第19話

 嵐の前の静けさのように何事もなく一週間が静かに過ぎていった。


 私は夕食だけは一緒に取る事にして後は部屋で食事を摂る事にしているが、毎回、食事の度に妹弟からは服装が平民のようで匂ってきそうだなど文句を言われ、魔力無しだと蔑まれている。


 もうすぐ寮生活が始まると思うからこのことにも耐えられる。


 あーでも今日の出来事を思い出す度にモヤモヤ気分が爆発しちゃいそう。

 実は今日の午前中に婚約者と名乗る男が侯爵家へとやってきた。


「マーロアお嬢様、アヒム・ディズリー伯爵子息様がお見えです。サロンへどうぞ」


 私はファルスのエスコートでサロンへ向かうと、そこに居たのは同じ歳の婚約者、アヒム・ディズリーと妹のサラだった。


 サラの侍女は私たちが部屋に入ってくるのを確認して私のお茶を淹れているが、妹と婚約者は楽しそうにお茶を飲んでいる。


 つまりは、そういう事なのね。


「お前がマーロアか?」


 初対面の婚約者にその対応はどうかと思うわ。


「……」

「お姉さまったら緊張しているのね」

「……」


 サラがこの場に居るのも可笑しな事だと思うが、ディズリー伯爵子息の言葉が気にならないとは二人とも私を見下していいと思っているに違いない。


「なんとか言ったらどうなの? お姉さま?」


 サラは蔑むような目をしている。


「あら、そちらにいる方はどなた? 私、誰からも紹介を受けていませんわ」

「……俺はお前の婚約者のアヒム・ディズリーだ」


 彼は少し不満そうな表情で私に挨拶をする。


「初めまして婚約者様、私マーロア・エフセエです。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「なぁに、婚約者がどんなのか顔を見に来ただけだ。そうそう、お前は魔力無しなんだろう? 学院で婚約者だとバレると俺は恥ずかしい。だから婚約者であることを隠しておいてくれ」

「そうですか、分かりました」

「アヒム様もそう思うわよね。魔力無しの姉なんて私恥ずかしくて耐えられないわ」

「そうだな、俺はサラが婚約者ならどれだけ良かったか。残念だ」

「嬉しいっ。私も婚約者がアヒム様なら嬉しいわ。今すぐにでもお父様に話をして変更してもらいましょう?」

「ああ、そうだな。サラほど美しく将来有望な女性はいないからな」


 ……私は何を見せられているのだろう。


 2人して私を馬鹿にするためにわざわざ呼びつけたの?


「あら、そんなに私は恥ずかしい存在なのでしたら私からも婚約者交代するように父に進言しておきます。用事が済んだようですし、私はこれで失礼しますね」


 立ち上がり、礼をして部屋を出る。お茶を口にする間もなかった。


 ……という事があり、今、そのやりきれない感情を消化するべく訓練場でファルスと打ち合っている。


 ストレス解消中とも言うわね。部屋に戻ってからファルスに清浄魔法を掛けてもらう。


「いやー婚約者も痛い奴だったな。これは早くこの家からおさらばするしかないだろ。出来るのかはわからないけどな」

「本当そうよね。ファルスが淹れたお茶が美味しくなっているわ」


 私はソファに足を投げ出しながらファルスのお茶を飲んでいる。


「そうだろう? 俺の従者の経験値はどんどん上がっているんだぜ?」


 私はファルスと他愛もない話をしていると侍女長から『旦那様がお呼びです』と声がかかった。ついにきたわ。


 私は残りのお茶を一気に飲み干し、ファルスと共に父の執務室へと入った。


 執務室では大きな机があり、手前には向かい合う高級そうなソファが一対置いてある。


 敷かれている絨毯一つをとっても高級感が溢れているわ。父とその横にいる執事のオットーは執務をしていたようで席に座って羽根ペンを持って仕事をしているようだった。


 私は父の机の前に立ち、口を開いた。


「お父様、お呼びでしょうか?」

「あぁ、今週に学院の入学手続きが始まった。淑女科だ。家から通うように」


 おや、オットーは父に話をしていないのかしら?


 私はオットーに視線を向けると、オットーはいつの間にか執務の手を止め、にこりと微笑みながらお茶を淹れてくれた。


 つまり、自分で話せという事かな。


「お父様、私、寮に住むことが決まっております。それに淑女科ではございません。先週の間に書類を出したと思いますが、見ていらっしゃいませんの?」


 私は『え? 知らなかったの?』と言わんばかりに優しく言ってみた。


「どういう事だ?」


 父はようやく執務の手を止めて私の方に視線を向ける。


「……お父様、この機会に言わせていただきます。私を勘当し、籍を抜いて下さいませ」

「唐突になぜだ?」

「むしろなぜそう思うのですか? 私、王都に戻ってきてからも父と母に親として振る舞われた事はございません。

 今までだって掛かった費用も全て家令のユベールや乳母のビオレタが私を養ってくれていたのですから。本当に名前だけ、の存在で好き勝手出来ると思っておりますの?」

「どういう事だ、オットー」


「旦那様、覚えていらっしゃらないのですか? 領地へと赴いた時に旦那様は『赤子に費用はかからないだろう』とお嬢様に関わる出費は全て侯爵家から支払われておりません。

 先日、既製品のドレスを五着ばかり買ったのが初めてでございます。サラ様はオーダーメイドのドレスを一度に十着は購入されます。既製品のドレスを五着合わせてもサラ様のドレス一着分の足元にも及びません」


 父は初めて聞かされたとばかりに驚いている様子。


「私、村で生活していたので淑女というものがどういうものなのか分かりません。突然淑女科と言われて驚きました」


 父は慌てて机の上に置かれた書類の山から探している様子。


「……騎士科? しかも合格しているではないか!?」

「えぇ。そして寮の手続きも終わっております」


 ――リンリンリンリンーー


 ふと音が私のポケットから鳴ったような気がしたので手をポケットに入れて探る。


 鳴っていたのは先週手続きした時にもらった魔法紙だ。私は机に折り畳んであった魔法紙を取り出し、広げた。


 すると魔法円が薄く光った後、一枚の封書が魔法円から出てきた。


 学院からの印が押されてある。


 オットーはさっとペーパーナイフを差し出してくれたので、早速私は封を早速開ける。


「封書の中身はなんだ?」


 私はさっと目を通し、父に書類を見せた。


 なんて良いタイミングなの。

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