第17話

「アンナ、少し疲れたわ」

「そうですね。では先ほど話をしていた洋菓子店へ向かいましょう」


 アンナに案内された店はカップケーキが美味しいと有名なのだとか。

 お店に入ると、そこには焼きたての甘い香りと紅茶の香りがした。店内は貴族や平民でも裕福そうな人たちがお茶を飲んでいる。


「ファルスはどれがいい?」

「お、俺も食べていいのか?」


 ファルスはちょっと驚いた様子だったけれど、商品を見ながら喜んで選んでいる。


「もちろんアンナも選んでちょうだい。今は三人で食べたい気分なの」


 アンナは少し眉を潜めたけれど、了承してくれたわ。本来なら使用人と食べる事なんてないけれど、今回は大目にみてくれた。


 私はオレンジの入ったカップケーキを選び、ファルスは生クリームという白い物が沢山付いているケーキ。アンナはフィナンシェという焼き菓子を注文した。紅茶も冷たい紅茶を頼んだわ。


「マーロア様、あと、行きたい所はございますか?」

「平民の服が置いてある所にも行ってみたいわ。明日、ファルスに付いていく予定なの」

「平民の服、でございますか」


 アンナは少し考えた所で分かりましたと返事をする。アンナは頭の中に地図を広げていたのかな。


 三人で美味しくお茶をした後にアンナは『少し歩きますが』と貴族街と平民街の境目にある洋服店へと向かった。


 今回は安全面を考慮してその店になった。

 アンナ曰く、王都に慣れていない私達はカモにされるのがオチなのだとか。


 アンナが案内してくれた店には男物の服も売っていたので一緒にファルスの服も買うことにしたわ。


 ファルスは『俺は服であれば何でもいい』と適当に選んでいたので私が代わりに明日のための動きやすい服装を選んだ。


 私もズボンとシャツ、カバンと靴を一式買う。アンナには『女の人がズボンを履くのは乗馬のみです。はしたない』なんて言われたけれど、こればかりは引けない。


 合格したら色々と買う事になるだろうからアンナには教えてもいいかもしれない。


 ここの服は自分たちのお小遣いで買える程度の服だったので自分で買おうとしていたら『ドレスを買うお金が沢山余っているから支払いは問題ありません』と出してくれた。



 家に沢山の荷物と一緒に帰って来たのだけれど、誰も私たちに目を止める事も無く部屋に荷物が運ばれていった。


 その日の夕食は侍女長の計らいで『お嬢様は買い物で疲れたようなので部屋で夕食を頂くそうです』と話してくれたみたい。


 もちろん誰も反対しなかった。おかげで私とファルスは部屋で明日の試験に向けて時間を取る事ができて良かった。




 翌朝。


「では、行ってきますね」


 私の専属従者であるファルスの学院受験には私が行く必要があると無理やりな理由を付けてさっさと邸を出た。


 もちろん髪を一つに結い、シャツにズボン、帯剣をして。


 オットーは家令のユベールから報告を受けていたようで私が淑女科ではなく騎士科を希望している事を事前に聞いていたようだ。


 今日の試験に臨む事も分かっていたようで持ち物を準備してそっと玄関前で渡してくれたの。


 侍女長は朝から私の長い髪を邪魔にならないように一つに結い上げてくれた。 


 使用人たちは私に色々としてくれたけれど、当の家族は私に関心はないらしく、廊下ですれ違っても使用人の一人としか見られていなかった。私が出掛ける事も気づいていなかった。


 血のつながった家族がそれでいいの? と少し不安になるけれど、今更関心を持たれても困るし、このままが丁度いい。



 私とファルスは学院まで馬車で送って貰った。学院前には私たちと同じ年頃の平民が長い列を作っている。


「試験を受ける方はこちらです!」


 門をくぐると案内の教師が声を張り上げながら手を挙げている。


「ファルス、あっちが試験会場ね。行きましょう」

「おう。迷子にならないようにな」


 私たちはゾロゾロと校舎に入っていく人たちの後を一緒についていった。


 ここから三十人はAクラスへ、次の三十人はBクラスへというように受験生は各教室に振り分けられて入っていく。


 私とファルスは隣同士で別れる事無く教室へ入る事が出来た。


 暫くすると、試験官が教室へ入ってきて受験票を配りはじめた。そこに必要な情報を記入していく。平民は戸籍が無く、場合によっては住所も転々としていたり、村から出てきていたりするので事前に手続きは出来ないようだ。


 当日に試験を行い、当日合格かどうかの結果発表をする。そこから寮の手続きなどが始まるらしい。一日で全部済ませるのだとか。

 

 ただ、成績上位の優遇制度は後日発表される。魔法郵便で上位成績かどうかの知らせを貰うと試験官が説明していた。


 受験票には合格した場合、どこから通うかという質問で家か寮を選択する箇所があった。


 私たちはとりあえずランロフト村と出身名を書いて寮希望にチェックする。


 試験官が問題用紙を配り、時間と共に『はじめ!』と声がかかった。


 前もって先生から勉強を教えて貰っていたけれど、どんな難しい問題が出るのかとドキドキしていたのよね。


 内容をみて驚いた。

 とても簡単なものだったの。


 あまりの簡単さにシンとしている教室で一人笑いが出そうになった。


 簡単な問題だったからすぐに全問解き終わってしまった。私は手を上げてテスト用紙を試験官へと持っていく。


 その場で試験官は採点し、受験票に筆記試験合格のハンコを貰った。ファルスも続いて出てきた。もちろん受験票に合格のハンコが押してあった。


「良かったわ! 二人とも筆記試験合格できたわね」

「おう。思ってたより簡単だったな! 俺、簡単すぎて吹き出しそうになったぞ」

「私も、私も!」


 二人で興奮冷めやらぬ内に次の会場へと向かう。


 平民の女の子は淑女科への進学はない。文官や騎士、侍女等、目指す人たちばかりだ。


 そしてここから各適性検査に入る。


 私たちは二人とも試験時間より早く教室を出たので空いている間に騎士科の適性検査を受ける事ができそう。


「受験生、こちらへ」


 私たちは促されるまま受付へ向かった。

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