第41話

 玄関ホールでファルスと待っていると、珍しくテラが玄関ホールに顔を出した。


「何か玄関で騒がしいと思えば、マーロア姉様でしたか。どうしたんですか? 突然家に帰ってきて。それに騎士服ではないですか。淑女とはほど遠いですね。寮から追い出されたんですか?」

「あら、テラ。久しぶりね。元気にしていたかしら? 荷物を取りに来ただけよ」


 テラが嫌な物を見るように私に言っている。本当に誰に似たのかしら。貴族らしい貴族ではあるのかもしれない。

 

 魔力の無い人間を排除してきた貴族社会ではそういう考えの人も少なくない。


 まぁ、家族として考えるならあり得ないと思うのだけれど、私は家族と家族らしい生活をしたことがなかったから仕方がない。


 テラの嫌味を躱しながら待っていると、すぐにオットーはアンナと共にドレスや装飾品が入っているであろう大きな箱を抱えてサロンへとやってきた。


「マーロアお嬢様、お待たせいたしました。馬車にお乗りください。学院へと送らせていただきます」


 オットーは従者に馬車を用意するように指示を出していると、


「マーロア姉様、何? ドレスなんて学院に必要なの? 騎士の姉様には必要ないんじゃないの? それって既製品のドレスだよね? そんな安物を持ってどこにいくのさ? 全く……侯爵家の恥でしかないよ」


 王家からの依頼だなんてテラに知られるのはあまりよく無さそうな気がするので黙っておくことにする。


「あら、恥だと思うのならお父様に話しておいてちょうだい。じゃあね、私は忙しいの」


 まだテラもサラも舞踏会に参加する歳ではないので会う事はないからまだいい。私とファルスはさっさと馬車に乗り込み、邸を出た。


 馬車はそのまま行き先を学院から王宮へと変更した。王宮の入口で待っていた従者にドレスを渡した後、馬車は私たちを寮へと送ってくれた。


 流石に私もファルスもクタクタに疲れたのでこの日はそのまま部屋で休む事にした。





 次の日、朝の訓練を終えた後、いつものようにイェレ先輩の研究室で魔法円の書き取りをしているとアルノルド先輩が何か得体の知れない物を持って部屋に入ってきた。


「イェレ、これを見てどう思う?」


 アルノルド先輩が差し出した得体の知れない何か。それはスライムのようにブヨブヨとしているのだが、色が紫や青が混ざりとてもスライムではない。


 そしてその何かは脈打っているのだが、脈打つ度に黒い瘴気のような物がじわりと出ている様子。


 そしてそのブヨブヨの中央にはギョロリとした目玉が付いていた。


「アルノルド! 何だこれは? 絶対駄目なやつだろう!?」


 イェレ先輩もその何かを見てギョッとしている。確かに、見るからに怪しさ一杯の何かだ。絶対駄目な奴だと魔術素人の私でも思う。アルノルド先輩はよくそんな物を持ってきたわ。それにこんな物を何処で見つけて来たのかしら。


「イェレ、これはきっと呪術に使われた何かだと思う。たまたま素材が足りなくて近くの林に素材を採りに行ったんだが、魔法円の真ん中に置かれてあった」

「魔法円!? よく持って戻れたな!?」


「あぁ、魔法円は何かを呼び出すような物だったからすぐに破壊できたぞ? きっとこの何かが呼び出すための物なんだと思って持って帰ってきた。なんだか凄いな。それに気持ち悪いよな」


 気持ち悪いと言いながら素手で持っているアルノルド先輩の方が凄い。強者だ。


「で、だ。ちょっとこいつを解析してほしい」

「……仕方がないな。でも、俺は触らないからな!」


 アルノルド先輩がそういうと、イェレ先輩は足元の収納箱から一枚の板を取り出した。

 イェレ先輩は何やら特殊な魔法円が彫りこんである銅板のような板をテーブルの上に置くと、アルノルド先輩が魔法円の真ん中に怪しい物を乗せてた。


 そしてイェレ先輩が呪文を唱え始めた。私たちはジッと状況を見守っていると、アルノルド先輩は手を魔法で綺麗にしてから戸棚を開き、お茶セットを取り出すとお茶を淹れ始めた。


 気にしないと思っていたけれど、あのグロい物を持った手は綺麗にしたかったみたい。

 アルノルド先輩の行動を見ていた私はクスリと笑った。


「いいんですか? 勝手にお茶を飲んでしまって」

「あぁ、構わない。この鑑定は相当、時間が掛かるだろうからな」


 そう言って三人分のお茶を淹れて飲んでいた時にふと思い出した。


「アルノルド先輩は今度の舞踏会に参加されるのですか?」

「あぁ、一人で参加する予定だ。マーロアは不参加なんだろう?」

「昨日、王家から殿下の警護で舞踏会に参加して欲しいと言われました。ファルスも王宮の従者として舞踏会に参加する予定なんです。私は残念ながら一人で会場入りしますが」

「なら私がエスコート役を買って出てもいいだろうか?」


 私は少し考えてから口を開いた。


「アルノルド先輩、私で良いのですか? 魔力無しの令嬢など笑い者になるのではないですか?」


「そんなことは気にしていない。気にする事でもないぞ? 言いたい奴は言わせておけばいい。私たちが本当のマーロアを知っていればそれで十分だろう」


 アルノルド先輩はなんだそんな事か、くだらないといいながらお茶を上品に飲んでいる。その姿を見て私はちょっと心が軽くなった。そうよね。


 先輩に言われてみて本当は心のどこかで傷ついていたんだなって感じた。


 私にはファルスやレコ、レヴァイン先生やビオレタ、ユベールがいる。アルノルド先輩もイェレ先輩も私の境遇を知っても嫌う事はなかった。


 クラスのみんなだってそう、気を使ってくれていると思うけれどね。皆が私を嫌っているわけではないのよね。


「アルノルド先輩、エスコートをお願いしても宜しいのですか?」

「あぁ、こちらからお願いしたいくらいだ。宜しく」


 当日、ドレスを王宮で着る事を説明し、会場の入り口で待ち合わせをする事になった。イェレ先輩はというと子爵なので会場外の警備を担当するのだとか。


 舞踏会の話をしながらお茶を飲み、また私たちは魔法円の書き取りをしている。


 イェレ先輩はまだ何かブツブツ言いながら鑑定を進めているようだ。アルノルド先輩がイェレ先輩の代わりに私たちの魔法円を見ながら説明やアドバイスをくれる。アルノルド先輩の話は丁寧で分かりやすかった。


 そして私たちの今後の方向性を熱く語っていたわ。


 ファルスはやはり剣と魔法を同時に併用して攻撃していくようなスタイル。私は剣で攻撃するのをメインにし、身体強化や補助魔法、錬金といったスタイルに持っていくように持っていく方が伸びがいいみたい。


 二人で活動するならファルスに求められるのは火力。私に求められるのは補助する力、がいいのではないかとなった。


 鑑定が終わるのは数日掛かるらしい。その頃には私たちが覚えている魔法円の基礎も終わるようなのでそこから個別での訓練になると言っていた。


 基礎とはいえ錬金も覚える事が出来るなんて楽しみ。


 そうして翌日からの数日間、アルノルド先輩の研究室に移り、研究室の掃除と魔法円の書き取りに精を出した。

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