第47話

「お前、魔力無しなんだろ?」


 一人がニヤニヤしている。


「ちょっとお前、顔貸せよ。俺たちと遊ぼうぜ?」

「長年侯爵の恥として生きてきたんだろ。俺たちと仲良くしたらいいことがあるかもしれないぜ?」


 アルノルド先輩は面倒だなという感じで溜息を一つ吐く。この人たち、同じ学院の人たちかしら。


 さて、どうしよう?


 折角の王宮舞踏会を台無しにできない。私は図々しい態度で名乗りもしない令息たちにイライラする。


 きっと伯爵家あたりの子息なのだろう。それにしてもなぜ侯爵家の恥と言っているのか。


 ……おおよその察しはつくけれど。


「アルノルド先輩、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。そろそろ帰りましょうか」

「ああ、そうだな。送っていくとしよう」


 私たちは令息たちを無視して皿を従者に渡し、その場を後にしようとする。


「おい、無視かよ」


 一人の令息が私の肩を掴もうとしてアルノルド先輩に手を取られ、捻り上げられる。が、もう一人の令息が回り込み私たちの前へ来て邪魔をしてきた。


「はぁ。ここは王宮の舞踏会だと理解していますか? 恥ずかしくないのですか?」

「魔力無しが何をいっているんだ?」


 令息たちはニヤニヤしながら馬鹿にしたような態度を取っている。


「先輩、彼らは私を使って憂さ晴らしか何かしたいのでしょうか?」

「あぁ、そうかもしれないな」


 先輩はホールを巡回している騎士と思われる従者に片手を少し挙げ呼ぶ。するとすぐに数人の従者の格好をした騎士たちに令息は連行されていった。


 王家の主催である舞踏会で高位貴族にこのような振る舞い。彼らのような考えなしの人たちが治安を悪くさせているのだろうか。


 アルノルド先輩は抗議を出すと言っていた。先輩はもちろん令息たちを知っていたようだ。


 一応、私も貴族名鑑は頭に入っているけれど、実際に顔を見ても情報とは一致しにくい。


 私は先輩に部屋まで送り届けて貰うとお礼を言って別れた。


 待機していた侍女たちがすぐにドレスを脱がせてくれる。化粧も落としてようやく一息つけたわ。


「このドレスを侯爵家へ明日お届けしておきます。このまま部屋に宿泊されますか?」

「ありがとう。そろそろファルスも迎えに来るからこのまま寮に帰らせてもらうわ」


 そして私はファルスのお迎えと共に寮に帰った。


 もう当分舞踏会はいいわ。

 ご遠慮したい。

 最低限のシャワーをしてからそのままベッドへダイブ。


 気づけばすでに日が高くなっていた。


 私としたことが寝すぎたわ。ちょっと反省をしながら食堂へと一人でやってきた。今日はファルスもゆっくりしているはず。私ものんびりと遅い朝食を摂る。


 今日は何をしようかしら。


 昨日の令息たちの事を思い出してイライラしてきた。


 私は食後にこのイライラを発散すべく鍛錬場に向かうことにする。

 やはり休みの日は誰も居ないわね。私はいつもより重い錘を追加して訓練を始めた。


 あの場だったから命拾いをしたわねあいつ等。

 今度あったら半殺しよ!!


 そうしてこの日はひたすら鍛錬で一日が終わってしまった。


 長期休みも残りわずかだ。


 ファルスはというと、舞踏会の翌日は報告をしに侯爵家へと行っていたらしい。

 令息たちが私とアルノルド先輩に絡んでいた所を父たちも目撃していたようで相手の家に抗議を送ったと聞いた。


 その後、彼等は親にこってり絞られて私宛に謝罪文が送られてきた。

 謝罪文にはやはり妹も含まれていた。普段から妹がお茶会で言いまわっているようだ。妹の話を真に受けた令息たちが起こした事だろう。


 ……溜息しか出ないわね。


 父たちはどう思っているのかな? 聞いてみたいけれど、邸に戻る用事もないのでそのままになっている。

 今日は長期休み最終日。


 あれだけあった長期休みが懐かしく思える。

 私たちはというと、いつものようにイェレ先輩の研究室に来ていた。


 そうそう、舞踏会の会場内では何も無かったのだが、外では襲撃があったらしい。警護の人たちが見つけて大事になる前に処理したってイェレ先輩が言っていたわ。

 

 国内の情勢は私が思っているよりも不安定なのかもしれない。

 今後どうなるのだろうか。


 因みになぜそんなに国内が不安定になっているのかという理由の元凶は王兄だったりする。


 もう二十年近く前の話なのだが、当時、第一王子であった王兄は王太子として順風満帆な人生を歩んでいた。


 だが、異世界人ヒナという女の子が現れてからおかしくなった。ヒナはとても可愛い人だったようで王兄や側近たちは魅了に掛かったようにヒナを持て囃した。


 ヒナの考え方は当時も、今も、あまり受け入れられる考え方ではなかった。男女差別は良くないという事から始まり、貴族、平民、王族は同じ人間なのだから身分は関係ない。


 王が国を治める必要はない、と王国を根幹から揺るがすような思想だった。


 ヒナが住んでいた世界ではこの世界よりも文明が進んでいて平民たちも自由を謳歌していたという。


 王家は異世界の文化を取り込むようにヒナを保護しながら聞きとりをしたそうだが、どうやらヒナは若すぎた。


 ドウロ、ヒコウキ、アスファルトなど様々な話は出てくるのだが、作り方を知らなかった。


 つまり、使えないのだ。何にも役に立たないのに口ばかり立つヒナ。


 当時の陛下はすぐに見切りを付け、ヒナを何処かの貴族へ嫁がせる事にしたらしい。


 そこで第一王子であった王兄は名乗りを挙げ、王位継承権を放棄した上でヒナと婚姻する事になった。


 二人は婚姻してからも仲睦まじく過ごしていたようなのだが、ヒナはあっさりと流行り病に侵されて数年後に亡くなってしまった。


 王兄はそこから少しずつ人が変わったようになり、ヒナの考えをこの国にも取り入れたい、取り入れるべきだ、王政を無くせ、と考えるようになり、ヒナに感化された側近など極一部の貴族もその考えを元に動いている。


 というのが今の流れなのだ。


 王兄はそう言いながらもやはり王家とは血縁関係にあるため、口うるさく言いながらも特に手を出す訳ではない。


 ほんの極一部の過激な考えを持つ人々がヒナの思想に感化され、王家を襲撃するという行動に出るのだ。


 王家にしろ他の貴族たちにとってヒナの思想は受け入れられる物ではない。


 人々には兵を纏め上げ魔獣に立ち向かう強いリーダーが必要なのだ。魔力を無くさないための貴族システム。魔力のない平民と交わっていけば国は魔物に対処する方法が無くなるのだ。


 魔力を持たない私が恥だという考え方もそこから来ているのだろう。こればかりは仕方がないのだ。


 私だって納得している部分もある。だからこそ私は気楽な平民の冒険者になりたいと思っている。


 王家だって黙って襲撃されているわけではない。人々の不満を減らすように努力をしたり、治安維持に力を入れたり、している。


 王家を是としている貴族が殆どだ。それに異世界人ヒナの思想も年々忘れ去られ始めている。襲撃も昔に比べて減りつつあるという話だ。


 話が大分逸れてしまった。


 イェレ先輩と話をしながら魔法円の勉強も今日で一旦終わりとなった。


 ここからイェレ先輩もアルノルド先輩も卒業に向けて研究が忙しくなるみたい。


 私とファルスはこれから勉強の後、イェレ先輩の作る結界内で魔法特訓。週末はギルドへ行って魔獣討伐になる予定になった。


 明日から学院がまた始まる。

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