第8話
本を沢山抱えて部屋に入ってきたレヴァイン先生はドンッと本をテーブルの上に置いた。
初日の今日はこれから始める講義の説明を聞いた後、レヴァイン先生の講義が始まった。私たちの語学力は……悲惨だったのは言うまでもない。昼食を挟んで午後からは実技に入る事になった。
「体力を付ける事から始める。お前たちは体力がある方だが、体力はいくらあってもいいくらいだ。まず走れ」
先生の指示通り庭の周りを走ること一時間。流石に疲れたわ。けれどそこから剣の型の練習。本当に基礎の基礎。
幼いころからレコがずっと教えてくれていたからなんとか様になっているけれど、ファルスは雑に覚えていたようで先生からみっちりと指導が入る。レコより厳しい指導だわ。
実技については魔法も同じだった。
先生が言うには基礎が一番大事だという事で魔力循環を常に行う練習。これについて私は幼い頃からずっと行っているので問題なかった。ファルスは適当にやっていたようでかなり手こずっているみたい。
先生から魔力量が増えると使える魔法も多くなると言われて私もファルスも頑張っている。
先生に前から思っていた事を聞いてみた。
「先生、私の魔力の量は少ないですか?」
「詳しくはちゃんとした器具で調べてみないとわからないが、上位貴族としては少ない方だろう」
私の魔力量はやはり他の貴族に比べて少ないみたい。ファルスと比べても魔力量が少ないとは思っていた。先生からハッキリと言われるとやはりショックよね。けれど魔力無しと思っていた頃に比べればかなり嬉しい。
ファルスはというと、平民にしては多い方なのだとか。上位貴族並みらしい。
私たちはレヴァイン先生指導の下、半年ほど座学や実技の基礎をみっちりとやっていった。心配していた座学の方はなんとか順調に進んでいる。ただ、覚える事が多くて私もファルスも宿題として寝る前に本を読む事が日課になっているわ。
ファルスは座学がとても苦手なんだけど、ビオレタに『一使用人でしかないお前が学院へ進むための勉強を出来るのだからしっかりとやりなさい』と常日頃言われていたのだけれど、本人も成長して自覚が出てきたようで今は苦手なりにも頑張っている。
実技は私よりファルスが圧倒的に成績が良かった。ファルスは剣術や魔法を感覚で覚えていくスタイルのようだ。
使用する魔法の種類が大幅に増えたけれど、得意としている魔法は攻撃魔法なのよね。
私はというと、剣術はそこそこだと自分で思っている。魔法はどの属性魔法も満遍なく使えるけれど、魔力量が少ないため、大きな魔法が使えない。その代わり初級魔法の精度を高めていくように訓練していくことになった。
ファルスがちょっと羨ましい。
そして実技にダンスが入ってきた。先生に教わりつつ頑張るも二人ともギャーギャー言いながら足の踏み合いね。
これには流石の先生も苦笑い。
実は我が家にはピアノが無いのでどうやってダンスをするのか疑問に思っていたけれど、ユベールは倉庫に眠っていたチェロを引っ張り出し、弾いてくれる事になったの。流石家令。
ダンスの時間になるとビオレタはそっと座ってユベールが曲を弾き、先生が指導して私とファルスが足の踏み合い。よくファルスと喧嘩になるけど、家族で楽しむ時間みたいで私はこの時間が大好きなの。多分ファルスもそう思っているわ。
なんだかんだでみんな笑顔だもの。
そうしてまた一年が過ぎた頃、レヴァイン先生が突然『今日から実践に入る!』と私たちの前で宣言したの。私もファルスも言われた瞬間、理解できずに首を捻った。
ユベールとビオレタには事前に話をしていたようだ。
ビオレタは出かける用意をしてくれていたようで私とファルスは荷物を持ってレヴァイン先生と村の乗合い馬車に乗り込んだ。
「先生、馬車に乗ったけれど、何処へ行くのですか?」
初めての馬車という事もあって落ち着きがなくなってしまうのは仕方がないわよね。王都から村に来た時に乗ったのはもちろん数には入れない。
「隣町のギルドへ向かっている。君たちも十二歳になったからギルドカードを発行してもらう」
驚きと興奮で二人とも大きく目を開く。
「本当!? 俺、ギルドカード欲しい」
「私もです! 欲しいわ」
ギルドカードと聞いて私たちは興奮し、おしゃべりが止まらなかった。レヴァイン先生はやれやれといいながらも私たちの話を聞いてくれている。
「そうだ、お前たち。ギルドに登録する前に話しておくが、お前たちの職業は剣士だぞ、いいか? 特にマーロアはわかっているな」
私もファルスも黙って頷く。因みに剣士は字の如く剣を使って魔獣を討伐する人。魔術師は術式を使った魔法を得意とする人らしい。回復魔法のみを得意とする人は回復士や治癒士という職業になる。使える魔法は個人差があり、得意分野を職業として名乗っている。結局のところ自分が名乗りたいように名乗ってだけかもしれない。
「あと、名前も本名は使わなくてもいい。貴族は別の名を使う人の方が多いだろうな」
「先生、それはなんで?」
「平民は騎士や兵士として王都で働く時に冒険者のランクが高ければ採用されやすいからそのままの名前を使うのが殆どだが、貴族は冒険者が何でも屋だと思っているようで馬鹿にしている面があり、印象は良くない。
王都では騎士のような志の高い職業が尊ばれる。
冒険者の殆どが平民というせいもあって同じように扱われるのを嫌うという理由かもしれないが。
貴族や騎士の中にも腕試しや私のように趣味で魔獣を狩る場合は別の名でギルドカードを取るんだ。ギルドでは私の事をアレンと呼ぶように」
「なんだか面倒なんだな、貴族って。俺は平民で良かったかも」
雑談をしながら馬車に揺られること三十分。
隣町のギルドへとやってきた。
レヴァイン先生の後ろで待機していると、先生は受付の人と話をしたあと、ファルスを先に呼んだ。
「君、名前は?」
「ファルスです」
「職業は何にするか決めている?」
「俺は剣士としてやっていきます」
「魔法は使えるの?」
「少しだけ使えますが攻撃魔法で治癒は苦手です」
「分かった。じゃあこの水晶に手を乗せて。魔力の登録を行うから」
「魔力の登録?」
「あぁ。カードに君の魔力を登録しておけば無くしてもまた発行出来るからね。討伐も自動でカードがカウントしてCランクまでは勝手に上がっていく」
「Cランクまで?」
「ああ、Cランクまでだ。ポイントの低いゴブリンを1万匹倒してポイントを稼いでもビッグボアを1匹も倒せないと冒険者としては初級だからな。Cランクからは倒す敵も変わってくる」
「そうなんですね。わかりました」
ファルスは受付の人と話し終えると水晶に手を翳す。すると水晶が淡い光を放った。受付の人は『お待たせしました』と水晶の下に設置してある台からカードが取り出し、渡してくれる。
「完了した。無くさないようにいつもネックレスなどにして首に下げておくといいよ。次、お嬢ちゃんおいで」
受付の人はそう言って私を手招きして呼ぶ。私はドキドキしながら受付の人の質問を待った。もちろん魔力は村に着いてからずっと隠している。
「名前は?」
「ロア」
「職業は何にするの?」
「剣士でお願いします」
「女の子で剣士って珍しいね。魔法は使えるの?」
「魔力を持っていません」
「そうか。じゃあ、カードを作るから。君は魔力無しだからこっちの石板に手を置いて」
私は言われるがまま石板に手を翳す。すると受付の人が何やら呪文を唱えて始めたわ。石板が一瞬暖かく感じたような気がしたと思っていたらそれで終わったらしい。
「終わりだよ。カードをどうぞ」
「今のは? ファルスと違ったのね」
「あぁ、彼は自分の魔力の形で個人を登録したけど、君にはこちらから魔力を通して君個人の形を登録したんだ。魔力の無い人用の方法さ」
そんなことが出来るなんて凄いわとちょっと感動したわ。
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