第14話
「マーロアお嬢様、そろそろ王都へ戻らねばなりません」
とうとう私が聞きたくなかった言葉がビオレタから発せられた。ユベールとレコとファルスとレヴァイン先生も、みんなが揃っている時だった。私は言葉を絞り出す。
「……そうね。でも、私はずっとここに居たい」
「お嬢様、残念ながら無理です。ファルスも一緒に通うのですから大丈夫ですよ」
「……ビオレタは? 一緒に王都に来るんでしょう?」
ビオレタは少し寂しそうな顔をしながらも笑った。
「残念ですが、私はこのままこの村で過ごします」
そしてビオレタはユベールに視線を向ける。
「ビオレタ、もしかしてこのままユベールと暮らしていくの?」
「マーロアお嬢様にはお伝えしておりませんでしたね。先日、ようやくビオレタから良い返事が貰えました」
ユベールがいつになくにこやかに話をする。
「本当!? おめでとう。嬉しい。だって私にとって本当にお父さんとお母さんだもの。ね、ファルス?」
私は嬉しくってファルスに同意を求めると、ファルスはそっぽを向いている。ユベールと結婚するのは反対なのかしら? 少し、間を置いてファルスは呟いた。
「……母さん、おめでとう」
「ファルス、ファルスは嬉しくないの?」
ファルスはそっぽを向いたまま答える。
「……嬉しいさ、だってユベールが俺の父さんになるんだろ? 嬉しいに決まってる。だけど、俺、折角父さんが出来たのに王都に行かなくちゃいけないんだろ? ……寂しいじゃん」
どうやらファルスは嬉しさと恥ずかしさと寂しさで私たちに顔を向けてくれないようだった。
「ファルス、いつでも帰ってきなさい。好きなことをしてまた気が向いたら村に帰ってくればいいのよ。私たちはここで待っているから」
ビオレタはそっと立ち上がり、優しくファルスを胸に抱く。
「母さん、俺そんなに子供じゃないからっ」
ファルスは慌てて否定すると皆が笑った。
なんて幸せな一時なのだろう。
私もファルスと本当の家族だったならどれだけ幸せだったのだろう。出来れば私もこのままここに居たい。
でも、そうはいかないわよね。
「俺は王都に戻りますよ。ファルスとマーロアお嬢様に付いていくんで。ここでコツコツ貯めた金で遊ぶ予定です」
レコは飄々と言ってのける。レコらしいと皆で笑った。するとさっきまで黙っていたレヴァイン先生も口を開く。
「私もファルスとマーロアに教えることが出来たし、そろそろまた旅に出る」
「先生は王都に戻らないのですか?」
「私は冒険者をしながら有望な人材を探すのが仕事だからな」
「え? 先生の仕事は王都で働いて趣味が冒険者だとずっと思っていました。たまたま私たちの教育を興味で引き受けて下さって王都の仕事を休んでいたのかと」
「普段は将来有望な人材を探して王都に連絡し、迎えを寄こすんだ。王宮の方で専門の人間が育てていく。だが二人の素質を見て俺自身が育てたいと思ったから三年間みっちりと教えた。
俺の予想以上に二人とも成長したぞ? 自慢していいくらいだ。王都でもお前たちより強い奴は少ない。なぁレコ?」
「そうですねぇ。俺より弱いですが、相当の実力はあると思いますよ」
「本当!? 嬉しい!」
「王都に行っても鍛錬は怠らないようにな。それに休みを使って王都のギルドで小遣い稼ぎも出来るぞ。ここの町と違って種類も報酬も多いから試すといい。だが、何が起こるかわからない。必ず二人で行くように」
「先生、なんで一人で行っちゃいけないんだ?」
「いくら強いとはいえ、経験は少ない、過信するな。レコを呼び三人で冒険に出ても面白いかもな」
そうして家族会議を終えて私もファルスも部屋へ戻って王都へ行く準備する。邸から通う事は出来るみたいだけれど、私は寮を使うことになっている。もちろんファルスも同じ。
父である侯爵様は私を淑女科へ入れる予定だとビオレタは言っていたけど、騎士科に進む予定にしている。前にも少し話をしていたが、先生は学院に伝手があるらしく、私が騎士科へ行けるように手配してくれると言っていた。
侯爵様は私の事なんて興味もないし、学院の費用も淑女科以外なら出さないかもしれない。
貴族は高額な費用を納めて全員入学するけれど、平民は減額されるが、試験を受けて合格しないと入学できない。
因みに成績上位十名は食事や寮費など全ての費用が無料になるらしい。
ファルスは侯爵家令嬢私の従者ということで費用は侯爵が持ってくれると聞いているけれど、私のわがままで従者から外される危険も考えて騎士科の試験を受ける予定だ。
私も淑女科以外なら侯爵様に入学金を払わないと言われる可能性があるので平民として騎士科を受けるつもりでいる。
先生が言うには私たちなら余裕で合格だって言っていたけどね。心配なのでファルスも私も試験に向けてひたすら勉強しているわ。
最悪の場合、侯爵様が学費を払ってくれなくて、成績上位十名に入らなかったら自分で食費等を稼ぐしかない。そのためにギルドを使うのだとか。
王都ってどんな所なのかしら。
ずっとこの村で育ってきたし、村には王都の話なんて殆ど入ってこない。
どんなところなのだろうかと今から緊張しているわ。
「ではユベール、ビオレタ、行ってきます。レヴァイン先生、今までどうもありがとうございました。卒業したらまた一緒に魔物を討伐して下さいね」
「あぁ、マーロア。ほんの四年だ。頑張ってこい」
私とファルスは迎えにきた侯爵家の馬車に乗り込む。レコは御者席に座った。父との対面。貴族としての生活。
これからの四年間は私にとって厳しいものになるのだろうか。
侯爵邸に近づく度に私の気持ちは沈んでいった。
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