第20話

 ファルスのポケットからも音がしている。


 オットーはファルスの魔法紙を机の上に出すように指示をするとファルスの魔法紙も同じような書類が送られてきた。


「上位成績者決定通知書? 上位成績者のため、寮の入室の際は個室、費用の一切を学院持ちに、なります、だと? どういう事だ?」

「上位成績者だって。嬉しいわ! ふふっ。自立にまた一歩進んだわ。ファルスもおめでとう!」

「有難うございます。お嬢様」

「お父様、この家で私は必要とされていないのです。平民同様に育ちました。魔力無しで淑女とはほど遠く、貴族として生活をしてこなかった。育てられた覚えもない。どうか私を除籍して下さいませ」


 私は頭を下げるが、父は動揺しているのか目を合わせる事はない。


「そんな事出来るわけがないだろう」

「そうなのですか? 私はどう必要としているのですか? 役に立つ駒の一つですか?」

「そ、それは。…… それでも、血の繋がった家族だろう」


「あるのは血が繋がっているという事だけです。私が侯爵家に帰ってきてから毎日食事を家族と共にしておりますが、お父様以外、魔力無しと私を馬鹿にしているではありませんか。

 あぁ、婚約者も含めて、ですね。先ほど来た婚約者のディズリー伯爵子息でしたか。

 私は初めて会ったのですが、妹のサラとは毎回会っているようです。

 サラと婚約者交代を望んでいると言われました。サラも早く交代して欲しいと言っていましたし、ちょうど良い機会です。

 婚約者もサラに替えるようお願いします。魔力無しの私が貴族でいる事はこの家の恥部なのですから」

「ならん、ならん、ならんぞ」


 父は突然知る情報の多さに焦っているのか言葉が早い。


「では婚約したことすら知らされず、相手からも手紙一つ無い、実の妹と浮気する婚約者と結婚せよと?」

「それは……。サラに言い聞かせておく」


「言って聞いてくれるのでしょうか? 思い合っているらしいですよ。それに、婚約者の方から私との婚約は皆に伏せるようにと言われております。

 どうしましょうか? 私は侯爵家にとっても婚姻する伯爵家にとっても恥ずかしい存在。サラは恥ずかしくて耐えられないそうです。魔力が無いだけで家族とも思って貰えない。……悲しいですね」


 私は言いたいことを全て言った上でしんなりと顔を伏せる。


「マーロアは、恥ずかしい存在ではないっ。違うのだっ」

「村から呼び戻され、家族に罵倒される毎日で私は辛いです。早く楽になりたい……。私の事をそっとしておいて欲しいです」


 私は目を伏せて静かにゆっくりそう言うと、先程まで早い口調で答えていた父が口を閉じた。


「……今までの事、すまない」

「では、私を解放していただけますか?」

「それは、出来ない。マーロアも私の娘には変わりない」

「では、せめて、このまま寮に入り、ひっそりと過ごさせて下さい。それと婚約の解消をお願いいたします」

「……分かった。この婚約は政略的なものではないから婚約の解消は両家とも問題ない。手続きをしておこう」


 私は目元を拭いながらオットーへと視線を向けると、オットーは書類を書類棚の引き出しから取り出し、父に渡した。


 相手の問題もあるのだからすぐにどうなるとは考えていないけれど、降って湧いてきた婚約者の話は早めに無くしたい。


 父は書類にサインして何やら一筆書いてくれているようだわ。


「オットー、後でこれを持ってディズリー伯爵へ」

「かしこまりました」

「……これで気が済んだか?」

「お父様、ありがとうございます。私は荷物を持って学院の寮へ向かいます」


「マーロア、これからお前はどうするつもりなのか? 王宮騎士にでもなるつもりか?」

「王宮騎士になるのは後ろのファルスだけです。私は冒険者になる予定なのです」


「侯爵令嬢が冒険者だと? ありえない」

「そうですか? 私は村人として育ちました。気になさるのは王都で暮らしていた家族だけではありませんか。私は貴族籍を離れても構わないです。今まで貴族として生活してこなかったのですから今更ですし、私は平気ですよ」

「……冒険者では貴族のような楽な暮らしはできんのだぞ」


「ええ。そもそも私は貴族の暮らしを知りません。たとえ貴族になったとしても義両親、夫に魔力無しと蔑まれ、愛人を囲われ生涯肩身の狭い思いをしながら暮らしていく将来は絶望しかありません」

「……これからどうするかは考えておく」

「お仕事の手を止めてしまい申し訳ありませんでした。では、私は失礼します」


 父は苦虫を嚙み潰したような何とも言えない表情をしてそれ以上は何も言わなかった。


 私はファルスと執務室を出て部屋へ戻った。


「はぁ、疲れたわー。ファルスお茶いれてちょうだい」

「おいおい、さっきまでの健気な姿はどこへいったんだ?」

「んーどこへいったのかしら?」

「でもまぁ、貴族なのは変わらないけど、騎士科に進めたし、寮に住めるようになったし、婚約解消できたからマーロアの思い通りの展開だよな」

「ふふっ。私の役者ばりの交渉術も大したものでしょう?」

「どうだかな」


 二人でそう話ながらお茶を飲んだ。


「ところでファルス、明日買い物に出かけましょう? 書類も届いた事だし、必要な物を買いにいかないとね」

「そうだな。直接寮に送れるらしいぞ。買いにいかないとな」


 私は手元のリストに目を向けながら街に買い物に出掛ける事に思いを馳せる。この邸に来てから自由がないのだもの。


 貴族って面倒なのね。


 そのうち夜会やお茶会に出席しなければいけないと考えるだけで憂鬱になる。


 そして本日も憂鬱になる夕食が始まろうとしていた。


 私は席に座って待っていると、後から来たサラの先制攻撃。


「あら、お姉さま。今日もこの間と同じ安物のドレスではなくて? 貧乏臭くて嫌だわ」

「サラ姉様、仕方がありませんよ。マーロア姉様は田舎臭い平民の中で育ったんですから」


 テラも追撃する。これがあと少しで終わる。来週には寮なのだからあと少しの我慢だわ。


「おい、サラもテラも止めないか」


 珍しく父が止めに入った。


「お父様、なぜ止めるの? だって本当の事でしょう?」

「そうですよ」


 二人の不満を父にぶつける。母はまぁまぁと宥めるだけのようだ。


「お前たちの着ている服は領地で暮らす民が汗水たらして働いたお金を使って購入しているのだ。その価値も分からず湯水のように使うのなら当分の間、お前たちの小遣いはなしだ」

「そんなの絶対可笑しいわ。魔力無しのお姉様に本当のことを言って何が悪いの」


 サラが私にフォークを向けながら話す。テラもうんうんと頷く。父に注意された事が余程気に障ったらしい。苛立つとマナーも忘れてしまうのかしら。


「どうやらお前たちの教育を間違えてしまったようだな」


 父は小さな声でそう呟いていた。


 この先、大変ね。でも、憎まれっ子世に憚るっていうしきっと強く逞しく過ごすのではないだろうか。


 私は終始無言のまま食事を終え部屋へと戻った。


「ファルス、今日はもう大丈夫。明日早くに買い物に行くのだしもう部屋へ戻ってもいいよ」

「おう、無理すんなよ」


 ……今日はもう疲れちゃった。


 私はユベールとビオレタに手紙を書いてそのまま眠りについた。

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