第6話

 私は部屋でビオレタの説教の後、出された課題を渋々解いていると、レコたちが帰ってきたみたい。だけど、何かいつもと違った感じがしたの。リビングへと向かおうと扉を開けた時、レコが誰かと話す声が聞こえてきた。


 どうやら客人のようだ。


 私が出ても邪魔にしかならないわね。


 そっと扉を閉めてまた課題に取り組もうとしていたけれど、ファルスが私を呼びに来た。


「マーロア、お客さんだよ。さっきの兄ちゃんがマーロアに用があるんだってさ」

「ふうん。分かったわ。今行くわ」


 私はファルスと共に応接室へと向かった。応接室にはきちんとお客さん用のソファが置かれてある。勿論客室も三部屋ある。私の住んでいる家は貴族の邸宅とはかけ離れているけれど、村では一番大きいのよね。


「アレン様、さっきぶりね」

「改めて、レヴァイン・アシュルと言う。よろしく」


 私は部屋に入ってアシュル様の向かいのソファへと座る。ファルスは普段兄妹のようにしているけれど、区分としては使用人の身分になるのでお客さんがいる時は知り合いであろうとも部屋には入ってこない。その辺はファルスもしっかりと自覚している。


 ビオレタがアシュル様と私にお茶を淹れてくれる。


「マーロア、君はエフセエ侯爵令嬢だったんだな。村の人に聞いて驚いた」

「……アシュル様はどうして我が家にきたの?」


 私はお茶を飲みながら単刀直入に聞く事にした。


 確か、貴族名鑑に書いてあったと思ったわ。アシュル家と言えば、うちと同じ侯爵家だったはず。貴族なのに趣味で冒険者って変わった人なのね。


「あぁ、君に興味を持ったからだ」

「私のこと?」

「単刀直入に聞くけど、君、魔力を持っているのになぜ使わないんだ?」


 どうしよう。ビオレタに視線を向け、指示を出す。


「ビオレタ、ユベールを呼んで」

「畏まりました」

「アシュル様、家令のユベールを呼ぶね」

「あぁ、構わない」


 そうしてユベールはすぐに応接室へと入ってきた。


「お待たせしました。お嬢様、どういったご用件でしょうか」

「ユベール、アシュル様は私が魔力を持っている事に気づいたみたい。どうしようかな?」

「……左様でございましたか。お嬢様のお考えで問題ないと思います」


 ユベールはそう言って微笑む。私は初めて魔力があると見破られてドキドキが止まらなかった。黙っていた事がまるで罪に感じて心がずしりと重くなった気がした。


「アシュル様、このことは絶対に誰にも言わないでね」

「わかった」

「私はエフセエ侯爵の長女なんだけど、赤ちゃんの時に神殿で行われた魔力判定で私は魔力無しと判定されたの。


 お父さんもお母さんも魔力無しの私が貴族として生活するのは大変だろうってことで私はこの村に送られた。


 五歳頃に村のすぐ傍に魔獣が出てね、魔獣に追いかけられたの。そこで初めて自分に魔力があることを知ったんだ」


「ではなぜ魔力がある事を隠しているんだ? 魔力があれば王都の家に帰れるだろう? それにバルストルク学院中等部へ入学する歳だ」


 アシュル様は素直に疑問をぶつけてきた。


「んー。私はこの村に赤ちゃんの時にきてこの村から出ることなく育ったの。お父さんもお母さんもこの村に一度だってきたことがないわ。私に会いに、来た事がないの。


 今更魔力があったからって王都へ戻ってもお父さん達と上手く過ごせるか分からない。

 それに手紙に書いてあったんだけど、あっちには妹も家を継ぐ弟も居るみたいだし、私が一人いなくても問題ないもの。


 家族にとって私は魔力無しの不用品。その証拠にバルストルク学院中等部に入るようにとは言われていないんだよね。

 あれって貴族のお友達を増やすために行く学院なんでしょう? ビオレタが言っていたわ。


 それに神父様から『魔力判定時に魔力無しと判定されたのは何か神様の思し召しだろう、皆に黙っている方が良い』と言われているの」


「ふぅん、そうか。君の家の事情も絡んでいたのか。あぁ、それともう一つ。君は身体強化を使えるのか? それに魔力隠ぺいもかなり上手だ。普段から使っているからか?」


「教会でずっと練習しているの。魔獣を狩るなら絶対に魔法が使えた方が良いもの。でも、私が使えるのは基礎的な身体強化や魔力の隠ぺいだけ。ファルスは初期の攻撃魔法しか使えないわ」


 アシュル様は良い考えが浮かんだとよい顔になっている。私は何を言われるのだろうと身構えた。


「マーロア嬢、君は面白い。一般の貴族令嬢とは違う。君、確か今十一歳だったな。十四歳で学院に入らなければならないのだろう。あと三年を私にくれないか?」

「三年? 何をするの?」


「君といい、ファルス君といい普通はその歳でビッグベアを倒す事は出来る事じゃない。とても筋がいい。将来は何になりたいか考えているのか?」

「ファルスは騎士になりたいって言っていたわ。私は貴族だけど、魔力無しと結婚する貴族はいないって聞いたし、冒険者にでもなって世界を巡り歩いてみたいの」


「私がいれば君達はもっと伸びる。魔法の使い方も教えよう。学院へ行く前に勉強だってしないといけないしな。ああ、それに言葉遣いも直さないといけない」

「……ユベール、どうしよう?」

「アシュル侯爵子息様、お願いできますでしょうか?」


 てっきりユベールは断ると思っていたけれど、あっさりと承諾した。


「ユベールは良いと思うの?」

「えぇ。このような片田舎では満足な勉強は出来ませんから。それにマーロアお嬢様がこの先訪れるであろう苦難に対して私たちでは何もしてさしあげられないのです。お嬢様自身が生き抜く術をより多く身につけて欲しいと思っております」

「じゃあ話は早いな。私は君達の家庭教師になる。隣の家は空き家だったな。私はそこを借りて住むことにする。早速、明日から勉強を始めよう」


 トントン拍子で決まった感じ。


 アシュル様は高ランクの冒険者だし、貴族だし、色々と忙しいんじゃないのかな? 私の疑問は見透かされたようにアシュル様が答える。


「なんで私がマーロアの家庭教師に名乗りを挙げたのかって? まぁ、つまり、君に関わると何か面白い事を起こしてくれそうだからな。


 君が学院を卒業した時に一緒に冒険者として色んな地域に出かけるのも楽しそうだ。そうそう、アシュル家は親族を含めて沢山いるから今からレヴァイン先生と呼ぶように」


「分かった、レヴァイン先生」

「そこはレヴァイン先生、分かりましたと言うんだ。言葉遣いを少しずつ変えていくように」

「分かりました」


 そうして翌日から私とファルスはレヴァイン先生の授業を受ける事になった。

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