第57話
「おはようございます。お嬢様」
ファルスの声で目覚める。もう鍛錬の時間ね。
「ファルス、おはよう。お父様は結局昨日帰ってきたのかしら?」
「帰ってきていないみたいだった。どうやら王宮に泊まったらしい。明日か明後日には帰ってくるんじゃないか?」
「そうね。今から着替えるわ」
「おう。いつもの場所で待っている」
私はさっと着替えて鍛錬場に行き鍛錬を行う。ここ数日の鬱憤を晴らすべく少し強めの打ち合いをする。その後は部屋に戻って制服を着て、食事を摂り、登校する。
……これからどうなるのかしら。
私達はいつものように徒歩での登校なのだけれど、今日はやはり朝から人出が多いわ。保護者や王宮のスカウト担当者なども来ているし、殿下も今回文官科の人達数人でグループワークの発表予定があるので護衛もいつもより多く配備されているらしい。
もうすぐ競技場で魔術師の大会が始まる時間となる。魔術師の大会を見るために一般客達は先にそちらに向かうので比較的研究発表の場は静かなようだ。
私達は競技場へ向かわず直接アルノルド先輩の発表しているブースへとやってきた。その途中、何人かは私を奇異な目で見ていたけれど、気にしてはいけないと思う。
「アルノルド先輩、おはようございます」
「マーロア、ファルス。よく来てくれた。大変だったな」
「先輩、魔法便にも出しましたが、ご迷惑をおかけしました」
「マーロアのせいではないだろう。むしろ被害者だ」
「まぁ、そうなのですが」
「卒業パーティの事は気にするな。元々一人で参加予定だったからな。父も母も残念そうにしていたよ。次回の舞踏会には是非パートナーとして連れてこいと」
そう、あれから父の方でアルノルド先輩の家にご迷惑は掛けられないとしてお断りを入れたのだ。こればかりは仕方がない。
母の仕出かした事で我が家も罪に問われかねない今の我が家の状況。他家にとってもそんな家と交流を持つのは良くないイメージが付いてしまうため避けるのは当然だ。
先輩の両親から私を心配する手紙も送られてきたの。
「ふふっ。アルノルド先輩のご両親には感謝しかありませんわ」
「そう言ってくれると両親も喜ぶな。そうだ、イェレも隣のブースだから顔を出すといい。奴は身体強化で色々と間に合わせたようだが、ぎりぎりまで何かやっていたようだしな」
「そうなのですね。では行ってみますわ」
私達は先輩の錬金術で作り上げた作品を見て回った後、イェレ先輩のブースに向かった。 アルノルド先輩の作った作品は中々に専門的で私は手伝っていながらいまいちよくわかっていない。
魔法を物質に変換するためのモジュールや生物の素材を金属に変換させるための補助ツールが展示されている。きっと他の研究者からは喉から手が出るほど欲しい研究なのではないかと思っているわ。
「イェレ先輩、おはようございます」
私達が先輩のブースを訪れると先輩は枯れていた。カラカラに。
「イェレ先輩大丈夫ですか?」
ファルスが心配して駆け寄る。先輩は辛うじて椅子に座っているような感じだわ。
「いやぁ、展示ギリギリまで試行錯誤を繰り返していたらこうなってしまっただけだ。ファルス、頼む、魔力を分けてくれ」
「仕方がないですね」
ファルスはそう言うと、イェレ先輩の手を取り、ゆっくりと魔力を流し始めた。
「あーピリピリするっ」
先輩はそう言いつつファルスからの魔力を貰っている。
「先輩、俺、上手になったでしょ?ずっと練習しているんですよ、これでも」
ファルスは魔力をある程度渡し終えると、回復魔法を唱えた。
「あぁ、前よりは格段に良くなったな。言っておくが、まだまだだからな?本当ならマーロアにお願いしたいところだ」
イェレ先輩は無事に復活出来たみたい。
どうやらイェレ先輩の術式は各国の魔術師が大いに注目しているようで魔術大会をそっちのけで術式を見ては頷き、隣の人と話をして魔法陣談義に花を咲かせている。そして何故各国と分かるのかといえば、ローブの色やバッヂ、服装が違っている。とても興味深いわ。
「イェレ先輩、忙しそうなのでお邪魔になると思いますし、私達はこれにて失礼しますわ」
「あぁ、わざわざ有難う。また魔法鳥を飛ばす」
イェレ先輩は挨拶をそこそこに他の人へ説明を始めた。
「マーロア、帰ろうぜ」
「そうね。今は私も動き回らない方がいいわよね」
そうして私達は先輩たちのブースを後にした。そして邸に帰ってからはひたすら鍛錬の日々が始まった。
そして父は結局四日後に帰ってきた。げっそりとしていたわ。まぁ、仕方がないわよね。王宮で何があったのかと言うと、やはり私の事でお茶会の夫人たちにより話が広まっていたらしい。
その話は勿論王家の知ることとなった。本来なら人身売買は犯罪で父や母は罪に問われ、降爵と牢屋に入れられる可能性もあった。
母が騒いだ事で事件になる前に露呈し、大事に至る前だった事。商会と母個人の名前で記された契約書などを王宮に提出した事が大きかったようだ。
後ろ暗い事に手を染めていた商会は証拠がないと色々と理由を付け逃げ続けていたが、母がサインをした契約書が見つかった事により、会長を捕まえる事が出来たらしい。
そして侯爵自ら王宮にすぐに全ての報告した事。報告した時点で母とは離縁が成立していたので侯爵の罪はないとされたわ。あくまで悪いのは私を売ろうとした母だけという事になった。
何かしらの力が働いたのだとは思うけれどね。母はお茶会で勧められたと言い、芋づる式に商会と繋がりがある貴族は捕まえられた。
母はというと、人身売買の意識は無く、未遂でもあったため、牢行きは免れた。周りに騙された知恵の足りない元侯爵夫人というレッテルを貼られてしまったようだが。
実家の伯爵家では母の行いに祖父母は呆れ、母を領地の片隅にある小さな村の修道院へ入れる事になった。
母が送られた修道院では魔力の無い人が多く、魔力無しを馬鹿にしていた母は逆に肩身の狭い思いをする事になっているようだ。そして長年王都で貴族生活をしていた母には修道院での生活が耐えられないと毎日愚痴を溢しているらしい。
自業自得とはまさにこの事ね。
父は母と離縁するにあたってサラにはいくつかの選択肢を持たせたようだ。一つ目はこのまま学院が始まるまで親戚の手伝いをする。二つ目は母に付いて伯爵家へ戻る。三つ目は修道院に入る。
サラは学院に戻るとしても針の筵だと思う。
もしかしたら父は学院には入れず、王都外の貴族に嫁がせる事も考えているかもしれないわね。親戚からの報告では見習いとして入ってきた当初は文句ばかりでとても使える子では無かったらしいけれど、今は文句を言いながらでも仕事を手伝うようになってきているのだとか。
性格はあまり変わらないので期待するなと報告が上がっている。そしてサラは母の事を聞いて母と伯爵家に戻るのは拒否したらしい。このままここで手伝いをしたいと希望しているとの事。
テラについてはレコ主導の元、朝から晩まで鍛錬に励んでいるらしい。最初こそ文句を言い泣いて動けなかったらしいが、最近は泣きながらでもなんとか形ばかりだけれどやっていけているらしい。
ビオレタやユベールの優しさにすっかり子供らしさを取り戻し始めたとかどうとか。テラは村人とも仲良くなり、領主の卵として日々勉強と鍛錬を頑張っているそうだ。テラに関してはユベール達がしっかりしているし大丈夫よね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます