第46話
「先輩、ダンスがお上手なのですね」
「まぁ、これでも一応貴族の端くれだからな。マーロアも上手だ。皆が私に嫉妬の目を向けているのが分かる。マーロアと踊りたいと思っているんじゃないか?」
「ふふっ。ご令嬢方はアルノルド先輩に熱い視線を送っているようですよ。私は殿下の護衛もあるからアルノルド先輩としか踊りません」
「私だけと踊る、か。嬉しいことを言う。まぁ、私も他の令嬢と踊る気はないから曲が終わったら一旦バルコニーへ出ようか。その後、警護に戻るといい。
俺は少しばかり挨拶回りをしてくる。ファルスが殿下の警護に回るだろう。アイツならしっかりやってくれるだろうしな。少ししたらマーロアの所に戻る」
「わかりました」
曲の最後に先輩にクルクルとターンさせられてフィニッシュ。これには私もハッと目を見開いたわ。アルノルド先輩はふっと笑っていたずらに成功した子供のような顔をしていた。
会場はキャァと黄色い声が上がったのは気のせいではない……よね?
「もうっ、先輩。びっくりしました」
「ふふっ、面白かっただろう?」
そう話しながらエスコートされ、そのまま私たちはすたすたと歩いてダンスホールを後にする。
そう、誰にも声を掛けさせないように。
バルコニーへ出てホッと息を吐いた。
外は日も落ちて涼やかな風がダンスをした後の私には心地よく感じる。普段から討伐に出ていて意外に活動的なアルノルド先輩なのだけれど、ダンスはまた違った一面を見られた気がする。
それはきっと先輩も同じかもしれないけれど。
まだ舞踏会は始まったばかりなので広いバルコニーには私たちだけしかいなかった。
「先輩、とても楽しいダンスでした」
「そう言ってくれると嬉しいよ。君のファーストダンスの相手が私ですまなかった。君の父上に申し訳ないなとそう思っているが……」
「私は家族とは縁が薄いようですし、ファーストダンスがアルノルド先輩で良かったと思っています。本来なら今日は一人で参加でしたもの。感謝しかありません」
「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。さぁ、そろそろ警護に戻った方がいい。少ししたら私も合流する。何かあればバルコニーに出てイェレを呼ぶといい」
「分かりました。では後ほど」
私たちはダンスホールにゆっくりと戻った。先輩は知り合いを見つけたようでそのままホールに入ってから別々に歩いていく。殿下たちもダンスを終えて貴族たちの挨拶を受けている。
私は特段することもないし、殿下の側の方で壁の花になる。そしてトレーを持って近くに寄ってきたファルスに声を掛ける。
「喉が渇いたわ。果実水はないかしら?」
「でしたらこの果実水をどうぞ。ダンス、とても上手でしたよ」
「ふふっ、しっかり目に焼き付けてくれた? 私が踊るなんてレアよ、レア中のレアだからね?」
「……そうですね」
私はファルスから果実水を口に含み喉を潤す。周りを注意して見ているけれど、怪しい人はいなさそうなのよね。流石に高位貴族ともなれば直接手を下す事なんてしないわよね。
でも魔獣を呼び出そうとしたのだから何か控えてはいそうだし。
もしかして上から?
イェレ先輩が見張ってそうだけど。後は毒?
まさか突然の殺傷なんてないわよね……?
私は一瞬思考の海に潜っている所に声を掛けられた。
「……ロア、マーロア」
ふと視線を向けると、父と母が目の前に立っていた。
「お父様、お母様。ごきげんよう」
「マーロア、そのドレスはどうしたのだ?」
「邸から持ってきたドレスを殿下が王宮の針子を貸して下さったのです」
「マーロア、恥ずかしいわよ。我が家でもドレスはちゃんと用意出来るのよ? 我が家に恥をかかせないで頂戴」
「お母様、申し訳ありません。ですが、今回は突然の話でドレスが間に合わなかったのです」
「シャス、そう責め立てるな。今回ばかりは仕方がないだろう。この間ドレスを注文したのだから次からはそれを着なさい」
「分かりました」
「マーロア。貴女、先ほどガウス侯爵子息のエスコートだったわよね? どうやって知り合ったの? しっかりと母に紹介しなさい」
いつもはオロオロとしている母は外ではしっかりと侯爵夫人をしているのね。
「ガウス侯爵子息は学院でお世話になっている先輩です。今日の舞踏会を一人で参加する予定だった私を見かねてエスコートして下さっただけです」
母がまだ聞き足りないと口を開いた時、父が止めに入った。
「シャス、これ以上、今は聞くな。邸に帰ってからにしろ。マーロアは忙しいのだ。邪魔するな」
「ですがっ、……そうですわね。マーロア、早く家に帰ってきなさい。貴女には淑女として足りないところばかりだわ。困ったものね。ただでさえ……」
「シャス」
「……落ち着いたらそのうちに帰ります」
父は母を連れてその場から立ち去った。父なりの気遣いなのかもしれない。それなら邸での彼等の発言を何とかしてほしいものだが。
私が魔力無しという事実は父にとっても母にとっても重い物なのだと思う。
母にとっては『出来損ないの娘を産んだ出来損ないの母』と思われる事が苦痛なのだろう。
父よりも私と関わりたくない思いは強いのかもしれない。
重い息を一つ吐き、気分を変えるように周りを見渡す。
そろそろ殿下たちが会場から退場するようだ。いつもなら夜遅くまで会場にいるらしいのだけれど、王族が狙われているため早々に退場となるらしい。
私はそっと壁際から移動し、素知らぬふりで殿下の後ろに着くように歩き始める。
周りを警戒しながら歩くけれど特に不審な動きはないようだ。殿下たちが会場を出ると、一気に近衛騎士が周りを囲み警護に当たった。
これだけの騎士がついているのだから私は居なくても大丈夫じゃない?
近衛騎士がこれだけの数で移動しているのを見ると物々しい。
殿下は王族の居住区まで警護されながら入っていく。私の警護はここまで。
私はまた素知らぬふりをして会場に戻った。
打合せの時にここからは私の好きなようにしていいと殿下は言っていた。と、なればすぐにでも帰るに決まっているわよね。
ファルスも同様に殿下の退場と共にお仕事は終わり。今は騎士団に向かっているはず。
「マーロア、お帰り。そしてご苦労様。お腹が減っただろう? あっちで少し軽食を摂ってから帰ろう」
ホールに戻るとすぐにアルノルド先輩と合流した。
「アルノルド先輩、もう挨拶回りは良いのですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
私は様々な軽食が置かれていた皿とにらめっこしてサンドイッチとローストビーフやテリーヌを小皿に取った。
「マーロア、肉はいいのか?」
先輩が心配そうに聞いてくる。いぇ、そこまで肉に必死な訳ではないのよ!?
「先輩、そんなに肉が欲しそうに見えてましたか!? ローストビーフも入っているし、十分です。流石にこの場で猫位は被りますよ!?」
私はそう話すと、先輩はそれもそうだなと納得したようだ。普段の先輩の持っている私のイメージって。解せぬ。
そうは思いつつ先輩と雑談しながら軽食を食べていると数人の令息たちが私たちに声をかけてきた。
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