第16話

「ファルス、試験って明後日だっけ?」

「そうです。遅刻しないようにしっかりと起こしますよ」

「お嬢様、試験とは?」

「ファルスは私と学院に行くための試験を受けるの。もちろん私も一緒に行く予定にしているわ」

「そうでしたか。明後日は確か、婚約者様とお会いする予定だったと思いましたが、変更しておきますね」


 !!!


「えっと、婚約者様? 誰のかしら?」

「マーロア様の婚約者でございます」

「私に婚約者がいるなんて聞いていないわ」

「……そうでしたか。きっと旦那様が勝手に決めてユベールにも伝えなかったのでしょう。マーロアお嬢様の婚約が決まったのはちょうど三年前になるでしょうか」


 三年前!? 連絡なんて一つもないし、婚約者からの便りなんてのももちろん無い。


「その婚約者様はどこのどなたなの?」

「アヒム・ディズリー伯爵子息でございます」

「そう。明後日の婚約者様との面会は変更しておいて。確かこういう時は手紙を書けばいいのかしら?」

「それが良いと思われます」


 突然降って湧いた婚約者に混乱しながらも私は机の引き出しに用意されていたシンプルな便箋に明後日は会えないことを書いて侍女長に渡した。


 なんだかんだで今日一日とても疲れたわ。


「ごめんなさい、色々とあって今日は疲れたわ。少し早いけれど、休ませていただくわ」

「「かしこまりました」」


 ファルスも侍女長も私の置かれた状況に複雑な思いを抱いたようだ。仕方がないわよね。こんなに冷遇されている令嬢なんて滅多にいないのではないんじゃないかな。

 私は用意されていた寝間着に着替え、ベッドへと入った。



 翌朝。


「おはようございます」


 ファルスの声で目を覚ます。いつもより少し早い時間に起こされた気がする。


「どうしたの? 朝食まで少し早いんじゃない?」

「だって鍛錬は欠かせないだろう? いつものように昼間出来ないんだからさ。昨日、レコから鍛錬が出来る場所を聞いといた。使用人棟の裏手に小さな訓練場があるらしい」

「本当? 急いで用意するわ」


 私は飛び起きて生成のシャツとズボンに着替え、急いで使用人棟の裏手に向かうとそこにはレコの姿があった。


「お嬢様おはようございます」


 レコの指導の元、私とファルスは一時間程度基礎訓練をこなしてから部屋に戻った。


「マーロア、お風呂に入った方がいいんじゃないか? 汗臭い令嬢なんて嫌われるぞ?」

「えー、面倒。ファルス魔法を使ってよ」

「仕方がないな。【クリーン】」


 ファルスは清浄魔法を唱えた。


「まだまだ雑だけど、汗臭くは無くなったわ」

「俺が攻撃魔法以外苦手なの知っているくせに。それにしてもマーロアの私物は少ないよな。今日、色々買うんだろう?」

「うーん。騎士科に受かったら学院から準備物リストを受け取るでしょう? それから買い揃えようかと考えているわ」

「それもそうだな。とりあえず、ここで過ごすための服、何着か買っておけばいいんじゃないか」

「そうね」


 私は朝食を摂りに食堂へ向かうと、父だけが食堂で朝食を摂っていた。


「お父様、おはようございます」

「マーロア、おはよう。早起きだな」

「お母様やサラとテラは?」

「まだ寝ている」


 従者が私に朝食を運んできた。パンとスクランブルエッグが目の前に置かれた。朝食はシンプルなようだ。


 私は昨日の事を思い出して父に聞いてみた。


「お父様、昨日、私に婚約者がいると侍女長から聞いたのですが……」

「ああ、言うのを忘れておった。喜べ、ディズリー伯爵子息だぞ」

「ええ、全然喜べません」


 私はにっこり満面の笑みで答える。


「なぜだ?」

「むしろ私がなぜだ? と聞きたいです」


 私は首を傾げ、全然分からないわという仕草をしながら話をする。


「私は生まれてからすぐに村へ送られ乳母に育てられてきました。村に貴族はいない。私も平民と変わらず暮らしていました。

 家族と別れてから一度も、誰も、私に会いに来て下さらなかった。それに昨日の夕食時の話を覚えておりますか?

 妹のサラも弟のテラも会ったこともない私の存在を恥ずかしいと言っていましたし、その事についてお父様もお母様も否定されませんでしたわ。

 そんな人たちが選んだ婚約者をどう喜べと? 三年前に婚約者が決まったらしいですが、知らされず、婚約者から便りの一つもない。

 これのどこに喜べる要素があるのでしょうか?」


 父は私に反論されると思っていなかったようでグッと言葉に詰まった。私は朝食を食べ終えて立ち上がる。


「……私はこれで。邸にいる間の洋服を買ってまいります。明日は婚約者様との初顔合わせだったそうですが、用事があるのでお断りしました」


 父は何か言おうとしていたが、私は知らない顔をして食堂出て部屋に戻った。


「マーロア、いいのかよ。一応あれでも侯爵だぞ? 邸にいれなくなったらどうすんだよ」

「だって頭にきたんだもん。つい、ね。追い出されたらアシュル侯爵家に行ってレヴァイン先生に連絡を取ってもらうわ。少し早いけど冒険者になるつもり。大丈夫、よきっと。ファルスは学院に入学して立派な騎士にならないとね」


 ファルスはボリボリと頭を搔きながら面倒だと言わんばかりだ。


「そんときは俺も一緒に冒険者になるからな。まぁ、とりあえず侯爵がどう思っているかは分からんけど、最低限の付き合いでいいんじゃないか。名ばかりでも家族なんだし」

「そうね、名ばかりでも家族よね。イライラするのは間違いよね」


 私はファルスの言葉で気を持ち直し、ファルスと雑談をしているとノック音がして返事をする。


「どうぞ」

「失礼します」


 侍女長と娘のアンナが部屋に入ってきた。


「マーロア様、娘のアンナです。本日の買い物はアンナをお連れ下さいませ」

「分かったわ。アンナ宜しくね」

「お嬢様よろしくお願いします」


 アンナは私と同じように平民服を着ているが、やはり王都に住んでいるためかどこか垢ぬけている感じがする。


「では参りましょう」




 私たちは馬車に乗り込み、街の貴族街と呼ばれる中心部まできた。馬車から見える景色に興味津々で見ていたのは仕方がないわよね。


「ねぇ、アンナ。王都では今どんな物が流行っているの?」

「そうですね、この先にある洋菓子専門店のカップケーキが流行っています。服を買った後で食べに行きましょう」

「カップケーキ? ランロフトの村にはなかったし、楽しみ!」


 アンナの案内で入ったのは貴族街の中でも中央に位置している一際大きな洋服店だった。


 私たちは馬車を降りて店の中へと入る。馬車は外で待機するのだとか。店の中には沢山のドレスが所せましと並んでいる様子。


「アンナ、ドレスはどんな物がいいのかしら?」

「そうですね、侯爵家ならオーダーメイドで作るのが一般的ですが、今はすぐに邸で着られるものが欲しいので既製品で間に合わせましょう。店で試着して合ったものを買い、邸で微調整をします」

「そうね。アンナにドレスの見立てをお願いするわ」


 早速アンナは数着選び、見立てて貰ったドレスを試着してから五着ほど買った。


 アンナとしてはあと十五着程欲しいと言っていたけれど、邸の中では着回しで構わない。買った物はファルスが馬車へと運んでくれた。

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