戦って分かったと思うが、この森は危険だ。今回は魔女様が許してくれたから入る事が出来た。人間のお前たちはもう来るな」
「カインさんに教えていただいた事、一生忘れません。魔獣素材も大切に使わせていただきます。ありがとうございました」
しっかりとカインさんにお礼をして森を出た。気づいていなかったけれど、どうやら森で一日を過ごしていたみたい。
すっかり遅くなってしまった。
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