第40話

 そうしてまた一週間が過ぎた頃、寮に帰ると侯爵家の侍女三名が私の帰りを待っていた。


「マーロアお嬢様、ドレスの採寸にやって参りました」

「私は頼んでいないわ?」

「旦那様からで何かあった時にドレスが無いのは困るだろうとの事です。それと王家から手紙が来ております」


 侍女たちは私の部屋へと入るとテキパキとサイズを測っていく。


「ドレスが出来上がり次第、お嬢様へ連絡をするようになっております」


 と、深々と礼をしたかと思うとさっさと侯爵家へと帰っていってしまった。


 特に侍女たちと仲良くなりたい訳ではないけれど、会話する事もなくさっさと帰っていく様子を見ているとあまり良い印象は持たれていないのかもしれない。


 まあ、仕方のない事だけどね。


 そして私は王家からの手紙を開けて読むと、今度の舞踏会に参加して欲しいとの要請だった。


 あくまで要請ね。


 どうやら侯爵令嬢としての参加というより、殿下の護衛としての参加のような書き方に見えるのよね。詳しい話をしたいので王宮に来るようにと書かれてあるもの。


 明日、イェレ先輩に相談してみよう。


 王宮内の事なら先輩の方が詳しいだろうし。王宮に弓を引きたい訳でもないのであまり気は進まないが参加する方向になるだろうなとは思う。


 父は王家からの手紙が届いたのをきっかけに急いでドレスを手配しなければと思ったのだろう。


 舞踏会までの期間は短いし、きっと間に合わないわ。既製品になりそうね。私としてはそれでも構わないけれど、侯爵家としては恥になるのかもしれない。


「ファルス、今回の王家からの話はファルスにも来ているの?」

「俺には来ていないなぁ。そもそも平民だし、従者だし。あれだろ? 確か、呼ばれたのは上位貴族の舞踏会なんだろ? 俺は従者としても付いていけないと思うぜ?」

「そうなの? 不参加っていう選択肢は出来ないよね」

「王家から直々にお願いが来ているんだろう? 謀反の意志ありと思われたくなければ行くしかないと思う」

「やっぱりそうよね。憂鬱だわ」

「さぁ、行くか」


 私たちは制服に帯剣したまま王宮へと歩き出した。



 ファルスは先触れをちゃんと出してくれていたようで門番に話しかけると、すぐに案内従者が案内をしてくれた。


 今日はシェルマン殿下の執務室らしい。私たちは騎士の礼を執り執務室に入室した。


「シェルマン殿下、おはようございます」

「おはよう。マーロア嬢、ファルス君。よく来てくれたね」


 シェルマン殿下の部屋は高級な調度品が置かれており流石王族の執務室という感じで本や書類は多いが、整理整頓がなされていて殿下の人柄が見えるようだ。


 もちろん執務室には側近のファノール様ともう一人の男の人が仕事をしている。そして宰相がソファに座っていた。


「宰相様、おはようございます」

「エフセエ侯爵令嬢よくきてくれた。早速だが舞踏会の話をしたい。こっちへ」


 私は宰相に促されるままソファへ座る。もちろんファルスは従者なので私の後ろに立つ。シェルマン殿下の従者がお茶を淹れてくれた物を口にする。


 高級な香りがしてとっても美味しい。そんな事はさておき、私は宰相に尋ねる。


「宰相様、舞踏会のお話なのですが、シェルマン殿下の警護なのでしょうか?」

「そうなのだ。今回は高位貴族の舞踏会なのだが、王宮に殿下に危害を加えるという脅迫状がきたのだ。

 ただの脅しだと思うが、最近王族を狙った犯罪組織があるようでな。一部の貴族が関わっている情報が上がってきているのだ。


 勿論舞踏会の警備はいつもより多く配備しているのだが、会場内に入り、参加者に紛れ殿下を守れる者は少ない。

 すぐに対応出来るように側に警護の者が付いているんだが、万全を期したいのだ。


 それにはクラスメイトであり、闘技大会優勝者のエフセエ侯爵令嬢が適任だと思ってな。なぁに準優勝のファルス君も当日は王宮の従者として会場に付いてもらう予定だ。侯爵には既に許可を取ってある」


 ファルス自身は出なくていいと思っていたようで突然降って湧いた話に『えっ』と小さく声を溢していた。


 ふふっ、道連れね。


「宰相様、私、ドレスを持っておりません。当日は騎士服を借り受ける事は出来るのでしょうか?」

「なに? ドレスを持っていないのか? 侯爵家の令嬢なのにか?」

「私は幼少より領地で育ったため、です。村には必要ありませんから。私はまだデビュタントもしておりませんし。今、家は急いで用意してくれていると思いますが間に合うかどうか」


 私は自分で言っておいて慌てて父をフォローする。こんなところで我が家の恥を晒しちゃ不味いわよね。


「……それは本当か!? こちらで急ぎ用意させるよう手配する。我が娘の使っていないドレスがあったはずだ」


 宰相はとても驚いているような少し怒っているような様子で話をしている。


 この国では大体十五~十六歳前後の貴族令嬢はデビュタントというものがあり、白を基調としたドレスを着て舞踏会に参加する。


 デビュタントを迎えたことでようやく大人の仲間入りとされ、各舞踏会に参加するのがごく一般的なのだが、招待状があればデビュタントがまだでも舞踏会に参加している令嬢もいる。

 あまりその辺のルールは厳密に決められているわけではない。


 デビュタント前に舞踏会に出る令嬢も中にはいるので今回私が舞踏会に出ても顰蹙を買う事はないけれど、侯爵家の令嬢であり、魔力無しの令嬢なので話題の中心になってしまうのは間違いない。


「お嬢様、失礼します」

「何かしら?」

「学院へ入る前に既製品ですが五着ほどドレスを用意してもらった中に一着舞踏会に着ていけるドレスがあったと思います。期限までに多少のアレンジで参加出来ると思います」


「そうだったかしら。では侯爵家に帰ってアンナにお願いすればいいかしら」

「それなら王宮の衣装担当にお願いするといい。早くて流行に合わせてくれるよ」


 シェルマン殿下が羽根ペンをクルクルと回しながらニコニコと口を開いた。


「いいのですか? 既製品なのですが」

「いいよ。すぐに持っておいでよ。城でドレスを用意すれば当日にそのまま着られるだろう? いつも不参加のマーロア嬢がこの舞踏会に出席してくれるだけで助かるよ」


 そういうものなのかしら。私は有難くドレスを王宮の衣装担当の部署に持っていく事にする。もし、次回がある場合は侯爵家で用意したドレスが間に合うはず。


 貴族って本当に面倒だわ。と、思いつつ、途中から王族の護衛専門の第1騎士団長がそこから加わり殿下の警護の仕方や、ファルスの警備の仕方を事細かく指示された。


 私も一臣下として陛下たちを身を挺してお守りするという最低限の考えは持っているのよ?


 当日は私もじっと立っているのは変に思われるのでダンスを請われたら踊ってもいいらしい。気が進まないのは仕方がない。あ、ちゃんと日当は出して貰えるのだとか。


 細かな打ち合わせを終えて私たちは邸に戻った。


 王宮の打合せを終えた時点でぐったりだったのだけれど、玄関ホールで出迎えてくれたオットーに先ほどの話をして私の部屋のドレスを持ってきてもらうように伝える。


 オットーからはサロンでお待ち下さいと言われたが、玄関ホールで待つことにした。

 玄関ホールでポツンと立っている私は自分の家とはいえ、他人の家にいるような感じがした。

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