第15話

「マーロアお嬢様、お帰りなさいませ。長旅はさぞ疲れたでしょう。すぐにお部屋を案内いたします」

「ただいま戻りました。ところで貴方は誰ですか?」

「そうでしたね。私、執事のオットーでございます」


 侯爵家の玄関ホールで出迎えてくれた初老の男の人はそう告げた。彼がビオレタの言っていたオットーさんね。


 私は一人納得をしながら侍女に連れられて客室へと案内されてる。ファルスはというと、侯爵家では使用人の一人として扱われることになっている。


 荷物を使用人の部屋へ置いたらすぐにオットーさんのところで従者として使えるかどうかを見られるらしい。


 その間に私は侍女に勧められるがまま入浴をし、準備されていたワンピースに着替えた。侍女が私の髪を乾かし、セットしている時に聞いてみた。


 侍女の話では問題が無ければファルスは私の護衛兼従者となるようだ。


 私は侯爵家のお嬢様として一応ビオレタやレヴァイン先生に作法を習ったから寮に入るまでの間、侯爵家で過ごす事になっても大丈夫なはず。


 ファルスも私が淑女教育を受けている傍で従者としての教育されているので口の悪さは出ないはず。


 セットが終わり、お茶を飲んでいると扉をノックする音が聞こえてきた。入室を許可すると入ってきたのは従者の服を着たファルスだった。


「マーロアお嬢様、これから宜しくお願いいたします」

「ふふっ、ファルス良く似合っているわ」

「だろう? これからは従者として働くからよろしくな」


 後で聞いた話だけれど、私付きだった侍女のビオレタが退職した代わりにファルスが従者となったので給与はファルスに支払われることになった。


 ユベールは引き続き領地を守っているので給料が与えられており、ユベールとビオレタとの暮らしは変わらないようだ。

 ギルドで貯めた小遣いだけの貧乏人は私だけらしい。

 ファルスがクローゼットに衣服を仕舞っていると、執事のオットーが夕食を呼びに来た。


 ……とうとう家族と顔を合わせる時が来たのね。


 オットーの案内で私は食堂へと歩いていき、その後ろからファルスも無言で付いてくる。私が部屋へと入ると既に家族らしき人たちは着席していた。


 豪華な食堂に綺麗な衣装を来た家族らしき貴族たち。私がこの場にいることに違和感しか感じないかな。


「マーロア、久しぶりだな」

「初めましてお父様、お母様。そしてサラ、テラ。しばらくの間この邸でお世話になります」


 私はしっかりと礼をする。ユベールが侯爵家へ領地の定期報告をしている時に知った事なのだけれど、私には二つ下の妹のサラ、三つ下の弟のテラが居る。


 跡取りの男児であるテラが居るので侯爵家は安泰なようだ。


 二人を見て魔力無しと言われた私はこの家にはいらない子なのだろう。家族の代わりにユベールやビオレタが私をここまで育ててくれた。二人が恥をかかないようにしないといけないわ。


「まぁ、座りなさい。マーロアは若かりし頃のシャルにそっくりだな。美人に育って私も鼻が高い」


 私が席につくとすぐに食事が運ばれてきた。これが王都の貴族料理というものなのね。


 一皿一皿少量ではあるが工夫された料理が運ばれ、舌鼓を打つ。粗相をしないか緊張しながら静かに食べていると、妹のサラが声を掛けてきた。


「お姉さま、魔力無しって本当?」


 初対面の妹はなんて不躾な質問をするのかと驚くけれど、気にしては駄目よね。


「ええ。それがどうしました?」

「お友たちがみんな言っていたのは本当だったんだ。私、とっても恥ずかしかったの。それにその服、みっともないわ。よくこの場に平然といれるのね」

「……そう。ごめんなさいね」


 サラの言葉で一気に静まり返る。


「ゴホン。サラ、マーロアに対して失礼だぞ。マーロア、後で侍女長を部屋に向かわせるから商会で頼みなさい。……明日の分が間に合わないか、とりあえず何枚かは街で買ってきなさい」

「わかりました」

「マーロア姉様、村ではどんな生活をしていたの?」


 弟のテラが興味深そうに聞いてきた。サラはヒラヒラのドレスを着ていかにもお嬢様だ。弟のテラはひょろっとしていて本が好きそうな感じのお坊ちゃまに見える。


「私は村では家令のユベールの手伝いや淑女教育、家庭教師から学院の勉強をしていましたわ」

「何にもない村で勉強なんて文字を書くだけだよね? 人に教えるような優秀な人っていない。魔法も使えないし勉強も出来ない姉なんて僕恥ずかしいよ」


 ……妹も、だったが弟も、だったか。


「そんな事を言ってはいけないわ。マーロアにはし乳母のビオレタがいたんだもの。それに食事だって問題なく食べれているわよ? 大丈夫よきっと」


 母なりにフォローを入れているが弟たちは信じていない様子。兄弟そろって私を見下げている事は理解した。


 私は早々に食事を済ませて部屋に戻った。何故父は家庭教師がアシュル侯爵子息だと知っているはずのになぜ言わないのか。


 モヤモヤしながら私はベッドに勢いよく座った。


「いやーお前の家族酷いな。後ろにいた俺もびっくりした」

「私もびっくりしたわ。今まで一度も村に会いに来なかった家族だもの。来ない理由も納得したわ」


 ファルスは他人事のように笑っている。私も半分他人事のような感じなのだけどね。王都で彼ら一緒に暮らしていたらきっと私の心は壊されていたに違いない。


 ファルスと話をしていると、部屋の扉をノック音が聞こえてきた。 


「どうぞ」

「失礼します。侍女長のマリスです」


 そう言って部屋に入ってきた侍女長。


「マーロア様、旦那様から明日王都で洋服を買うように仰せつかっております」

「そうね、私、村から出てきたばかりなので王都の街がどんな所かも見てみたいし、今流行っている服も分からないわ。明日付いて来てくれるかしら?」

「街を歩くのでしたら、娘のアンナを付けます。十八歳ですので流行にも敏感な年頃ですからお嬢様に似合った服を選ぶと思います」

「ありがとう」

「お嬢様に聞いてはいけないと存じますが、ビオレタは元気でしたでしょうか?」

「ビオレタはとても元気よ。家令のユベールとこの間ついに結婚したのよね。ファルス」

「ええ、そうですね」


 私はファルスに同意を求めた。ファルスはさっと従者に戻っている。


「貴方はビオレタの息子ですね。当時、ビオレタは乳児二人を抱えて領地の村に送られたことをみんな心配していたのです。元気そうでよかった。お嬢様にとっては居心地が悪いかもしれませんが、私や執事のオットーになんでも相談して下さいませ」

「心配してくれてありがとう」


 そして侍女長は私に寝る前のお茶を淹れてくれた。もちろんファルスに指導しつつ、ね。


 ファルスもしっかりと侍女長の淹れ方を真似ていたが、残念ながらファルスの淹れるお茶よりも侍女長のお茶が数倍美味しかった。

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